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ゲーマー幼女 ~訳あって攻撃力に全振りする~  作者:
第三回イベント『勝ち抜きトーナメント』編
124/147

「沙南は、これっぽっちも本気なんて出していなかった……」

「……ここは?」


 私が目をあけると、そこには数人のクランメンバーが心配そうな顔で覗き込んでいた。


「おお! くぅ様が目を覚ましたぞ!」

「くぅ様、お気を確かに!」


 ああ、そうだわ。私は沙南に負けて、そのままショックのあまり卒倒してしまったんだ。

 次第に五感が戻ってきて、周りの歓声が耳に入ってくる。どうやらここはまだ闘技場の中らしい。


「レディーの寝顔を覗くものじゃないわよ……」

「す、すみません……」


 とはいえ、もはやそんな事はどうでもいい。沙南に負けて優勝を逃してしまった事が何より悔しかった。


「決勝戦はどうなったの?」

「はい。ナーユが勝ち進んで、今から沙南との戦いが始まります。ご覧になりますか?」


 ふっ……。どっちが勝ってもび~すとふぁんぐの優勝じゃない。

 もうそんな試合に興味はない。より一層歯がゆい思いをするだけ……

 だけど……


「見るわ……」


 そう言って体を起こした。

 今後、また沙南と戦う事になるかもしれない。その時のために、少しでも沙南を倒すヒントが欲しかった。

 私は一体どんな技で負けたのか。他にもまだ見せていない技があるのか。

 とにかく沙南のデータを集めたかった。

 周りを見渡すとここは観客席の一番後ろの方で、沙南とナーユが小人のように小さく見える。あまりいい席ではないので、周囲に観客はあまりいなかった。


『それでは皆様、お待たせしました。これより決勝戦を始めたいと思います! なんとなんと、勝ち残ったのは両者共々び~すとふぁんぐのメンバーです。この巡り合わせを誰が予想したでしょうか!』


 ここから観戦していても戦闘ログは確認できる。どんな技を使ったのかログと合わせて見る事ができれば十分に参考になるわね。

 さぁ二人とも、私に手の内を全てさらけ出しなさい。


『それでは決勝戦、沙南選手 VS ナーユ選手。試合ぃぃぃ始めぇぇぇ!!』


 ついに二人の戦いが始まった。

 ナーユは盗賊としてのスピードを活かして沙南を翻弄するように高速で動き続ける。

 それに対して沙南は……ただじっとナーユの動きを目で追っているようだった。


「沙南は動きませんね。ゲームマスターの動きについていけないのでしょうか?」

「そんなはずはないと思うけど……もしかするとブロッキングを狙っているのかもしれないわね」


 ナーユが攻撃を仕掛けようと刃を振るうが、それに合わせて沙南が動く。やはりブロッキングを狙っているようで、ナーユも詠唱キャンセルを使って攻撃を寸止めしていた。

 次第にナーユの動きが速くなる。攻撃もフェイントを混ぜてだまし討ちをしていた。

 そんな戦いを見ていると、なんだか沙南の狙いは目を慣らす事ではないかと思えてくる。

 ゲームマスターの動きはどう見ても尋常ではなかった。

 この決勝戦に来るまでに戦ったどの動きよりも卓越している感じがする。

 心なしか、そんな動きに沙南も押されているように見えた。

 そしてついに……


 ――ズバッ!


 ナーユの一撃が決まり、沙南はその場に倒れこんだ。


「あの沙南に一撃を入れたというの!?」


 確かにゲームマスターの動きはとてつもなかった。それでも、どこか沙南なら凌いでしまいそうな気がしていた。


【沙南のアビリティが発動。神獣化】

【GMナーユがスキルを使用した。紅転身】


『おお~っと!? 沙南選手、この大会で初めてのダメージか!? なんと沙南選手が暴走ルート。ナーユ選手が転身ルートです!!』


 まぁ! 失礼しちゃうわ。ダメージなら私も与えたわよ!

