「大丈夫だよ! だから現状を教えて!」
「ふぃ~……とりあえず、ここまでくれば安心でしょう」
地下二階のボスの部屋手前。そこから逃げてきた私たちは、地下一階の転送装置で地上へ飛んできていた。
狐ちゃんに担がれていた私はここでようやく地面に下ろされて、力なくその場にへたり込む。もう頭の中はグチャグチャだった。
「おい聞いたかよ? 今地下二階で変な事が起こっているらしいぜ」
不意に、近くを通る冒険者パーティーの会話が聞こえてくる。
「変な事? なんだよ?」
「なんでもボスの部屋の前にすっげー強いドラゴンがいて、道を塞いでいるらしいぜ?」
「マジで? 倒せねーの?」
「無理っぽい。アホみたいな火力で瞬殺されんだとさ。さっきから負けたプレイヤーがリスポーン地点に戻されまくってるんだとよ」
「なんだそりゃ。ゲリライベントかな?」
「わかんね。でも運営からのお知らせもないぜ?」
その話を聞いて血の気が引いていく。
……間違いなくヘルカオスドラゴンだ。プニちゃんがバグの力で作り出した最強のドラゴン。それが今、みんなの冒険を邪魔している……
そこに近寄ったプレイヤーを無条件で攻撃しているんだ……
そんな時だった。
――ピロリロリン。ピロリロリン。
突然に通知音が鳴りだした。
コマンド画面を開いてみると、なんと運営からの緊急のお知らせだった。
【ダンジョンクエスト運営からのお知らせ】
平素より当ゲームを遊んでいただき誠にありがとうございます。
この度は誠に勝手ながら、14:05に緊急メンテナンスを行う事となりました。現在プレイ中のユーザーの皆様は、大変申し訳ありませんが至急ログアウトをするようにお願い致します。
また、このメンテナンスの内容や補填につきましては後日改めてお知らせを致しますので、質問等にはお答えできません。
緊急メンテナンス。ついに運営が動いた……
誰が報告したのかは分からないけど、きっとプニちゃんの件で間違いない……
時間を見ると今は14時。あと五分後にはメンテナンスに入るんだ。そうなったらプニちゃんは削除されちゃうのかな……?
私はプニちゃんを助けたい。けどあと五分で何ができるんだろう……?
そもそも助けるのならナーユちゃんが先なんじゃないかな。ナーユちゃん、どうなっちゃったんだろう。まさか本当に死んだりしてないよね?
心配だけど、こっちもどうすれば助けられるのか見当もつかない。ほんとに、もう頭の中がグチャグチャで何をどうしていいのかわからないよ……
「おい、緊急メンテだってよ。何かあったのかな?」
「さぁ? よくわからんな」
近くにいる冒険者さんの話し声が聞こえてくる。
「って、なんだこりゃ!? 俺の装備や道具の名前が全部文字化けしてるぞ!?」
「えぇ!? マジかよ!? もしかして緊急メンテってバグの修復?」
『バグ』という言葉が聞こえるたびに私の体は震えあがってしまう。
「おい! 街の中もおかしいぜ!? 所々にモザイクがかかってやがる」
「画像処理がおかしいのかな? やっぱバグの可能性が高いよな」
プニちゃんのバグが、ダンジョンだけじゃなくて街の中にまで浸食してきている!?
