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「誰でもいいからあたしを助けて……」

* * *


「スンッ……スンッ……」


 鼻を鳴らす音がやたら大きく響いた。膝を抱えてうずくまっていたあたしは、そっと顔を上げてみる。


 ――あたり一面真っ暗な闇。


 何も見えない漆黒が、あたしの心に再び恐怖を生み出した。

 この暗闇の中では、目の前の自分の手すらまともに見えない。


 なぜこんなところで膝を抱えているのか?

 あたしは何を待っているのか?

 そもそも、あたしは一体何者なのか?


 何もわからない。わからないけど、ここで膝を抱える事しかできなくて……


「……暗いよ……怖いよ……」


 誰にも聞こえないくらいの小さな声でそう呟く。

 大きな声を出してしまったら、この闇の向こうにいるかもしれない得体の知れない化け物に見つかってしまうかもしれないから。

 手を伸ばすこともできない。伸ばしたその手が、漆黒の闇に飲まれて引きずり込まれてしまいそうだから。

 だからあたしは、ここで膝をかかえて泣く事しかできない。

 この暗闇が怖くて怖くて、もう頭がおかしくなりそうだった。

 あとどれだけこうしていればいいのかもわからない。もしかしたら、一生ここで泣き続けるだけの無限地獄なのかもしれない。


「……こんなの、もうやだ……誰でもいいからあたしを助けて……」


 再び涙が溢れてきて、あたしは俯いたまま泣き続けるのだった……


* * *


「それではこの前ののテストを返します」


 勝ち抜きトーナメントが終わった次の日、私の頭を悩ませていたテストがあった。そしてそのテストが今日返ってくる。

 ルリちゃんが勉強を教えてくれたおかげで少しは答えられた実感はあるんだけど……


「沙南、きっと大丈夫だよ! だって沙南頑張ったもん!」


 ルリちゃんも自分の事のように緊張している。

 テストを受け取り、そっと開いてその数字を確認してみると……

 52点。

 そう書いてあった。


「さ、沙南……大丈夫! 次はもっといい点取れるよ!」


 その点数は私にとっては衝撃的だった。


「こ、こんな良い点数初めて取ったよ!!」

「……え……?」

「私、100点の半分を取るのが夢だったんだ~。ルリちゃんのおかげだね。ありがとう!」

「あ~……うん。よかったね……」


 なぜかルリちゃんは複雑そうな顔をしていた。

 とにもかくにも、こうして私のテスト問題は一段落ついたのだった。

「沙南先輩、テストお疲れ様なのです」


 チコちゃんがそう言って、私のコップにジュースを注いでくれた。


「ありがとう! ぷは~! テスト明けの一杯はおいしいねっ!」


 現在私たちは、ダンジョンクエストにログインをしている。

 フィールドエリアに建てたび~すとふぁんぐの拠点。その外に設置されている丸いテーブルを囲んでおやつタイムで賑わっていた。

 私の右側にはルリちゃんが座り、左側の椅子にはチコちゃんが座っている。

 今日はなんとか記念日っていう日で、学校はお休み。なので贅沢にもお昼からログインをして、みんなとおしゃべりをしていた。

 ゲームの中とはいえ、外で食べるおやつは格別においしい。テストが終わったこともあって晴れ晴れとした気分だよ。


「ルリ先輩は、沙南先輩にどんな勉強を教えたのですか? 私も勉強は嫌いなので参考にしたいのです」


 チコちゃんも勉強が苦手なんだね。気持ちは凄くわかるよぉ。


「ルリちゃんの考えた勉強方法はすごく変わってるよね? 私も最初は驚いたよぉ」

「そうなのですか? どんな風に教えたのです?」


 視線がルリちゃんに集まると、コップを一口飲みこんで話し始めた。


「ん。私はずっと思ってた。沙南は別に頭が悪いわけじゃない。ただ単に勉強に関心がないだけだって。だからこう提案したの。『ゲームの中でブロッキングやジャストガードをする時と同じくらい集中して勉強をしてみて』ってね」

「ええ~!? でもそれって凄く疲れるんじゃないのですか!?」


 うんうん。そんなに集中したら、私なんか三十分も持たないんだよねぇ。


「それでもいいの。沙南は勉強に興味が無さ過ぎて、授業が右耳から入って左耳から抜けていく。それくらい頭に入ってない。まずはそこから直さないとって思ったから」


 なんかすごくディスられた気がするけど、ルリちゃんは私の事を心配してくれていたんだよね?


「だから、その集中が続くだけ本気で勉強をやらせて、集中が切れたらその日はもうおしまいにした」

「え~!? そんな短時間だけしか勉強をしていなかったのですか!?」

「沙南は家の仕事もあるし、これがベストだと思った」

「なるほど。量より質という訳なのですね! 参考になるのです!」


 チコちゃんは食い入るように話を聞いていた。


「この調子でいけば、少しずつでも沙南の成績を上げて、100点を取らせる事も夢じゃない!」


 す、すごい! 私が100点を取れるかもしれないだなんて!!


