「さ~て、お仕事の時間ね~」
* * *
【Fエリア】
「さ~て、お仕事の時間ね~」
吹き抜ける風を全身に浴びながら、私はクルクルっと杖を回して綺麗にキャッチする。
ここは高い廃ビルの屋上で、周囲が一望できる見晴らしのいい場所だ。
といっても、見える景色は世界が滅亡したような廃墟だけ。夢もロマンもありはしない……
あ、でも、滅んだ世界で生き残り、命続く限り闘い続ける少女の物語っていうのは意外とロマンがあるのも。
【瑞穂がスキルを使用した。マジックアクティベーション+1】
【瑞穂がスキルを使用した。マジックエンハンス+2】
【瑞穂がスキルを使用した。精神統一】
気分が高揚してきたところで屋上の端っこギリギリに立ち、杖を構えた。
狙うはおよそ300メートル先、地下ダンジョン攻略部隊!
クラスは侍。レベルは621。
私のレベルは397だけど、大丈夫。シルヴィアの用意してくれた情報通りなら、理論上一撃でいける。
この時のためにレベルを上げ、装備を整え、アクセサリーでは魔法速度上昇効果のある物を選んだ。
私の覚悟を認めてくれたかのように、今までどれだけガチャを引いても出なかった『精神統一』のスキルも出てくれた。
――あとは、結果を残すのみ!!
【瑞穂が大技を使用した。秘技、マジックブレイカー】
杖が煌々と輝き、先端からエネルギーの波動が解き放たれた!
音が割れ、大気が震え、その衝撃波は周囲の瓦礫を吹き飛ばす!
魔法速度上昇のアクセサリーは思いのほか効果的で、音速のような速さで目標へと飛んで行った。
ターゲットがハッとしたようにこちらに振り返るが、その時にはすでに光の中へと包まれて……
――ズドオオオオオオン……
大きな煙を巻き上げていた。
私はすぐに隠れるように身を低くして、戦闘ログを確認する。
【武蔵に51万1560のダメージ】
【武蔵を倒した】
「よっし! まずは一人目撃破!」
思ったよりもダメージを軽減されたけど、勝ちは勝ちだ。
けど喜ぶのはまだ早い。相手は全部で30人いる訳だから、私達のノルマは三人と言われている。
だけど、それでもやっぱり嬉しい! 私の力は通用するんだ! このクランで、ちゃんと役に立てるんだ!
瑞穂:地下ダン一人撃破。武蔵って奴。大物ではないけど許して。
勝利の余韻に浸るようにクランチャットで報告を出す。
シルヴィア:ナイスです! 今は倒せるメンバーを確実に倒していきましょう!
そんな風に褒めてくれる事が嬉しくて、私のテンションはもう爆上がりだ。
「さ、スナイパーは一度撃ったら場所を変えないとね♪」
【瑞穂がスキルを使用した。アンチグラビティ】
そうして走り出した私は、高いビルの屋上から勢いよく飛び出すのだった。
* * *
「そこの者、待たれよ」
拙者は建物の陰から姿を見せて、相手の行く手を阻むように正面に立った。
「お主に恨みはないが、ここで死んでもらう」
「何!? お前は何者だ!? 僕が地下ダンジョン攻略部隊と知っての狼藉か!?」
ふふふ、良い反応をしてくれるものだ。
「拙者は蜥蜴丸。今宵は我が妖刀が多くの血を欲しておるわ」
そうして刀を鞘から抜いて見せる。
「刃の見えない刀!? それは無明刀か。……なるほど。僕は僧侶で、お前は侍。多少のレベル差なら、その武器と攻撃力でなんとかなるという訳だね」
そう。拙者のレベルは302。この男のは488だが、回復がメインの僧侶なら拙者にも十分勝機はある!
「だが!! しかし!! 甘いぞ!!」
「な、何ぃ!?」
ビシッと謎のポーズを取るこの男に、拙者は一瞬気圧されてしまった。
「確かに僧侶はサポートがメインでDEFが低い。だが、決して攻撃する手段がない訳じゃない!!」
【エクスがスキルを使用した。マジックエンハンス+4】
【エクスがスキルを使用した。精神統一+3】
【エクスがスキルを使用した。神の信託】
……なんだ!? マジックエンハンスと精神統一はステータスを上昇させるスキルだが、『神の信託』というスキルは聞いた事がない。シルヴィア様や小烏丸の集めた情報にも無かった。
……もしやイベント上位で貰えるユニークスキルか?
【蜥蜴丸がスキルを使用した。力溜め】
【蜥蜴丸がスキルを使用した。一点集中+1】
【蜥蜴丸がスキルを使用した。根性】
こちらもスキルでステータスを上げる。
根性は侍で唯一の防御スキルで、あまり効果は期待できないがないよりはマシだろう。
【エクスが魔法の詠唱を開始した】
【エクスのアビリティが発動。高速詠唱+5】
「愚かな者に、神の裁きを!」
【エクスは魔法を使用した。ホーリーショット】
彼の頭上に無数の光玉が現れると、次々と襲い掛かってきた。
「なんの!」
【蜥蜴丸のアビリティが発動。居合切り】
侍は遠距離攻撃ならば、物理も魔法も両断する事ができる!
