「沙南ちゃんのお父さんって小説家なんですか?」
「来たよ……」
私はログインしてからフィールドエリアに建てられた拠点へ入る。するとそこには、すでにクランメンバー全員が揃っていた。
「沙南ちゃんお疲れ様です。夜ももう遅いですが、大丈夫ですか?」
そうシルヴィアちゃんが聞いてきた。現在、時刻は21時過ぎ。
「うん。宿題は終わらせてきたし、お父さんの確認をしたらすぐに寝るよ」
「そうですか。ならすぐに済ませましょう。まず初めに、沙南ちゃんに確認してもらいたい人物は二人います」
「二人!? え、二人いるの!?」
「はい。あくまでも、『過去に未練のある上級クランメンバー』という条件で探したので。すみません、これでもかなり絞ったんですが……」
「ううん。探してくれてありがとうね。一人ずつ確認していこう」
そうだよ。シルヴィアちゃんと烏さんは頑張って探してくれたんだから、あとは私が確認していかないと!
「まず私が探した方からいきましょう。待ち合わせをしているのでついて来て下さい」
そう言って、シルヴィアちゃんは外へ出た。その後をついて行くが、クランメンバー全員がさらにその後ろからついて来ていた。
……まぁいいけどぉ……
「今から会うのは前回のイベント九位。『黒猫海賊団』のクランメンバーで、名前はバッキーさんです」
フィールドエリアを少し歩き、大木がそびえ立つ所へと向かって行く。するとその木の下に誰かが立っていた。
「バッキーさんこんばんは。こんな時間に呼び出してすみません」
「いやいや、別に大丈夫だよ。それよりも、話って何かな?」
その人は盗賊風の青年で、おっとりとした表情をしていた。口調はとても優しくて、友好的な態度が好印象だ。
そんな私の後ろからは、草むらに隠れながら狐ちゃん達が見守ってくれている。はっきり言って隠れきれていないからバレバレなんだけど、今は気にしないでおく事にする。
「単刀直入に聞きます。あなたは過去に未練があり、それを引きずったままこのゲームを続けていますね?」
「なっ!? どうしてそれを!?」
シルヴィアちゃんが切り込んでいくと、バッキーさんは明らかにうろたえ始めた。
「ズバリあなたは、大事な人を捨てて今ここにいる。違いますか?」
「くっ! ち、違う! 俺は捨ててなんかいない! すぐに戻るつもりだったんだ!」
「戻るつもりだったかもしれませんが、それでも未だに帰る事ができずにいる。そうですね!」
「う、うぅ……」
バッキーさんが頭を抱える。
ほ、本当にこの人が私のお父さんなのかも!?
「さぁ、この子に見覚えはありませんか? あなたに会いにきたんですよ!」
バッキーさんと目が合う。すると彼はすごく驚いた表情になった。
「ま、まさか、ここまで会いに来るなんて……」
「お、お父さん……? ねぇ、お父さんなの?」
「ああそうだよ。けど信じて欲しい。今まで一日たりとも忘れた事なんて無かった! それは本当だよ!」
「お父さん!!」
やっと会えた! 本当にお父さんなんだ!
私はお父さんに抱き付こうと駆け出した!
「今まで放置してゴメンな、セレン!」
お父さ…………え?
セレンって誰ー!?
「うぅ……良かったですね沙南ちゃん……グスッ」
「いやいやいや、シルヴィアちゃん感動してるところ悪いんだけど、なんか段々とおかしくなってきたよ!? 多分この人、私のお父さんじゃない!」
「あれ? 違うんですか?」
途中まではそれっぽい感じだったけど、なんか怪しくなってきたよ!?
「えっと、この子は沙南ちゃんです。セレンというのは誰なんですか?」
「え? 俺が考えた小説のヒロインだけど?」
どゆことー!? なんで小説のヒロインを私と勘違いしたのー!? どう考えてもおかしいでしょー!!
