「私は『盾士』。みんなを守るのが役目なのです!」
* * *
「あなたはだぁれ? なんで私について来るの?」
私は巨大な盾の後ろでプルプルと震えている女の子に声を掛けた。
怯えさせないように、できるだけ優しくしないと。
「えっと……あの……その……」
その子が盾の後ろから顔を出してくれた。
薄い栗色の髪は首まで長く、それを包むようにフリルのついたフードを被っている。
髪とフードの隙間から覗く瞳はぱっちりとしていて、私よりも幼い印象が強かった。
声は未だ震えていて、今にも泣き出してしまいそうで……
もっと安心させてあげないと、なんだか可哀そうで仕方がないよ。
「別に怒ってる訳じゃないよ? もしもあなたが攻撃しようって思っているなら、私だって負けるわけにはいかないから警戒しただけだよ?」
「そ、そんな攻撃しようだなんて思ってないのです! だって……私は沙南先輩のファンなのですよ!!」
ふぁ!? ファン!? 先輩!? どゆ事!?
「あの、前回デブピヨ討伐イベントで、ランキング46位のび~すとふぁんぐ、クランマスターの沙南先輩で間違いないのですよね?」
「う、うん。それは間違いないね。あなたもあのイベントに参加してたの?」
「はい! でも、その時の私は無所属で、一人でイベントに参加していたのです」
「一人で!? 確かあのイベントって、ボスを攻撃する人と、タマゴを転送する人とで分かれなくちゃいけなかったはずだけど!?」
「はい……。なので、自分でタマゴを転送して、転送先まで戻って攻撃をしていたのです。イベントが終わるまで三体しか討伐できなかったのですよ」
そ、それは大変だったね……
けど、イベントって参加すれば最低限の報酬は貰えるから、それ目当てで参加する人もいるって聞いた事がある。決して無謀な試みとは言えないらしい。
「で、その時に初めて沙南先輩を見たのですよ! 周りからは装備が貧弱とか、レベルが低いとか言われながらもボスを一撃で粉砕する攻撃力! 物凄くカッコよくて、一目でファンになっちゃったのです!!」
「私ってそんな事を言われてたの!?」
「あのイベントが終わった後に、沙南先輩のクランに入れてもらいたくてずっと探していたのですよ。だけど全然見つけられなくて……。でもやっと会えたのです!」
そんな瞳を輝かせて私を見るその子の簡易ステータスを見てみた。
名前はチコリーヌちゃん。レベル377と、何気に私よりも高い……
いや、それよりも、soul Requiemというクランに所属している。
……ソウ、……何?
「けど、別のクランに所属してるよね?」
「あ、はい! 先輩に会うまでの間、一緒に探してくれるって言う優しい人達のクランに入れてもらったのですよ。そのクランのみんなも、先輩に会いたがっていました」
えへへ。なんだか照れるよぉ。私なんて、ただ攻撃力が高いだけなのに。
「それじゃこのイベントが終わったら、うちのクランに入る? 歓迎するよ?」
「わぁ! いいのですか!? 嬉しいのです!!」
ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶところがとても可愛らしい。巨大な盾から出てきたその子をよく見ると、私よりも体が小さかった。
「すごくちっちゃなアバターだね? そんな風にも作れるんだ?」
「いえ、これはリアルアバターっていう機能で作ったのです」
リアルアバター!? 私と瑞穂ちゃんもリアルアバターだけど、他にも使っている人がいるなんて!
もしかして使ってる人って結構多いのかな?
「よく使おうって思ったね!?」
「実は、このゲームを始めた時は友達と一緒だったのです。アバター作成というのがどうも苦手で、すごく迷っていたら一緒にやっていた友達が、『リアルアバターを使えばすぐに終わるよ』って現実世界の方から呼びかけて教えてくれたのです」
……ふ~む? 今の話を聞いた感じだと、早く遊びたいから手っ取り早くリアルアバターにするように誘導したように思えるけど……
けど、リアルアバターって言ってもマナーさえ守っていれば特に問題もないだろうし、この子を信じてそう言ったのかな?
「じゃあ、その友達も一緒のクランにいるの?」
「いえ、友達はもうゲームに飽きて辞めちゃったのですよ。私はもったいないから少しずつ続けているのです」
えぇ~……。リアルアバター使わせておいて自分は辞めるって、なんだか無責任な友達だよぉ。
この子も無防備って言うか、警戒心が無さ過ぎて心配だなぁ……
「そっか。じゃあチコリーヌちゃんは、私よりも学年が下なんだね。だから私を先輩って呼ぶの?」
「え? 学年は知りませんけど、『先輩』って尊敬する人をそう呼ぶんじゃないのですか?」
そ、それはちょっと違うんじゃないかな……?