「凄いね! それじゃあルリちゃんは、私に100点を取らせるまでずっと一緒にいる事! 絶対に離れちゃダメだからね~♪」


 そう言ってルリちゃんの腕にしがみ付く。


「っ!? う、うん! 私、沙南から離れないから!! ずっと一緒にいるから!!」


 良かった~。これで私の成績は安心だよぉ。


「で、でもさ、ずっと一緒って事は、それってつまり、結婚って事じゃないかな……」


 ほへっ? あ~確かにそうかもしれないね。


「そうだね。じゃあルリちゃん、私と結婚しよっか」

「!?!?」


 すごく驚いて顔を真っ赤にしていた。


「あ、ごめん。私とじゃ嫌だよね……?」

「そ、そんな事ない!! 私、沙南と結婚する!!」


 ガッチリと手を握ってそう言ってくれた。


「あ~! ズルいのです! 私も沙南先輩と結婚したいのです!」

「そっか~……。それじゃあチコちゃんも一緒に結婚しよっか」

「!?!?!?」


 チコちゃんはわ~い、と喜んでくれている!

 だけど、ルリちゃんがワナワナと震えだした。


「け、結婚したそばから沙南が浮気を……。これはもう全部リセットするしか……」


 すでに家庭崩壊の危機!?

 そんなやり取りをしていると、通知音が聞こえてきた。

 コマンドを開くと、クランチャットに新規メッセージが追加されたようだった。


シルヴィア:調査終わりましたのでこれから戻ります!(・ω・)ノ


 みんなが帰ってくる!

 実は今日から、新しいダンジョンが実装されるという告知があったんだ。

 午前中のメンテナンスを終え、シルヴィアちゃんはナーユちゃんと狐ちゃんを連れて真っ先に新ダンジョンに向かったらしかった。

 一体どんなダンジョンだったのかな? 早く話を聞いてみたいよ!


「運営からのお知らせでは、上級者向けの高難易度ダンジョンらしいよね。三人ともクリアできたのかな?」


 ルリちゃんの暴走を止めるため、話をそっちに切り替えてみる。


「ん~。ナーユがいるならクリアしてそう」

「シルヴィア先輩も、情報屋として行動が速くて尊敬するのです~」


 みんなで心待ちにしていると、三人が帰ってきた。

 シルヴィアちゃんはしきりにメールを打ち込んでいて、ナーユちゃんと狐ちゃんはぐったりとした表情をしていた。


「おかえりなさい! 新ダンジョンはどうだった?」


 私がそう聞くと、ナーユちゃんと狐ちゃんは空いている椅子に崩れるように座ってからテーブルに突っ伏した。どうやらそうとうお疲れみたい……


「道中の敵も厄介でしたけど、ボスがとんでもなく強くて疲れました……」

「皆様の刀として、お守りする事が出来ずに無念です……」


 私たちは二人に飲み物を持っていく。ちなみにシルヴィアちゃんはずっと立ったままメールを続けていた。


「もしかして、クリアできなかったの?」

「はい。あのボスはちゃんと攻撃パターンを理解して攻略パーティを組まないと無理だと思います」


 ええ~!? ナーユちゃんと狐ちゃんがいてもクリアできないなんて、相当な難易度なんだね!


「そんなに強かったんだ?」

「一億くらいのダメージを与えてみたんですが、ボスのHPゲージはほんの少ししか削れませんでした。あの様子だと、推定で百億くらいはあるかと思います。あと定期的に回避不能の全体攻撃を仕掛けてくるので、盾士のような防御特化がいないとダメですね」


 ふえ~。凄く強そうだよぉ……

 

「で、シルヴィアちゃんはその情報を他のプレイヤーに教えているの?」

「そうですね。なんだかすでに前払いを貰っているらしくて、今体験してきた情報をメールで送っているんだと思います」


 忙しそうにメールを打つシルヴィアちゃんの代わりに、全部ナーユちゃんが答えてくれていた。


「そう。そしてその情報を受け取っていち早く行動に移す。それが上位クランというものですわ!」


 声のする方を見ると、いつの間にかそこには珍しいお客さんが座っていて、私たちが用意したジュースを啜っていた。


「紅茶はありませんの? わたしくしにはジュースは甘すぎますわ」

「く、く、黒猫ちゃん!?」


 その人物とは、勝ち抜きトーナメントでも戦った『黒猫海賊団』のクランマスター。黒猫ちゃんだった。

 長く綺麗な黒髪を手で翻せば、それだけで周りを魅了するほどの美しさがある。密かに私が憧れている女の子なんだよね。


「わぁ~黒猫ちゃんが遊びに来てくれるなんて嬉しいな! 今おやつを追加するね!」

「結構ですわ。わたくし、別に遊びに来たわけではありませんので」


 ほへ? ならどうしてわざわざ来てくれたんだろう?


「沙南さん、新ダンジョンのボスがどんな強さか聞きまして?」

「う、うん。たった今聞いたばかりだけど……」

「わたくしはこのボスを攻略するために、沙南さんをパーティーに加えようと思い、誘いにきたのですわ」


 そう言って黒猫ちゃんは、固まる私を見てから再びジュースを優雅に口に運ぶのだった。

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