「また刀を眺めていたのか?」
* * *
「――……丸。小狐丸」
名前を呼ばれていた事に気が付いた私は正気に戻った。
どうやら刀の美しさに心を奪われていたみたい。
「また刀を眺めていたのか? 小烏丸が帰ってきたぞ」
そう蜥蜴丸が教えてくれた。
私は刀を鞘に納めて、気を引き締める。これから私達のクラン、刀剣愛好家の行く末が決まるのだから。
私が刃物を好きになったのはいつだったろう。
図工の時間に彫刻刀を使った時? 家庭科の時間に包丁を使った時? ……確か、どっちの時も心臓がドキドキしていたはずだ。
刃物は危ないから、手に持つとドキドキする。それを使い終わって後片付けをしても、まだドキドキが残ったりする。そして私の場合、家に帰った後もそのドキドキはしばらくの間続いたりしたっけ。
私は時折、ふと刃物の事を考えるようになっていた。怖いというドキドキの中に、興味という気持ちが含まれている事に気が付いたんだ。
刃物は鋭くて危ないけど、美しくて精巧な一面もある。見ているだけで心が澄み渡り、心が研ぎ澄まされていく気がした。
ある日私はお母さんに、誕生日プレゼントに刀が欲しいとせがんでみた。結果はまぁ、当然のようにダメだった。それどころか、小学生が欲しがる物ではないと心配すらされた。
けれど私はそんな想いを断ち切る事はできず、次第に侍が出てくるマンガをよく読むようになっていた。
侍というキャラはとてもカッコいい! 自分の魂を刀に乗せ、主人のために忠義を尽くして敵と戦う。頼れるものは、自分の腕前と刀のみ!
私は、そんな侍と刀にますますのめり込んでいった。
「あなたからも言ってやってよ。この子、私の隙を見ては台所から包丁を持って行って、自分の部屋でジッと見つめているのよ? 危ないったらありゃしないわ」
私が刃物に惹かれれば惹かれるほど、逆に両親の心労は増えていった。
どうしてわかってくれないんだろう?
私は分かってもらおうとして、一つの画期的な例題を思いついた。
「例えば、凄くカッコいい男の子がいるとするでしょ? その子の魅力にみんなはメロメロなの! だけどその子が、『モテるのは俺一人だけでいい! 他の男はみんな殺してしまえ!』って言い始めたら、とても残念な人だと思われてしまうわ。刀もそれとおんなじよ。危険な目的のために振り回したら怖い物だけど、ただ静かに飾っておけば、これ以上の芸術品はないわ! 見てこの刃文! 刀によって色んな波模様があるのよ! 綺麗でしょ!!」
私は両親に分かってもらいたくて、本を顔の近くまで持っていく。
ギュウギュウ!
そしてやり過ぎてしまい、本を没収されてしまった……
またある日、私は友達と行ったゲーム屋さんで、VRMMOを無料で体験させてもらえる事になった。
ゲームの中の仮想世界。そこで武器屋に入った瞬間に、私の情熱は火を噴いた。
例えゲームの中だとしても、そこで作られている武器はあまりにもリアルで、私のハートを鷲掴みにして離さない。私は友達が冒険に出ている間、ずっと武器屋の中で色々な刃物を堪能しまくっていた。
私は再び両親にお願いをする。今度の誕生日プレゼントは刀か、VRにダイブするためのヘッドギアか、どちらかがいいと。
多分、両親も苦渋の決断だったと思う。勉強をちゃんと頑張るという条件付きで、VRへダイブする事が許可された。
――そしてついに私は、『ダンジョンクエスト』と出会う事となる。
このゲームで侍を選んだ私だが、もちろん勉強も頑張った。しかもそれほど苦ではなかったと言える。なぜなら、勉強に疲れた時はVRの中へとダイブして、刃物を見つめていたから。
こうする事で心が落ち着き、安らぎ、集中力が戻ってくるのだ。私にとってVRと勉強は相乗効果を生み、いい関係へとなっていった。
ゲームを進めて行きクラン加入条件を満たした私は、『刀剣愛好家』というクランを知り、すぐに入隊をした。
このクランのマスターである天羽々斬様を主人として、私の別次元での人生が始まったのだった。
「今戻った。び~すとふぁんぐのメンバーは今、酒場にいる。全員揃っているから、話し合いをするなら今しかないな」
「わかった。今すぐ行こう」
時刻は夕時。
小烏丸の情報を受けて、私は蜥蜴丸との三人で酒場へ向かった。
「たのもー!」
酒場へ着いた私は、かけ声と同時に扉を開け放つ。
中にいるプレイヤーの視線が一気に集まって恥ずかしいけど、こういうのは勢いが大事だと思う!
そしてプレイヤーの中に、シルヴィア殿を発見して、私は彼女の元まで歩み寄った。
「シルヴィア殿、お疲れ様です」
「あら? 子狐ちゃんじゃないですか。どうしたんですか?」
び~すとふぁんぐの面々が食事の手を止めて、私に注目する。
「まずはイベントの上位入賞。おめでとうございます」
「いえいえ、刀剣愛好家も50位内に入ってましたよね。おめでと~」
シルヴィア殿も丁寧に祝福してくれた。結局、私と彼女の勝敗が順位を左右したことになった訳で、これも巡り合わせなのかもしれない。
……結果論とも言えるけど。
「実は今日は、クランのマスターにお話があって来ました。えっと、マスターは……」
私はメンバーを見渡す。
レベルの低い子供が二人に、高レベルの盗賊が一人。この人がマスターだろう。
「あなたがマスターで間違いないだろうか?」
私は念のために、盗賊の女性にそう訊ねた。
「えぇ!? 違います違います! マスターはこちらの沙南ちゃんです!」
「へ?」
気の抜けた声が出てしまった。なぜならば紹介された相手は、口の周りにケチャップを付けてオムライスを頬張る小さな子供だったのだから……




