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第216話 オルホンが陥落しました

夜襲の結果は、火を見るより明らかでした。

砦の兵士たちは半数以上が夜襲した先の陣、砦の周辺で死ぬか捕虜となり、残りはオルホンの都市部へ逃走しました。果たしてマシュー将軍が砦を抜けて都市へ軍を進めたところ、都市の入り口では白い服を着た領主と付き人がマシュー将軍に叩頭こうとうしていました。

かくして魔王軍は2日の準備期間と一晩の戦闘で、オルホンを陥落させました。


◆ ◆ ◆


私は3000人の衛生兵を連れて、陣の中の死傷者を、敵味方問わず一箇所に集めて並べて、1人ずつ診ていました。落とし穴に落ちてしまった兵士たちも、魔法を使って運んできました。これはマシュー将軍ではなく、ヴァルギス直々の命令です。

周りでは、中陣・後陣の兵士たちが前陣の片付けを手伝っています。前陣の兵士たちのいくらかは、砦や都市をあらためるために不在なのです。残り2ヶ月弱でミハナまで辿り着かないといけないので、あまりゆっくりしてはいられません。


「どうだ、調子は」


しゃがんで負傷兵に回復の魔法をかけてあげていた私のそばに、1人の男が立ち止まります。ウヒルです。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


ウヒルってなんとなくむかつくんですよね。私は月並みな返事をして、作業を続けます。

と、ウヒルが私の隣にしゃがんできます。


「君は回復魔法が得意なのか?」

「‥特段上手なわけではありませんけど、傷ついた兵を見ると放っておけなくて、魔王様にお願いしてこの仕事をさせてもらっているんです」

「‥そうか。君は優しいな」

「そんな、優しいだなんて‥‥」


ウヒルは何やら考え込んでいる様子でしたので、私は次の兵士のところへ行かず、そこにしゃがんでウヒルの次の発言を待ちます。

それに気付いたのか、ウヒルは立ち上がって「仕事の邪魔をしたなら申し訳ない。俺に構わず進めてくれ」と言ってくれました。私は「ありがとうございます」と返事して、次の兵士のところへ歩いていきます。


「‥病気の妹がいるんだ」


ウヒルが突然、こう切り出してきます。


「生まれつきの難病でな、今は魔王様の取り計らいで王都の病院に入院している。年甲斐もなくヒーローの話が好きでね、君の話をしたらいつも喜んでくれる」


私が兵士を治癒する手がぴたりと止まります。


「私の話をしているんですか?妹さんに」

「ああ。君は強い力を持って、どんな敵にも負けず、味方から頼られるヒーロー‥もといヒロインだってな」


しゃがんでいる私は、そばに立っているウヒルの顔を見上げますが、少ししてまたそっぽを向きます。


「‥‥私、とてもそんな‥‥」

「少なくとも俺は、君をヒロインだと思っている」

「えっ?」


いつも私に隙だらけだぞとか失礼なことを言っているあのウヒルが、私のことをヒロインって言ってくれている。

ウヒルから褒められるの、これが初めてかもしれません。そう思うと、私の胸が少しざわめきます。


「‥いえ、ヒロインだなんて。私もこれまでに何人もの人を殺してきました。今更ヒロインと呼ばれる道理はありません」


そう言って私は立ち上がって、次の兵士のところへ行こうとします。

ウヒルは後ろから私の肩を掴みます。


「待て」

「えっ?」

「誰かから見れば悪人でも、誰かから見ればヒロインなんだ。そうやって自分を卑下すると、君を尊敬している人が泣くぞ。俺の‥いや、妹のヒロインになってくれ。戦争が終わったら、ヒロインとして妹を見舞って欲しい」


