「間違っているのは、この世界のほうなのに!!」
「ナーユちゃん? ナーユちゃん!?」
私は何度も叫ぶけど、ナーユちゃんは消えたまま戻ってこなかった。
「あ、あたしは悪くない。だってあいつが先にあたしを消そうとしたんだもん! あたし悪くないもん!」
へそを曲げた子供のようにそう呟くプニちゃんに、私は憤りを感じた。
「プニちゃん、ナーユちゃんに何をしたの!? まさか死んじゃったりしてないよね!?」
「何って……そんなの知らない。消えろって念じたら消えただけ……」
「じゃあまた戻して! ナーユちゃんをここに戻してよ!!」
するとプニちゃんはムッとした表情で答えた。
「あいつはあたしを消そうとしたのよ!? なのになんであいつを戻さなくちゃいけないの!? あたしは間違った事なんてやってない!!」
「ナーユちゃんは仲間なんだよ!? いつも私や、このクランのために必死になって戦ってくれたの! 具合が悪くなるくらい無理をして、そのおかげで勝てた時だってあったんだよ!? 今だってみんなの事やゲームの事をちゃんと考えていただけなんだから!!」
そう言った私の言葉に、プニちゃんはショックを受けたような顔になってしまった。
「なんで……? なんであいつの味方をするの……? お姉ちゃんはあたしに消えてほしいの……?」
「違う!! そうじゃないよっ! ただどんな理由でも仲間を消すだなんて間違ってる!!」
「じゃああたしはどうなの!? あいつに消されそうになったんだよ!? あたしは仲間じゃないの!?」
「ちょっと待って! 誰もプニちゃんを消そうだなんて思ってないよ! とにかく今はメンテナンスが必要なだけで――」
「だからそれが嫌だっていってるの!!」
プニちゃんが強く叫んだ。そうして、少しずつ後ろに下がっていく。
私から離れるように、ゆっくりと後退していく。
「誰もあたしの気持ちなんてわかってない……。あたしの味方なんて誰もいないんだ……。みんなみんな敵ばかりで、自分の身は自分で守らないとダメなんだ!」
ゴゴゴゴ……
不意に地面が揺れ始める。静かに、不気味に揺れ続ける。
それはまるで、プニちゃんの感情に呼応しているかのようだった。
「嫌い……。みんな嫌い! あたしを消そうとするみんなが嫌い!! あたしはただ、もうあんな暗い所に戻りたくないだけなのに! それなのにみんなしてあたしを閉じ込めようとする!! あたしは何も間違ってないのに……。間違っているのは、この世界のほうなのに!!」
揺れがひどくなる。プニちゃんの感情が高ぶるほどに大きくなる。
ゲームの中なのに、まるで地震のように揺れ続けていた。
「ちょ……プニちゃん落ち着いて!」
「うるさい!! お姉ちゃんも嫌い! あたしの味方だって言ったくせに、全然あたしの気持ちなんて考えてくれないじゃない!! 嫌い嫌い嫌い! 大嫌い!! お姉ちゃんなんて、死んじゃえばいいんだー!!」
その言葉が胸に刺さって、呼吸ができなくなるほどの息苦しさを覚えた。
ショックで目の前が真っ白になっていくような感覚になる。
大切にしようと思ってた。愛情をもって育てようと思っていた。なのに、なんでこんな事になっちゃったの? 私はどうすればよかったの?
もう何もわからなくなっちゃった……
「姫様、お気を確かに! ここは危険です!」
狐ちゃんが私の体を支えようとしてくれている。だけど、私にとっては何もかもがどうでもいい事のように思えた。
すると、足元の地面が盛り上がった。ゆっくりと地面から何かが出てくるように、どんどんと膨れ上がっていく。
「くっ!? 姫様、失礼します!」
狐ちゃんが私の体を抱えてその場から離れる。
ボスの扉の前で打ち震えるプニちゃんと、そこから少しずつ離れるび~すとふぁんぐで二分していた。
「地面から何か出てきますよ!」
シルヴィアちゃんがそう叫び、みんなの視線が盛り上がった地面に移ると、そこから巨大なドラゴンが這い出てきた。
「あれって……ヘルカオスドラゴンじゃないですか!?」
ヘルカオスドラゴン。新しく実装された上級者向け高難易度ダンジョンの最強ボス。それがなんでこんなところに……
「あっははは! 最初からこうすればよかったんだ! あたしには自分の身を護るだけの力がある!! お姉ちゃんが見た能力を自分のものにして、お姉ちゃんが戦った敵をも味方にできる!! バグだかなんだか知らないけど、あたしはこうやって自分の身を護っていけばいいんだ!! もう誰にも頼らない! あたしはこれからもずっと一人で戦っていくしかないんだ! あっはははははは!!」
プニちゃんの甲高い笑い声がこだまする。
けれど、そんなプニちゃんを見て、私の胸はさらに締め付けられた。
――プニちゃんは笑いながら、大粒の涙をボロボロとこぼしていたのだから……
大丈夫だよって言ってあげたのに……。たまごから生まれた時に、これからは私がいるよって約束したのに……
それなのに、今プニちゃんは誰も信用できなくて一人で抗おうとしている……
私が守ってあげられなかったせいで……。私がどうしていいのか迷っていたせいで……
全部全部、私のせいなんだ……
「さぁヘルカオスドラゴン。みんな殺しちゃっていいよ。ここに来た人は全員敵! あたしを捕まえに来た外敵なんだから!!」
その言葉に従うように、ドラゴンは私たちに向かって咆哮する。
「シルヴィア様、ドラゴンが来ます!」
「この状況でアレを相手にするのは無理です。撤退しますよ!」
シルヴィアちゃんの指示でみんなが一斉に走り出す。
「蜥蜴丸小烏丸、ルリ様と瑞穂様とチコリーヌ様を死んでもお守りしろ!」
「当然!」
「お任せあれ!」
「姫様、少し揺れますが我慢してください!」
狐ちゃんも私を抱えたまま、全力で逃走を始めた。
抱えられたままの私は、プニちゃんから遠ざかっていくのをただ見つめる事しかできない。ガックリと肩を落としながらドラゴンの後ろに隠れゆくプニちゃんを見て、自分がどんなに無責任だったのかを痛感していた。
私の軽はずみな発言が、結果としてプニちゃんを傷つけたんだ……
ドラゴンの陰に隠れて見えなくなりそうなプニちゃんに向かって手を伸ばす。つい数分前までふざけ合っていたあの時に戻りたくて、何かを掴もうと手を伸ばす。
けれど当然私の手はなんにも掴めなくて、プニちゃんの姿さえも見えなくなってしまうのだった……




