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第218話 ラジカの兄に降伏勧告しました

その姿をひと目見たときから、ケビンは目を丸くしていました。青い絨毯をはさむように立っている2人の兄弟も、口をあんくり開けて、ラジカを見ていました。

私はいつも通りのトンガリ帽子にピンク色のローブでしたが、ラジカは斥候であることを隠すため、使者の礼装として立派な服を着ていました。その顔と、特徴的な赤色のツインテールを、家族3人の目前にさらけ出していました。護衛の私はラジカが目立つように、ラジカの少し後ろを歩いています。

領主の目前まで着いて、私とラジカは一礼します。


「ラジカ・オレ・ナロッサです。ハールメント連邦王国の使者としてまいりました」

「ラジカ、生きていたのか‥‥」


ケビンは椅子からよろめき立ち、ふらふらとラジカへ近づきます。目からは涙が溢れていました。

ラジカもたまらなくなったのでしょうか、「ううっ‥」と小声を出しますが、それを自分で遮るように父の目をはっきり見ます。


「父上。我らがハールメント王国の遠征軍は60万、対してユハの兵力はたかだか数万です。アタシたちは無駄な犠牲を出したくありません。投降してください」


ぴたっとケビンの足が止まります。


「‥再会できたと思ったら降伏勧告とは、辛辣な娘だな‥‥」


そう言って肩を落とします。


「申し訳ない、父さん。でもアタシにとってはこうするしかなくて‥‥」


ラジカの体の震えが、私にも伝わってきます。

そこにホデッサが割って入ります。


「ラジカ!」

「‥兄さん」


ホデッサはものすごい剣幕だったので、再会を歓迎していないことは確かでしょう。ホデッサはラジカの面前まで迫って、怒鳴ります。


「やっと会えたと思ったら、お前は魔族なんかの家来になっていたのか?人間の誇りはどうした?正気に戻れ、ラジカ!」

「アタシは正気」


激しい気迫に押されることもなく、ラジカは平然と即答します。


「なぜ人間を裏切った?魔族は人間を滅ぼそうとしているんだぞ?これは魔族と人間、どちらが残るかの戦いだ、それなのに魔族にくみしやがって!」

「違う。これは人間と魔族の戦争ではない。正義と悪の戦争」

「また言うか!お前はキチガイだ、もういい、衛兵いるか?こいつが正気に戻るまで閉じ込めろ!」


ホデッサがラジカを指差して怒鳴ります。すぐに数人の衛兵が入ってきますが、インキが平手で衛兵たちを止め、ホデッサを諌めます。


「兄上、落ち着いてください。いくらラジカといえと、国の使者です。使者を害してはいけないというのが、人間も魔族も関係なく長年守られてきた不文律です。怒りを抑えてください」

「インキ兄さん‥」


ラジカが少し下をうつむいて、兄の名前を呼びます。しかしホデッサはなおも抗議を続けます。


「それが何だってんだ!インキも知ってるだろ?この国は今、四方から一斉に攻め込まれているんだ!この国が滅ぶかどうかの瀬戸際なんだ!ラジカと付き人を人質にとって交渉するのが筋ではないのか?あ?」

「う、ううっ‥」


インキはホデッサの気迫を正面からうけて、黙りこくってしまいます。

しかしラジカは黙っていませんでした。


「兄さん、それこそ無道ではないのか?兄さんが見下していた魔族にも劣る行動だという自覚はないのか?」

「その魔族に仕えたお前の言葉など聞きたくない!こいつらを縛り上げろ!」


衛兵たちがしぶしぶ私たちの体に縄をかけますが、私は短く呪文を唱えて、自分とラジカの背後に竜巻を作って兵士ごと吹き飛ばします。私がいなければ、ラジカはきっと人質になっていたでしょう。このホデッサという人、ラジカから話は聞いていましたが、すごく怒りっぽい人だと思いました。