私がプニちゃんを安心させてあげられなかったせいで、運営さんにも、他のプレイヤーのみんなにまで迷惑をかけている……
初めての守護精霊だって浮かれて、こうなる事から目を背けていた。全部全部私のせいなんだ……
だからプニちゃんにも、『死んじゃえ』なんて言われて……
「あぁ……うあああぁぁ……」
その場に崩れ落ちる。不安と後悔で押し潰されそうだった。
悲しくて、胸が張り裂けそうで、ボロボロと涙がこぼれた。
「沙南、大丈夫!? 沙南のせいじゃないよ!」
ルリちゃんが私を抱えるようにして抱きしめてくれる。
瑞穂ちゃんもチコちゃんも、私の頭を撫でたり背中をさすったりしてくれていた。
そんなみんなに甘えるように、私の涙は止まらない。むしろさらに溢れていった。
「……なんとかみんなで支えていますが、姫様はあんな状態でろくに動けません。これからどうしますか、シルヴィア様」
「どうするもこうするも、もう私たちが手に負える状況じゃありませんよ。ここは運営に任せて緊急メンテをしてもらいましょう……」
私はみんなに囲まれ涙を流す。そうしてわずかな時間が過ぎていった。
14:04。57秒、58秒、59秒――
ついにメンテナンスの時間が訪れる。ログインしていたとしても、こういう場合はゲームが落とされてプレイヤーは現実世界に弾かれるはずだった。なのに……
14:05。05秒、06秒……
メンテナンスの時間が来ても一向にゲームが落とされない。私たちも依然ログインしっぱなしの状態になっていた。
「な、なんで……? メンテナンスは!?」
周りを見ると、やはりプレイヤーのみんなも困惑した様子でキョロキョロしていた。
すると一人のプレイヤーが――
「お、おい! 空を見て見ろよ!」
そう叫んだ。
釣られて空を見ると、そこには見た事もない光景が広がっていた。
普段は青空が広がる街の空なのに、その空を真っ赤な線が亀甲模様が広がり包まれている。いや、包まれているのはこの街かもしれない。
この街を護るように亀の甲羅が覆いつくす。いや、もしかしたら逆で、逃がさないための結界のようにも見えた……
――オオオォォォン。オオオォォォン。
さらに不気味な音も鳴り響く。真っ赤な甲羅が点滅するタイミングで、そんな奇妙な音がこだましていた。
なんとなく私には、それがプニちゃんの心の叫びに聞こえてきて、さらに胸が苦しくなった……
「お、おい、やっぱりちょっと異常だぜ。ログアウトしたほうがよくね?」
「んだよ。面白そうじゃん。もう少し見てようぜ。どうせメンテが始まったら勝手にログアウトされるんだし」
肝が据わっているというか、状況が分かっていないためにログアウトをしないプレイヤーは沢山いた。
そんなプレイヤーの中に――
「沙南さん! ここにいたんですか!」
ナーユちゃんの声で、ナーユちゃんの姿で駆け寄ってくるプレイヤーがいた。
「ナーユ……ちゃん?」
間違いなかった。正真正銘のナーユちゃんだ!
「ナーユちゃん!!」
「わわっ!?」
私は勢いよくナーユちゃんの腰にしがみ付いた。
「無事でよかった! 死んじゃったかと思って……心配したよぉ~……」
「あら~、こんなに心配されるなんて、なんだか光栄ですね」
ナーユちゃんはなんだか嬉しそうに笑っていた。
「ごめんねナーユちゃん! 私がしっかりしないせいで……ごめんねぇ……」
「もういいんですよ。沙南さんのせいじゃありません。沙南さんはあの子を信じたかっただけなのはわかっていますから」
腰にしがみ付く私に、ナーユちゃんはいつも以上に優しくナデナデをしてくれた。
「さぁ、感動の再開はここまでにしましょう。今は時間がありません」
「時間が……ない?」
「はい。今、運営側でも想定外の出来事で大きく混乱しています。なので、ここから先は沙南さん、あなたが自分で決めて行動しなくてはいけません。頭はちゃんと働きますか?」
そう言って、私を真剣な目で見つめてくる。
私は……どうだろう。ナーユちゃんが無事だった事で気持ちがすごく楽になった感じがする。
深呼吸をしてみると、頭の中のモヤモヤが晴れていく気もする。
大丈夫! ナーユちゃんが無事なら、もうなにも迷う事なんてない! 頭もちゃんと回ってる!!
「大丈夫だよ! だから現状を教えて!」
袖で涙を拭い去ってから、私はそう力強く答えるのだった。




