「ナーユちゃん、お願いがあるんだ」
「ナーユちゃん、お願いがあるんだ」
泣きじゃくるプニちゃんを抱きしめたまま、私は後ろにいるナーユちゃんに声をかけた。
「なんですか、沙南さん」
「ナーユちゃんは運営の人とお話ができるんだよね? ならこう言ってほしいんだ。『今回のバグを消す事は運営にとっても最善じゃないはず』ってね」
「と、言いますと?」
「バグの大本であるプニちゃんを消せば簡単に終わる。けどさ、原因がわからないと、またおんなじ事を繰り返す可能性があるよね?」
「……確かにそうですね」
腕の中で嗚咽を漏らすプニちゃんを撫でながら、私は続ける。
「原因が分かるまでプログラムを見たり調べたりしてもいい。けど、中身を書き換えたり、削除したりはしないでほしんだ。だって、もうプニちゃんは悪さをしない。私もちゃんと見てるから」
「……そう、ですね……」
後ろに立つナーユちゃんの表情は私には見えないけど、悩んでいるように思えた。
「難しい事だっていうのは分かってる。だけど、これは私の一生のお願いだよ……」
必死にお願いをする。私にできる事ならなんでもやる。だから、なんとかナーユちゃんの協力を得たかった。
「……沙南さん、安心してください。このゲームの開発者は周りの声に耳を傾けないような人間ではありません。それに私だって、び~すとふぁんぐの……沙南さんの味方です!」
「それじゃあ……」
「はい。何が何でも説得してみせます。私に任せて下さい!」
よかった。ナーユちゃんがそう言ってくれるだけで希望が湧いてくる!
と、そんな時だった。後ろのほうから大勢の足音が聞こえてきた。
「む!? 君たちは一般のユーザーだね。ここで何をしている」
チラッと後ろを見てみると、防護服にガスマスクを被った人たちが何人も集まっていた。
その腕に銃を抱えているこの人達が、バグを削除するために直接ログインしてきた運営チームなんだ。
ゴクリと息を呑んで、プニちゃんを私の体で隠すように強く抱きしめる。
「待ってください。私は犬伏那由。このゲームの開発者、犬伏昂の妹です!」
するとナーユちゃんが、そう運営チームに説明を始めた。
「おお、那由ちゃん! キミもこのバグを調べていたのかい?」
「はい。そしてその結果、問題は解決しました」
「ええ!? 本当かい!?」
「本当です。その証拠に、もうメンテナンスを始められるはずです。ここまで来てくれて申し訳ないのですが、皆さんはログアウトをしてからメンテナンスを開始する準備を行ってください。もちろん、その告知もプレイヤーに出すのを忘れないように」
ナーユちゃんがテキパキと指示を出していく。
「ふむ。了解した。では詳しい話はメンテを後で!」
「そうですね。その事なんですが、メンテナンスを始めても勝手な行動は控えてください。私から兄に直接状況を説明しますので、バグの対応はその後になります。くれぐれも勝手にプログラムを弄らないようにしてください」
「わかったよ。みんなに伝えておこう。那由ちゃんはこれからどうするんだい?」
「私はまだここで状況を整理しなくてはいけません。メンテナンスの開始と同時に落ちるようになると思いますので」
一通りの説明が終わると、運営チームのみんなはナーユちゃんに敬礼をして、さらには私たちみんなに挨拶をしてからログアウトで消えていった。
……うん。なんか改めて、ナーユちゃんって運営さんなんだなぁ。しかも結構慕われているような感じだったし。
「ナーユちゃん、助けてくれてありがとう。ナーユちゃんがこのクランにいてくれてほんとによかった!」
「いいんですよ。私だってこのクランが自分の大切な居場所になっているんですから」
そう言ってもらえると、このクランを作った身としては凄く嬉しく思う。
そうしていると、すぐに運営からのお知らせが届いた。
内容はさっき話した通り、緊急メンテナンスを再度行うというものだった。
「プニちゃん、もうメンテの邪魔はしないよね?」
「……うん。その代わり、メンテが始まるまでこのままでいさせて」
プニちゃんは私にしがみ付いて離れない。だから私も、プニちゃんを少しでも安心させようと撫で続けた。
地下二階のボスの手前で、数分後にメンテナンスが入るその瞬間まで、私はプニちゃんを抱きしめていた。そしてそのまま、予告の時間になると同時に、私の視界は暗く沈み、気が付いた時には自分のベッドの上で横になっていた。
メンテナンス開始による強制的なログアウト。今回はちゃんとゲームが閉じられたようで、ヘッドギアから確認すると、ダンジョンクエストはメンテナンス中という表示になっていた。
今回は緊急メンテナンスという事で、メンテナンス終了時刻は未定となっている。私はその間に家事をこなしていたけれど、はっきり言ってプニちゃんの事が気がかりで、まったく集中できなかった。
数分置きにダンジョンクエスト公式サイトを確認して、いつログインできるのかをチェックする。それを何度も何度も繰り返して、それだけで時間が過ぎていった。
ナーユちゃんがうまくやってくれると信じて……プニちゃんとまた会えると信じて、永遠とも思える時間をただひたすら待った。
そしてついにメンテナンス終了時刻が発表された。夕方の18時に終わると明記されていて、私はまたまたその時間までソワソワしながら待つことになった。
――そして、18時00分。
私はヘッドギアを装着した状態のまま待ち、その時刻と同時にログインをした。
いつもの街の、いつもの広場であるリスポーン地点に降り立った私は、周りを見渡してみる。そこには私と同じように、時間ぴったりにログインをしてくる他のプレイヤーがどんどん湧き出していた。
プニちゃんはどうなったんだろう……
そんな不安を胸に、私は一歩を踏み出すのだった。




