第228話 ギフを燃やしました(3)
私たちは耳を抑えるのですが、それでも轟音が耳に入ってきます。私がさっき使った戦略魔法の4倍の規模の爆発です、今は激しい音響に耳が麻痺しそうです。それが数十秒続いた後、音はやっと小さくなって、弱くなって、止みます。
「はぁ、はぁ‥‥」
あまりの轟音に体力を奪われて、私は地面にひざをついて何度も荒い息をつきます。詠唱を終えて地面に降りてきたヴァルギスは、私のところへ歩み寄って声をかけてきます。
「どうだ、すごい音だろう」
「はぁ、はぁ‥‥すごいや、すごいですね、魔王様」
「うむ」
護衛の兵士たちも少しずつ集まってきます。みんな、爆轟でふらふらしています。
◆ ◆ ◆
一方、ナトリの幕舎に集まっていたメイは耳から手を離して「はぁ‥‥」と一息つきます。しかしラジカは、横になっているナトリを叩き起こします。
「ナトリ、休んでいる場合ではない」
「何なのだ?冷やかしなら帰ってほしいのだ」
ナトリは明らかに不快そうな表情を浮かべてラジカをにらみますが、ラジカはそんなナトリの頬を叩きます。
「今すぐ両親を保護してあげて!」
「‥‥そんなの、明日でもいいのだ。ナトリは今、つらいのだ」
「そんなこと言っている場合ではない。時間との勝負」
「‥あっ」
2人の会話を聞いていたメイも、思わず声を上げます。
「そうよ、あれだけの大きな爆発があったら、少し離れているとはいえナトリの親がいる関所にも延焼するかもしれないわよ」
「‥‥っ」
それを聞いて、ナトリは上半身を起こします。が、またすぐに横になります。
「逃げるから問題はないのだ」
「ここからホニームまでどれだけ離れてるか知ってる?」
そのメイの言葉で、ナトリはまたゆっくり身を起こします。
「‥‥関所に行きたくない」
「突然どうしたの?あんなに親のことを心配してたのに」
「ナトリの日常が壊れるところを見たくない‥‥あと、親がゾンビになっていたら殺さなければいけないのだ。それも嫌なのだ‥‥」
ナトリは体育座りになって、ひざに目の涙をこすりつけます。ラジカがナトリの後ろに回って、その背中をさすってあげます。
「自分で行くのがつらいなら、アタシが行く」
「ま‥待つのだ。ママとパパに最初に会うのはナトリなのだ‥‥」
ナトリは腕で涙を拭って、ベッドから降りて立ち上がります。
「‥‥これからマシュー将軍に出発の許可をもらいに行くのだ。話は昨日のうちにつけている」
「アタシも行く」
「あたしは後陣の仕事もあるし、戻るわね」
ナトリはラジカと一緒にマシュー将軍の幕舎へ向かい、メイは後陣へ戻ります。
◆ ◆ ◆
1時間後。
私を主将、ナトリを副将に、500の兵士と200の魔法使いで構成される軍勢が、陣を出発して炎で燃え盛るギフの関所へ向かいます。ちなみに両親がもし生きていても半日は隔離する必要があるので、本来なら刑罰を受けたり軍法で裁かれたりする人が入る用の護送車も2つ引っ張っています。
ここから関所まで行くには普通ならギフの町を通る必要があるのですが、さすがに火の海になっている町中を通るわけには行きません。ナトリの道案内で、地元の人しか知らないような抜け道を通って関所の近くへ近道します。ちなみに関所の外側からこの道を利用するには、一度関所を通る必要があるので関所にとっては問題がないそうです。この道というのが、草がいっぱい生えていて、明らかに獣道でした。
横からイノシシなどの獣が襲ってくる可能性ももちろんありますが、その獣がゾンビである可能性を考えると、結界を張っている私やナトリはいいにしても、引率する兵士たちにとっては恐怖です。私たちは4列になって、横道に何がないか調べながら進みます。もちろん地面を這うアリなどの虫にも気をつけなければいけません。ゾンビになった虫に噛まれるというのは想像もつかないしナトリいわく過去の記録もないのだそうですが、万が一ということもありますので、虫は踏み潰したりせず、慎重に焼き払っていきます。
