「ケケ。名もなき花と一緒に散り果てろ!」
「チ、チコちゃん!?」
ノックバックで飛ばされた後に、崩れ落ちるようにして倒れ込むチコちゃんを見て叫ばずにはいられなかった。
私は急いで戦闘ログを確認してみる。
【チコリーヌに2万8336のダメージ】
あ、あれ!? チコちゃんって何レベルだっけ!? これって生きてるの!?
ひどく動揺して頭がうまく回らない!
「だ、大丈夫……なのです。もう油断しないのです!」
【チコリーヌがアイテムを使用した。回復薬】
【チコリーヌがスキルを使用した。鋼鉄化+3】
【チコリーヌがスキルを使用した。護りの構え+1】
【チコリーヌがスキルを使用した。防御結界】
【チコリーヌがスキルを使用した。守り人の加護+2】
どうやら戦闘不能にはならずに済んだみたい。
私はホッと胸を撫で下ろすけど、今はそれどころじゃない。
「ケケケ、狙いが逸れた上に殺す事も出来なかった。特技を使っておけばよかったぜ」
そう、この男の人、どこから現れたの!? 私が後ろを振り返った時は確かにいなかった。しかも簡易ステータスすら見えなかったのに。
突然現れた頭にターバンを巻く男の人は、鋭い目つきで私とチコちゃんを交互に確認していた。
手に持つ短刀を舌で舐めながらニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。
その人の簡易ステータスを見ると、地下ダンジョン攻略部隊と書かれていた。
名前はネークス。レベルは1031。短刀や布装備という格好から推測すると、クラスは盗賊かな? イベントポイントは0だけど、討伐数はそこそこ稼いでいる。
けど、地下ダンジョン攻略部隊の方から襲って来るなんて……
「ケケ。び~すとふぁんぐ……お前だな? 俺ら地下ダンジョン攻略部隊にやたら喧嘩を売って来るって奴は。レベルは低いが……って、討伐数とポイントすげぇ!!」
目つきの悪いネークスさんは、私の頭上を見ながら驚いていた。
私達が地下ダンジョン攻略部隊を襲っている事がバレている!? そっか。私だけじゃない。クランチャットでもみんなが撃破報告をあげていた。もうすで地下ダンジョン攻略部隊では人数が減っていて、それによる奇襲が私達のクランだって事を突き止めているんだ。
……まぁ私が地下ダンジョン攻略部隊を狙うっていうのは、お父さんが知ってるしね。正直、ここまではうまくいきすぎている。本当の闘いはここからって事かな。
「にしても、よく俺の潜伏を見破ったな。……って、そうか。ケケケ。お前、盾士か。盾士は仲間を守るために、潜伏スキルを見破るためのアビリティを持っているからなぁ。まさかこのユニークスキルまで見破られるとは思ってなかったぜ……」
そっか。チコちゃんにはこの人が隠れているのが見えていたんだ。だから不思議そうな顔をしていたんだね。
とにかく、敵なら有無を言わさず撃破するよっ!!
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
高速移動で相手の背後に回り込み、私は攻撃を仕掛ける!
【沙南が特技を使用した。咆哮牙】
「おおっと!」
けれど、軽い身のこなしで私の攻撃は避けられてしまった。
さすがにレベルが1000を超えているだけあって一筋縄ではいかないみたい……
「その動き、やっぱ只者じゃねぇな。お前がそれだけのポイントと討伐数じゃなければ油断していたかもな。ケケケ!」
【ネークスがスキルを使用した。地潜り】
すると落下する勢いで、ネークスさんが地面に吸い込まれていった。もちろん後には何も残っていない。姿も、簡易ステータスも見えない。音も聞こえない……
「先輩! 近付いてくるのです!! 逃げて!!」
チコちゃんが叫ぶのと同時に、私はハッとして動き出した。
そう、止まってちゃダメだ! 止まっていたらいいように狙われる!
私はステップを踏んでランダムに動き続ける。動き続けるけれど、ハッキリ言ってどうしていいのかわからない!
「先輩右なのです! そっちはダメ~!!」
チコちゃんの叫びに危機感と焦燥感が高まる!
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
反射的に地面を蹴り加速すると、ほぼ同時に地面から現れたネークスさんの刃が私の耳を掠める!