「沙南ちゃんのお父さんって小説家なんですか?」
「違うよ!? お父さんはただのゲーマーだから! バッキーさんも、なんか私を自分の娘っぽく言ってたけどなんでなの!?」
「え? でも自分で生み出した作品って子供みたいなもんじゃん? ちょうどヒロインのイメージがキミとピッタリだったからさ」
「いやいやいや! それでもヒロインがゲームの中に会いに来るってありえないでしょ!?」
「え~……でも最近は擬人化とか流行ってるからさ、自分の作品が俺に会いに来てくれたのかと思ったんだよね」
おかしいよ! いや自分の作品に愛を持つのは良い事だと思うよ!? けど擬人化して自分に会いに来る事を本気で考えてるのはおかしいよ!!
小説家さんだから発想力は大事かもしれないけど、そういうのは本の中だけにしてほしい……
「バッキーさんは今書いている小説を放置しているんですか?」
シルヴィアちゃんがそう聞いた。
「実はそうなんだ。小説家といっても、俺は『小説投稿サイト』に投稿しているだけの一般人だよ。けど本気で書籍化を狙っていて、毎日小説の事ばかり考えているんだ。俺は素人だけどさ、面白い物語を作る事ならプロにだって負けないつもりだ! だからこれまでずっと頑張ってきた! ……けど現実は厳しい。自分でどんなに面白い物語を作ったつもりでいても、読者から評価してもらわなければモチベーションだってなくなっていく訳さ」
悲しそうな目をしてバッキーさんは俯いた。そしてそのまま話を続けた。
「そんな時にこのゲームと出会ったんだ。初めはちょっと息抜きをするだけのつもりだった。けど、気が付けば俺はこのゲームにどっぷりとハマり、長い間小説の更新をしていない事に気が付いたんだ。すぐに書こうとしたさ、けど、どうせ書いたところで読者が読んでくれなくちゃ意味はない。なんだかんだ理由を付けて、俺は今まで遊んでしまっていたんだ……」
そっか。小説家さんって大変なんだね。
「バッキーさんはどんな物語を書いているの?」
私は純粋な興味でそう聞いてみた。
「魔法使いの物語さ。魔法が存在する世界で、色んな魔法が出てきて、その魔法で敵と戦ったり、仲間と恋に落ちたり、仲間と共にチームトーナメントに出場して、他のチームと対戦したり……」
「わぁ、凄く面白そうだね! 絶対に人気が出ると思うんだけどなぁ」
「ははは、ありがとう。なんだかモチベーションが上がってきたよ。よし! 今日でこのゲームは引退だ! また明日から小説を頑張って書いてみるよ!」
「うん。私も時間が空いたら読んでみるね」
バッキーさんはお礼を言ってログアウトしていった。
なんだか変な人だったけど、立ち直れてよかったよ。
「世の中には色んな人がいるんですね。そして今日、沙南ちゃんはそんな迷える人を救ったんです。それってとても素晴らしい事ですよね」
「そんな。私は何もしてないよ。バッキーさんがやる気になってくれただけ」
「ふふ、沙南ちゃんはゲームの攻略もうまいですが、人の迷える心を攻略するのも上手なんですね。お見事でした」
「も~シルヴィアちゃんったら~」
うふふ。
あはは。
そんな風に笑い合っていると、急に烏さんがシルヴィアちゃんの肩をガッチリと掴んだ。
「なんか綺麗にまとめようとしているようですが、騙されてはいけませんぞ主殿! シルヴィア殿は主殿の父君を見つけたと得意気になっておられましたが、実際には現実逃避した小説家だったではありませぬか!」
「あぅ……それはそのぉ……」
そういえばそうだった。私、お父さんを見つけに来たんだった。なんかちょっといい話で誤魔化されるところだったよ。
「だがご安心下され! 自分が見つけたのは正真正銘、主殿の父君であります。こんな事になるだろうと思い、この後に時間を作ってもらっております故、どうか確認してみてくだされ」
「わぁ! ありがとね烏さん!」
そうして、私は烏さんの後をついて行くのだった。