迫り来る多段攻撃を、自慢の愛刀で切り裂いては攻撃を凌ぐ。
そう、これでいい。まずは相手の魔法を全てリキャストタイムで使えなくする。その後で攻撃に転じるのが確実なやり方だ。
「ふっ、お前の考えている事はわかるぞ。まずは僕に魔法を使わせて、リキャストタイムを発生させようとしているな? だが!! しかし!! 甘いぞ!!」
「な、何ぃ!?」
拙者の作戦が読まれていると言うのか!?
【エクスは魔法を使用した。ホーリーショット】
「ば、ばかな!? 今使ったはずの魔法が、どうしてすぐに使える!?」
しかし彼はほくそ笑みながら、無情にも魔法を飛ばしてくる。
くっ! とにかくここは耐えるしかない。イベント前にナーユ様に修行を見てもらった事で、攻撃を凌ぐ術は身に付けている。
拙者はすり足で、迫る光玉を滑らかな動きで避け、必要なものは切り落とす。そうやって第二波を完全にやり過ごした。
「ふふ、やるね。だが!! しかし!! 甘いぞ!!」
【エクスのアビリティが発動。高速詠唱+5】
【エクスは魔法を使用した。ホーリーショット】
【エクスのアビリティが発動。高速詠唱+5】
【エクスは魔法を使用した。ホーリーショット】
【エクスのアビリティが発動。高速詠唱+5】
【エクスは魔法を使用した。ホーリーショット】
彼の周囲には、もはや数えきれないほどの光玉が出現していた。
「なん……だと……!? まさか『神の信託』というスキルのせいか!?」
「そうさ。神の信託は相手にダメージを与えるまで、リキャストタイムが発生しなくなるスキル。つまり、お前が避け続ける限り、この魔法が途切れる事は無い! さらに高速詠唱+5はほぼ無詠唱。運営は知ってか知らずか、神の信託と合わせればMPが続く限り高速連打する事ができる!」
しまった。相手の力を見誤ったか……
これは少しばかりまずい……
「くくく、観念して大人しく死ぬがいい!」
「……ふっ……」
「な、何がおかしい!?」
拙者のつい吹き出した笑いに、エクスが反応した。
「いやなに、死ぬのはお主の方が先やもしれんぞ?」
「バカな!? ハッタリだ!!」
いや、ハッタリではない。なぜならば、彼の右斜め後ろの方でチカッと光が輝いて――
【瑞穂が大技を使用した。奥義、魔導砲】
――その光は急速に飛来して、エクスに直撃した!
「ぐはあぁ!?」
彼のHPゲージはグングン減り、ついには完全になくなった。
【命の欠片が砕け散った】
そしてアイテムのおかげで、HPは1だけ残ったようだ。
「くっ!? 狙撃された!? まさか、仲間がいたのか!?」
「左様。真剣勝負に水を差すようで申し訳ないが、これも目的のため!」
「ちぃっ!!」
【エクスが魔法を使用した。リザレクション】
一気に回復したエクスは、狙撃された方角と拙者を交互に警戒しながら後ずさる。
頭上に作った大量の光玉は、今の狙撃でかなりの数が消滅していた。
「ここは一旦引くしかない。火力の高い援護射撃がいるのは分が悪い……」
【エクスがスキルを使用した。レジストエンハンス+5】
【エクスがスキルを使用した。マジックシールド+5】
魔法防御を高めてこの場を離脱するつもりのようだ。それは懸命な判断だと言える。
……だが、もう遅い。
エクスが警戒している方角とは逆の方角から、またしてもチカッと光が輝いた。
【ルリが大技を使用した。奥義、魔導砲】
その光は一気に近付いて、その方角を全く気にしていなかったエクスに直撃した!
「ぐはぁ!?」
そして、ダメージを喰らった事で仰け反ったエクスに、拙者は一気に滑り込んで刀を構える!
「お命頂戴!」
【蜥蜴丸が大技を使用した。奥義、抜刀燕返し】
斬っ!!
確かな手応えに、抜いた妖刀を鞘へとしまう。
……エクスは、信じられないという表情のまま光となって消えていった。
【エクスを倒した】
「ふぅ~……」
割と本気でヤバかったのは事実で、拙者はその場にへたり込んでしまった。
するとすぐにクランチャットに書き込みが追加される。
ルリ:トカゲ、大丈夫?
蜥蜴丸:はい。ルリ様と瑞穂様の援護のおかげです。ありがとうございました。
瑞穂:まったく! 駆けつけたらすでに戦いが始まってるんだもん。ちょっと焦ったわよ!
蜥蜴丸:予想よりもここを通過するのが早かったもので、そのまま戦いに入りました。申し訳ありません。
ルリ:けどこれで地下ダンを一人倒せたし、トカゲのポイントも増えた。いい感じ。
瑞穂:まぁね。この調子でいきましょう!
蜥蜴丸:了解致しました。
そうしてまた、我々はターゲットを探して移動を開始するのだった。