私は時折ナトリの表情を見て、何か言葉をかけようとも思いましたが、ゾンビが近くにいるかも知れないこのような状況なので前方に集中せねばならず、声をかけようにもかけられませんでした。ナトリは相当つらそうな顔をしていました。
そうして何事もなく、獣道から急な下り坂を通って、ちゃんとした道へ抜けます。亡命のときに通った、崖に挟まれたあの道です。この周辺は大して草木も生えていないので、まだ火の手は迫ってきていません。そうして階段を降り終わると、目の前にはあの関所がありました。
「ママ、パパ‥」
その建物を見て、ナトリはようやく言葉を発します。
そうして、その関所の屋根の旗に気づきます。
関所は通常、国の管理施設であることを示すために、その国の国旗を掲揚しているものです。しかし今掲げられている旗は、ウィスタリア王国の青と白でできた威厳ある国旗ではありませんでした。雲の切れ目から漏れ出る太陽の光を反射する、真っ白な旗です。
「ママ!パパ!」
ナトリはきちがいになったかのように馬の尻をムチで叩き、私の横をすごいスピードで駆け抜けます。
「あっ、ナトリちゃん、待って!行きますよ!」
私も馬を走らせて、ナトリの後を追います。後ろにいる歩兵たちも走ってきます。
関所のすぐ前までたどり着いたナトリは馬から降りますが、すぐに私が追いついてナトリに少々きつめの声で怒鳴ります。
「ナトリちゃん、単独行動はだめだよ」
「うう‥分かっているのだ」
ナトリはそこでようやく立ち止まって、申し訳無さそうに私を振り返ります。でも足が震えているのは明らかです。どこかあせり、はやりの気持ちがあるのでしょう。
私は馬から降りて、手はず通りに2名の魔法使いと3名の兵士を連れて、7人でその関所に入ります。私を先頭に、裏口のドアも正面のドアも鍵がかかっていたので、ひとまず裏口のドアを魔法で破壊してなぎ倒します。
「誰か、いますかー?」
薄暗い台所の中で私は声をあげますが、特に反応はありません。
屋根の旗が白旗に変わっていたからには絶対誰かがいるはずなのですが、反応もありません。
「静かにしろ」
ナトリがそう言うので、私は口をつぐみます。しばらく耳を澄ましていると、上の階の奥からコンコンと小さい音がします。
「2階か3階にいるのだ」
「うん」
私たちは台所を抜けて、使用人用の部屋を抜けて、慎重に歩きながら廊下に出ます。
「あっ」
廊下には、1人のゾンビがいました。顔は青白くて、肉が腐っていて、ところどころ肉が剥がれ落ちて白い骨が見えていて、私は思わず口を手で塞ぎます。どんな服を着ていたのか覚えていませんが、貴族がするような服ではなかったことは覚えています。
でもゾンビを倒さないと、逆に自分たちがやられる可能性もあるんですよね。私はとっさに火の魔法で、そのゾンビの体を焼きます。
「‥アーリィ」
火だるまになったその体を見て、ナトリが声を上げます。
「えっ、アーリィ‥‥さん?」
「この家で働いていたメイドなのだ。いつも腕に青いリボンを付けていたから、分かったのだ‥‥」
ナトリの声は少しずつ落ちてきています。2階では、最悪の事態が待っているかもしれません。ナトリはうつむいて、目を閉じます。顔の輪郭がかすかに揺れていて、それが涙だと気づくのに少しかかりました。
「ナトリちゃん、つらいならいったん引き返して外で待つ?」
「いや、いいのだ。子として、親の死はいずれ覚悟しなければいけないのだ」
ナトリはゆっくり、首を振ります。




