「チコちゃんは私が引き取るから!」
「うおおお! 俺と勝負だぁぁ!!」
「いや、その子は俺の獲物だぁー!!」
私の元に複数のプレイヤーが攻めてくる。
落ち着け。正確に対処するんだっ!!
前方から素手による正拳突き!
【沙南のアビリティが発動。ブロッキング】
側面から真横に薙ぎ払い。その上、空中から私に向かっての飛び道具!
【沙南のアビリティが発動。ブロッキング】
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
一人、後ろから猛スピードで突撃してくる。左右からも狙われてる。けど大丈夫。同時じゃない。一人ずつ対処できるよっ!!
【沙南のアビリティが発動。ブロッキング】
【沙南のアビリティが発動。ブロッキング】
【沙南のアビリティが発動。ブロッキング】
最後の仕上げ!!
空中から私を狙ったプレイヤーが着地する瞬間を狙って、私は強く地面を踏む!!
【沙南が特技を使用した。震脚】
「う、うわああああああ」
地面が大きく揺れ、周囲のみんなが盛大に吹き飛んだ!
【筋肉最高に1001万1092のダメージ】
【アズノーラに856万8526のダメージ】
【チコリーヌに0のダメージ】
【騎士ノ助に512万5528のダメージ】
【ジェット君に897万6534のダメージ】
【AYAに1128万7412のダメージ】
【次郎(イン率低下)に1455万4692のダメージ】
これでようやく周囲が静かになったよ。
残ったのはソウルレクイエムのマスターさんと、地面に落ちた衝撃で目を回しているチコちゃんだけ。
「ちっ! 使えない奴ら。簡単にやられて……」
そう言って舌打ちをする彼女を見て、私は不快感に襲われた。
自分の私怨のためだけにチコちゃんを言いくるめて、さらには周囲のプレイヤーをも利用した。
……いや、今はバトルロイヤルのイベント中。百歩譲って周囲のプレイヤーを巻き込んでの混戦をけしかけるのは作戦としては納得できる。けど、その結果が自分の思い通りにならないから、『使えない』という言葉で罵るのは納得できない!
「チコちゃんは私が引き取るから!」
「はん? なんだって?」
チコちゃんは今でも、こんなクランを『自分を受け入れてくれた良い人達』だと信じてる。こんな、自分以外を利用する事しか考えていないような人達をだ。
こんなクランにいたらチコちゃんがダメになる! 純粋で無垢な性格をしているのなら、それ相応の環境に置かないとダメなんだ!
だとしたら誰にも任せられない。少しでも悪意のあるクランになんて置いておけない!!
だから!!
「誰にも譲らない!! チコちゃんは私のクランで育てる!!」
そんな私の言葉を、彼女は鼻で笑った。
「ふん。別に構わないさ。どうせこのイベントが終わるまでが条件だったしね。それに、そいつ結構どんくさいよ?」
その言葉を聞いて、起き上がったチコちゃんが困惑している。
この人をこれ以上しゃべらせちゃダメだ!
【沙南がスキルを使用した。回復功】
地下9階で手に入れたこのスキル。これがある限り私は自分でHPを回復して、ほぼ永久にソニックムーブを使用する事ができる。
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
ギュンと加速して、彼女の前で拳を振るう。
【沙南の攻撃】
「うおっ!? あぶなっ!!」
ギリギリで回避されてしまった。どうやら目はいいらしい。
「あっはは! 欲しけりゃくれてやる。けどさ、もしも私がアンタをぶっ倒したら、チビ子もアンタに失望して入りたいって思わなくなるかもねぇ!!」
【リョウコがスキルを使用した。雷震】
そうして彼女は、自分の持っている剣を地面に叩きつけるように振り下ろした。
コンクリートに剣がぶつかると地面が揺れて、その瞬間から私の体が動かなくなる。
「足が……動かない!?」
「これで高速移動は使えない上に回避行動もとれないだろ!」
そうか、地面の揺れを電撃のように響かせて、周囲のプレイヤーを動けなくするスキルなんだ。
「さらにブロッキングは大技では防げない! これで終わりだよ!!」
【リョウコが大技を使用した。秘技、真空破斬】
まっすぐに私に直進をして、目の前で剣を真横に振るう。すると剣が風のようにしなり斬撃が襲い掛かった。
……だからと言って別にうろたえたりはしない。元々避けるつもりなんてなかったのだから。
【沙南が大技を使用した。絶技、獣神咆哮牙】
迫り来る刃に、私の渾身の一撃をぶつける!!