「そ、それじゃあチコリーヌちゃん……長いからチコちゃんって呼ぶね? チコちゃんは今何年生なの?」
「はい先輩! 小学二年生なのです!」
う~ん。私の一つ下かぁ。まぁ実際に先輩だからいいかな。
……このゲームでは私の方が後輩な気もするけど……
どうしよう。呼び方直した方がいいのかな。
「それにしても、先輩はやっぱり凄いのです! さっきレベル1000を超えた人と戦っているのを見たのです! あんな相手に勝てるなんて、もうメチャクチャ尊敬するのです!」
そう。私に先輩なんて呼び方は似合わない。なんというか恐れ多いよ。普通の呼び方に直さないと。
「先輩ってこんなに美人で優しいのに、その上強いだなんてもう反則なのですよ! 正に神! 神が降臨したと言っても過言ではないのです!」
どうやって直したらいいものかな……。出来るだけ納得させたうえで、ちゃんと理解してもらわないとダメだよね。私なんてそんな大層な事していないんだから……
「特にあの、敵の背後に一瞬で回り込む動きがカッコいいのです! あんな動き誰にも真似できないのですよ!! もうあれだけで誰もが一目を置いちゃうのです!」
……そう、直さないと。……うん、別にソニックムーブの扱いなんて、ナーユちゃんの方がうまい訳だし?
「正に神速って感じで超カッコいいのです! あの動きをマスターするのって、大変じゃなかったのですか?」
直……さなないと……
「ま~ね! ソニックムーブは扱いが大変だけど、そこは練習をしてものにしたって感じかな! 速い動きを制御するのは他のゲームで慣れてるしね!」
「おお~! 流石先輩なのです! リスペクトなのです!」
って、何言ってるの私~!!
けど、こんなに尊敬された事なんてないから凄く嬉しいよぉ~。クセになりそうだよぉ~……
「それに私が隠れている事もあっさりと見破って、正に隙なしって感じなのです!」
「ふふっ! アレは簡易ステータスが障害物を透けて見えるせいだよ。これは常識だから、覚えておいてねっ!」
「そうだったのですか!? 先輩マジ物知りなのですよ!」
ごめんなさいごめんなさい。私もついさっき知りました! けど、この子の前ではカッコいい先輩でありたいという欲望が抑えられないよぉ!
ルリちゃんも私の事を慕ってくれてすごく可愛いんだけど、それでもルリちゃんとは友達っていうか、対等な仲間って域を出ていない。
けどこの子は違う。こんなキラキラした尊敬の眼差しで見られたら私だって嬉しいし、かっこいい先輩のままでいたいから、ついつい見栄だって張っちゃうよぉ……
そんなやり取りをしている時だった。
「やっと会えた。チビ子、見張りご苦労様」
数人のプレイヤーが現れて、並んでチコちゃんを見つめていた。
頭上の簡易ステータスには、soul Requiemと書かれている。そっか。この人達がチコちゃんのクランメンバーなんだ。
「ああ、皆さん!」
チコちゃんも嬉しそうに微笑んでいる。しかし……
ゾクリッ!!
先頭の女性に見つめられた時、私の背筋が凍り付いた。
その目はとても友好的とは思えず、むしろ敵意を剥き出しにしていた。
「び~すとふぁんぐの沙南だね? 早速だけど――」
そう言って剣を抜くと……
「――死んでもらうよ!!」
一気に斬りかかってきた!
けど大丈夫! 動きは速くないし、攻撃も単純。これなら!
私は振るわれた剣の軌道と相対的に、自分の腕を振るった。
【沙南のアビリティが発動。ブロッキング】
「なっ!? ブロッキング!?」
青白いエフェクトが発生して、その女性は動けなくなる。
「よく分からないけど、攻撃してくるなら反撃しちゃうよ!」
私は拳に力を込める!
【沙南がスキルを使用した。力溜め】
【沙南がスキルを使用した。ベルセルク】
【沙南がスキルを使用した。クリティカルチャージ】
【沙南がスキルを使用した。気功術】
そして、仰け反る女性に拳を振るった!
【沙南の攻撃】
しかしその瞬間に、チコちゃんが間に割って入り、その巨大な盾で仲間を庇った!
【チコリーヌがスキルを使用した。鋼鉄化+3】
【チコリーヌがスキルを使用した。護りの構え+1】
【チコリーヌがスキルを使用した。防御結界】
【チコリーヌがスキルを使用した。守り人の加護+2】
私の攻撃がチコちゃんの巨大な盾にぶつかると、チコちゃんも、庇った女性もノックバックで吹き飛んだ!
【チコリーヌのアビリティが発動。オートガード】
【チコリーヌのアビリティが発動。守護者の誓い+1】
【チコリーヌのアビリティが発動。ディフェンスガード+2】
【チコリーヌのアビリティが発動。気合い受け+1】
【チコリーヌのアビリティが発動。気功防御】
【チコリーヌに0のダメージ】
ダメージ 0 !?
いくら特技を使ってなかったとしても、私の攻撃を0にするなんてかなりの防御力だよ!!
……それに、このいかにも守るのが得意そうなスキルやアビリティは……
「もしかして、チコちゃんのクラスって……?」
「はい、私は『盾士』。みんなを守るのが役目なのです!」
そう盾を振りかざし、力強く答えるのだった。