「ええい、衛兵らは雑魚すぎてこの女2人を捕まえられないようだ。ならば俺が直々に捕まえてやる。俺はホデッサ・ホン・ナロッサ。ユハの領主ケビンの長男である」


そう言ってホデッサは抜刀します。一方の私は、私とラジカを包む結界を作って、ラジカの前に立ちます。


「名乗り遅れました。私は使者ラジカちゃんの付き人をやっている、アリサ・ハン・テスペルクといいます」

「な‥っ!?」


その名前を聞いて、ホデッサは言葉を失います。


「アリサといえば‥1億ルビの賞金首で、魔王と同等の力を持つと言われた犯罪者ではないか!?お、お前まで魔王に仕えていたとは‥‥」

「はい」


私がすんなりうなずくと、後ろに下がっていたラジカが私の横に並びます。


「分かっているなら‥アリサと戦いたくないなら、投降して欲しい。アタシも家族にこんなことは言いたくない。ナロッサ家は身分は低いけど、古くからウィスタリア王国に仕えてきていた。ウィスタリア王国を裏切るのがどういうことか、アタシも理解している。でも今の王国は、王が無道で自らの快楽のために民を害し、万民を殺し、周辺の国も攻撃して戦争を誘発している。いくら先王の恩があっても、この王にだけは仕えたくないと思った。兄さんたちも投降という選択が間違っていないことを、必ず分かってくれると思う。アタシが魔王に仕えた理由は後でいくらでもゆっくり説明するから、だから今は投降して」


表情こそ変えていませんでしたが、ラジカが胸に当てた手は幾度も震えていました。声も少しずつ大きくなってきているような気がします。

しかしホデッサはそれすらも無視して、剣をラジカの前に突き立てます。


「黙れ。お前は存在自体がナロッサ家の恥なんだよ!俺たちが魔族のために働くことは未来永劫ない。投稿するしか無いというのなら、ただ戦いあるのみだ。そう敵将に伝えろ。さっさとここから消えてくれ」

「ま、待て、領主はこの私‥‥」


ケビンが慌ててホデッサを止めますが、ラジカはホデッサの目を直視して、決心したように言います。


「‥‥分かった。兄さん、生きて」


そうして、ぷいっと潔く後ろを向いて、歩き出します。


「あっ‥」


私はすぐには言葉が出ませんでしたが、ラジカが私の結界から出そうになっていたので慌てて領主に「そ、それではご検討よろしくお願いします!」と頭を下げてから、ラジカの後を追いかけます。


大広間から出て、領主の城から出たラジカはしばらく黙っていましたが、町の郊外まで出たタイミングで、横を歩いていた私に言います。


「‥‥きっと、投降しない。戦争になる」

「‥その、ラジカちゃんは大丈夫?」

「愚問」


ラジカはそう言いながらも、表情を私に見せたくないのか、そっぽを向いていました。


「‥‥今夜、ナトリちゃんやお姉様に会いに行くけど、ラジカちゃんも一緒にどう?」


そう声をかけますが、ラジカは首を横に振ります。


「遠慮する。今夜は一人にして」

「‥分かったよ」


ラジカも兄を敵に回したくないのでしょうか。兄を説き伏せられなかった無念さと、兄と戦う決意を迫られているその気持ちが、後ろ頭越しに伝わってきます。


「‥‥その、大丈夫だった?」

「何が?」

「お兄様にキチガイって言われて‥‥つらいかなって」

「大丈夫」

「抱いてあげようか?」

「遠慮する」


ラジカの足音は弱く、とぼとぼとしていて、いつもの元気がすっかりなくなっているようでした。


◆ ◆ ◆


ラジカと私が立ち去った後の領主城の大広間では、あいも変わらずホデッサが怒鳴り続けていました。


「父上!魔族に投降することはないでしょう。ここは俺とインキに任せてください、必ず敵軍を追い返します!」


ホデッサはケビンの顔面に思いっきり迫って、つばを飛ばしていました。


「兄上、落ち着いてください‥」

「インキは黙れ!父上、どうなんですか?総攻撃の合図をしてください!」

「む、むむ‥」


ケビンは体が硬直してしまいます。敵は大軍、しかも娘のラジカがいるとあってはますます戦う気は失せてしまいましたが、このままでは逆に自分がホデッサに監禁されかねません。


「そ、その、インキはどう思う?」

「僕もラジカと戦いたくはありませんが、ここまで来たら戦争は仕方ないと思います‥」


インキはホデッサを止めつつも、自分なりに決心しているようでした。ケビンはふうっと息をついて、うなずきます。


「分かった。ホデッサとインキの好きなようにやってくれ」

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