「うにゃああああ!? ダメージ喰らっちゃった!?」
慌ててログを確認するけど、どうやらダメージ判定には入っていないらしい。
これ、ほんとチコちゃんがいなかったらすでに脱落してたかも……
「ちっ、外したか。だがいつまで逃げ切れるかな? ケケケ」
【ネークスがスキルを使用した。地潜り】
そして再び地面に潜ってしまう。
これ、ほんとどうしよう。
ブロッキングを狙おうにも、地面から出現してから攻撃に転じるのが早すぎる。はっきり言って成功させる自信はほとんど無い。というかどこから狙われるかすら分からない……
「チコちゃん、相手が見えるんだよね? 位置を私に教えて!」
「わ、わかったのです!」
チコちゃんが地面を指差しながらトコトコと走り出した。
「ここ、ここにいるのです!」
地面の中を動き回っているようで、チコちゃんは必死に追いかけている。
……なんだか魚を追い回す小動物のようで微笑ましいんだけど、戦況はそこまで優しくはない。
唯一の救いはチコちゃんの防御力が高い事を最初の一撃で理解したんだと思う。ネークスさんは狙いを私一人に絞っている。そして、そのチコちゃんは私に全面的に協力してくれているという事。
「チコちゃん! ネークスさんが地面から出たら攻撃して! 私は避けるので精一杯だから!」
「了解! なのです!!」
追いかけるチコちゃんの足が止まった。すると、ついに地面からネークスさんが現れる!
「ええい鬱陶しいチビ助が! お前から先に血祭りにあげてくれるわ!!」
「そこから出てくるのは分かっていたのです! 喰らえー!」
【チコリーヌが特技を使用した。シールドアタック】
タイミングバッチリ!
チコちゃんの攻撃がクリーンヒットしたよ!!
【ネークスに0のダメージ】
……うん。ですよねー……
盾士って攻撃力皆無だって言うもんね。けど盗賊って防御力低いらしいし、いけるんじゃないかって思ったんだよぉ……
「ケケケケ!! 盾士の攻撃なんざ効くかよ! 次はこっちの番だぜ!」
ネークスさんの短刀が紅蓮に輝く。
あ、あの技は!?
「この俺様に歯向かった事を後悔しろ! これが最強最悪の紅蓮の刃! とくとその目に焼き付けろぉ!!」
そして盾を構えるチコちゃんを、その盾の上から斬り付ける。
【ネークスが大技を使用した。絶技、紅斬華】
斬っ!! と、斬りつけた瞬間に、花びらが舞い上がり静かに揺れ落ちるエフェクトが発生する。
ナーユちゃんも使っていた、盗賊最強の必殺技!?
「ケケ。名もなき花と一緒に散り果てろ!」
短刀を振り抜いた格好のまま、そう吐き捨てる。
そして……
【チコリーヌに0のダメージ】
「……は?」
目をまん丸くして驚いていた。
「ププーッ!」
私は思わず吹き出してしまった。
カッコつけたポーズのまま、決め台詞まで使ったのにダメージゼロって。芸人さんのコントみたい。
プププ。笑っちゃ悪いって分かってても笑いが込み上げてくるよぉ。
「やったなー。もう許さないのです!」
今度はチコちゃんが反撃に出た!
【チコリーヌが特技を使用した。シールドプッシュ】
ペチン!
【ネークスに0のダメージ】
そして二人はその場で立ち尽くして見つめ合った。
これ絶対に決着つかないやつだー!! 打つ手が無くなって手が止まっちゃうやつだー!!
「あ、あの、俺の絶技、ダメージ一千万くらいは出るんだけど……」
「あ、私、本気出したらダメージ四千万くらいは防げるのです……」
「あ、マジッスか……」
「う、うん……」
「……」
「……」
会話が無くなっちゃったよ……
【ネークスがスキルを使用した。地潜り】
そして唐突に地面に隠れちゃうネークスさん。
「先輩! そっちに向かったのです!!」
そして私の正面に急に現れる。
「ケケケ! 俺のターゲットはび~すとふぁんぐだけだぜぇ!!」
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
振るった刃をギリギリで回避した!
ズサァッ! と、ネークスさんと距離を空けてブレーキをかける。
……というか、いきなりシリアスな雰囲気に戻されてもこっちは困惑しちゃうんだけどぉ……