私は立ち止まって、ウヒルを振り返ります。営業スマイルというのでしょうか、その時の私の笑顔はどこかぎこちなく、不自然で、でも諦めのついたように新鮮で。


「分かりました、病院とお名前を教えていただけますか」

「あ、ああ‥」


しばらくの沈黙の間、ウヒルは私のそばにいて、メモ用紙に何か書き込みます。それを私は、兵たちの治癒を続けながら待ちます。

私が2,3人の兵士を治癒していったところをウヒルが追いかけて、私にメモを渡します。

病院の名前と、妹の名前が書かれています。それを少し眺めて、私はふと気になったので聞いてみます。


「妹さんは、どのような方ですか?」

「ああ、笑っていればつらいことはふっとばせると言って、いつも笑っている」

「もうちょっと詳しく教えて下さい」


そうやってしばらく、私はウヒルと話しながら仕事を進めていました。


◆ ◆ ◆


ウヒルが立ち去ってからしばらくすると、また誰かが後ろから近づいてきます。

顔は見えないけど、足音で分かります。いつも聞いている、あの子の高貴で優雅で、聞いているだけで私の心をくすぐる足音です。


「進捗はどうだ?」

「まおーちゃん、順調だよ!」

「ふふ、そうか」


ヴァルギスは腕を組みながら私にくいっと近づくと、ひそひそ話のように小さい声で話します。


「さっき、ウヒルと話していたな」

「うん」

「どうだ?」

「え、どうだって‥?」


唐突に変な質問をされたので私は頭をかしげて聞き返しますが、それを見たヴァルギスはほーっと一息ついて答えます。


「いや、何ともなかったのなら別にいい。それより貴様」

「ん、何?」

「‥‥ゆうべ会えなかったから寂しかった」


ヴァルギスは私から目をそらしますが、頬が染まっています。私は、周りにたくさんの傷病兵がいますのでヴァルギスのほっぺたをいじりたかったのですが抑えて、にこっと返事します。


「私もだよ。回復もう少しで終わるから、その時に後陣へ行こうと思ってたとこ」

「後陣はもう片付いてしまったがな。今夜はオルホンの領主城で一泊だ。今夜は会えぬ」

「‥そっか」


私は声を落とします。が、すぐに気を取り直して尋ねます。


「今夜、ナトリちゃんたちと一緒に食卓を囲むのはどう?」

「手配しよう。だがあまりゆっくりしていられぬ、明日出発だからな」

「そっか‥急がないといけないもんね」


しばらくの間があきます。ヴァルギスと一緒にいるこの時間が惜しかったけど、「え、えっと、怪我を早く治さないと」と言って、手を止めていた兵たちの回復作業を再開します。

ヴァルギスは回復のためにしゃがんた私を見下ろして、「無理はするな」と、私の肩に手を置きます。

私はその手を置いたヴァルギスの顔を見上げて、手をやさしく握り返します。

このなんてもない時間が、とても暖かくて、ふわふわして、落ち着くような感覚がします。私はその余韻にずっとずっと浸っていました。


◆ ◆ ◆


「‥‥で、また人前でキスするわけ?」


魔王城ほどの広さではないですが、食事室の円い食卓で、私の隣に座るメイは呆れたように私を睨んでいました。もちろん人払いはしてあるので、使用人たちは部屋にいません。


「は、はい、キスしない日は作らないようにしようと思いまして」


と、おそるおそる返事する私。


「キスではない、口移しだ」


と、ナイフで切り取ったステーキを口に含めるヴァルギス。

メイはぷいっとそっぽを向いて、食事を口に運びます。


「やるなら勝手にやりなさい!」


明らかに苛ついています。うーっ、あまり長くはできなさそうですね。


「で、でもまおーちゃん、人前で口移しって恥ずかしいな‥‥」

「おやすみのキスは平然としてるのに、今更何を言っているのだ」


ナトリもため息をついています。ラジカはなぜか口を手で押さえて肩を震わせて、笑っている様子です。

私はヴァルギスが口につけているステーキの一切れを端から順に噛んで、もくもくっと口の中に入れます。食品に残った熱と、ヴァルギスから伝わる熱とがいい感じに混ざって、とろけそうです。ヴァルギスの鼻息が私の唇に伝わるたび、唇が勝手にびくっと震えます。


「ん‥んっ‥」


唇に押し当てる時は、できるだけ声を押さえるよう頑張りました。でも10数えたらすぐに唇を離しました。あとに残るのは、ヴァルギスの寂しそうに唇をむすっと結んでいる姿でした。次は2人きりの時にやろうね、ヴァルギス。


「はいはーい!ウチも姉さんに口移ししてほしいなの!」


ハギスがここそとばかりにぴょんぴょん手を挙げます。


「あまり大きな声で言うな、廊下にも聞こえるだろう」


ヴァルギスはそう言いつつ、ステーキの切れ端をフォークで刺すと、ふと思い出して私を振り向きます。


「‥‥ハギスとキスするから、貴様には食事の最後にもう一回だけ頼むぞ」

「うん、おっけー!」

「やめなさい!」


メイがわなわな震えた様子で、テーブルを叩きます。

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