【沙南のアビリティが発動。相殺】
私のグローブと刃がぶつかり火花が散る。
「なっ!? 相殺だと!? くそっ!!」
必死に剣に力を込めようとしているようだけど、その程度じゃ私の攻撃力は超えられない。
「もう今日限りでチコちゃんに近付かないで! 次に何かを吹き込もうとしたら……許さないから!!」
ピシッ! と、亀裂の入る音がする。
もうすでに足は動くようになっていた。だから私は体ごと前へ踏み込んだ!!
力を込める! 前へ突き出す!
すると剣は音を立てて弾け飛び、私の両手はそのままの勢いで彼女の胸元に直撃した!
【リョウコに783万6982のダメージ】
「ぐっはぁ!?」
そのまま吹き飛んで地面を転がる。
【リョウコを倒した】
そして光になって消えていく。そんな様子をチコちゃんは物寂しそうな表情で見つめていた。
「チコちゃん!」
私はそんなチコちゃんのほっぺたをつまむと、軽く引っ張った!
柔らかいほっぺはニューンと伸びる。
「ふえぁ!?」
「いくらなんでも周りに流され過ぎだよぉ! なんで私とチコちゃんが戦わなくちゃいけないの!?」
「ほぉ、ほぉれは……ほぉのぉ~……」
パッと手を離すとゴムのように元に戻った。
「ちゃんと自分で決めないとダメだよ? そうじゃないと、今回みたいに利用されちゃうんだからねっ!」
「な、なのですけど……何が正解なのかよく分からないのです……」
うん。そうだろうね。チコちゃんは優しすぎるから。
「それじゃあ次からは私達に相談して。私も、クランのみんなもちゃんとチコちゃんを正しい方へ導けるように考えるから」
「ふぇ!? でも、私は先輩のクランに入っていいのですか!? 今も迷惑かけちゃったし……」
なんだか罪悪感を感じているみたい。
私が手を伸ばすと、またほっぺを引っ張られると思ったのか、チコちゃんはキュッと目を閉じた。けど私はその手をチコちゃんの頭に乗せると、ナデナデと撫でまわす。
「いいに決まってるよぉ。だってもうチコちゃんは私達の仲間なんだから。っていうか、絶対うちのクランに入らなくちゃダメだよ! 危なっかしくて他のクランになんて任せておけないんだから!」
目を開けたチコちゃんは段々と涙ぐんで、ついに私にしがみ付いてきた。
「ふえぇ……ごめんなさい。先輩、ごめんなさい……」
掠れた声で謝るチコちゃんを、私はずっとナデナデし続ける。
こうしてチコちゃんは私に体を預けたまま、スンスンと泣き続けた……
私は片方の手でチコちゃんをあやし、逆の手では自分のステータスを開いてみる。今回の闘いで無駄にイベントポイントが増えたんじゃないかなぁ……
すると、イベントポイント2485ポイント。討伐数18人という数字が記録されていた。
……確かイベントポイントって上限が1000だったよね……? これが簡易ステータスでみんなに見られるだなんて、ルールもわかっていないアホの子だと思われるよぉ……
私がげんなりしていると、ようやく落ち着いて嗚咽の止まったチコちゃんが離れようとしていた。だけど、その時に彼女の様子がおかしい事に気が付いた。
チコちゃんは首を傾げて、私の後ろの方をジッと見下ろしている。
不思議に思い、私も振り返ってその視線を追いかけてみた。けれどそこにはコンクリートで固められた地面があるだけで、特におかしなところは何もない。
「チコちゃん、何を見てるの?」
視線を彼女に戻し、そう問いかけた時だった。
「先輩危ない!!」
急にそう叫んだ彼女が私を力一杯突き飛ばした!
何が起きたのかすら分からない私だが、突き飛ばされたその位置を鋭い刃が通り過ぎて、私を庇ったチコちゃんがザックリと斬り付けられているのだった……