 ……壁にぶつけての落下ダメージだけど……

 って、そんな事よりも。


「……ゲームマスターの勝ちね」


 私は本能的にそう言った。

 沙南自身の力も未知数な部分はあるが、本当に恐ろしいのは転身ルートにある。それを封じられた今、勝機は薄い。

 ……まぁそれでも、どんな戦いをするか見させてもらうわよ。


『お互いが構えを取って、今……動き出しました!』


【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】

【GMナーユがスキルを使用した。ソニックムーブ+5】


 その瞬間だった。フィールドにいた二人の姿がフッと消える。

 続いて、辺り一面に響き渡る衝撃音。何が起こっているのか一瞬理解出来なかった。

 しかし、瞬間移動でもしたかのような沙南の体当たりを思い出す。私は目を細めて、食い入るようにしてフィールドを凝視した。

 フッと沙南の姿が一瞬だけ目に映った。そしてその姿は黒い線になって再び消える。

 開いた口が塞がらない。今、あの二人は物凄い速さで動き続けているんだわ……

 その証拠に、何かが激突するような音が鳴り、時折火花が散り、地面を擦ったように砂埃が巻き上がる。

 信じたくない。けど、そうだとしか思えなかった。


「くぅ様、ログが大変なことに!」


 その言葉で我に返り、ログを開いた私は……愕然とした。


【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】

【GMナーユがスキルを使用した。ソニックムーブ+5】

【GMナーユがスキルを使用した。紅の加護】

【沙南の攻撃】

【沙南が詠唱を開始した】

【GMナーユの攻撃】

【GMナーユが詠唱を開始した】

【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】

【沙南がスキルを使用した。回復功】

【GMナーユがスキルを使用した。ソニックムーブ+5】

【GMナーユがスキルを使用した。紅の加護】

【GMナーユが特技を使用した。ダブルスラッシュ】

【沙南が特技を使用した。咆哮牙】

【GMナーユが詠唱を開始した】

【沙南が詠唱を開始した】

【GMナーユがスキルを使用した。ソニックムーブ+5】

【GMナーユがスキルを使用した。紅の加護】

【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】


 凄まじい速さでログが流れていく。止まることなく永遠と書き込まれていく。

 つまりあの二人は、あのスピードの中でせめぎ合い、お互いに駆け引きを続けている。

 確かに不可能じゃない。沙南は『回復功』でHPを回復できるし、盗賊の神化は『紅の加護』というアビリティでHPを消費するリスクを無効にする事ができる。

 理論上、二人ともソニックムーブはいくらでも使える事になる。

 ……けど……


「あ、あぁ……」


 ……ショックで言葉が出ない。こんな戦いの世界があるなんて思わなかった。

 私とハルシオンの戦いが頂点だと思っていた。なのに……


【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】

【沙南がスキルを使用した。回復功】

【GMナーユがスキルを使用した。ソニックムーブ+5】

【GMナーユがスキルを使用した。偽装幻夢】

【GMナーユが大技を使用した。神技、紅蓮双剣斬】


 ログに『神技』という文字が見えた瞬間だった。地面が大きくバツの字に抉れ、その土が高々と舞い上がる。

 それでも二人の動きは止まらない。巻き上がった土を避けるように火花は遠ざかり、その場所でも駆け巡る速さで砂埃が発生する。するとまたその場所から別の場所へと二人の残像は移動していく。

 観客はもちろんの事、解説者でさえ何をしゃべっていいのかわからず無言のままだ。

 場内は静まり返り、二人が戦う激突音だけがこだましていた。


「私は……うぬぼれていたんだわ……」


 自然と、そう言葉が漏れた。

 私は沙南との戦いで、ギリギリまで追い詰めたと思っていた。勝利まであと一歩だと思っていた。

 あの体当たりを一度でも見ていれば、対策も取れて勝利の方程式に組み込めると思っていた。

 けどそれは間違いで……


「沙南は、これっぽっちも本気なんて出していなかった……」


 この音速を軽く超えるスピードについていけるだけの能力が無ければ、戦いの土俵にすら上げてもらえない。そんな次元の話なんだわ……

 私なんて元々、沙南の足元にも及んでいなかった。それが今はっきりとわかる戦いが目の前で繰り広げられている。


 ――ドウン!!


 鈍い音が耳に届く。すると跳ね飛ばされたのか、人影が宙に舞って放物線を描いていた。

 そしてゆっくりと地面に落ちていき、倒れて動かなくなる。

 小さくてよく見えないけど……紅のように赤い髪に転身したゲームマスターのようだ。


『はっ!? け、決着ぅぅ!! なんという戦いでしょうか!! あまりに想像を超えた速さに解説を挟む余地すらありませんでした!! まさにこの二人ならではのバトル! それを制したのは~~沙南選手だぁぁぁ!!』


 ザワザワと、闘技場全体にざわめきが戻ってくる。


「……帰るわよ」


 私は立ち上がって、メンバーの反応も見ないまま歩き出す。


『それにしても激しい戦いでした。フィールドの惨状がその激しさを物語っております! おおっと!? 今、沙南選手がナーユ選手に手を差し伸べて……互いに健闘をたたえ合っております!! それではこの時を持ちまして、決勝第三ブロックの優勝者は~~沙南選手に決定しましたぁぁ!!』


 ワアアアアアアアア!!

 後ろからは耳が痛くなるほどの歓声が聞こえてくる。


「くぅ様、これからどうしましょうか……」


 私の後ろをくっついてくるメンバーたちの動揺した声が聞こえてきた。

 どうするかって? そんなのは、もうこのゲームを引退するしかないじゃないの……

 上には上がいるという事がわかった。今まで積み重ねてきたものが通じない事がショックだった。

 私の心は、今にもぽっきりと折れそうなのだから……

 けど……それでも……


「決まってるでしょう。ソニックムーブの練習をするのよ!」


 ゲームを辞めるのなんていつだって出来る。だったら、やるべき事をやった後でも遅くはない。むしろ、何もしないで引退をしたら、それこそただの負け犬になってしまう!

 追いかけてやろうじゃない。あの小さな背中を!

 あの超次元の戦いについていけるようになるために、これから毎日ソニックムーブを練習する!

 絶望するのも、全てを諦めるのも、その後でいいのだから。

 今にも折れそうな私の心だけど、まだ完全に折れてはいない!

 待っていなさい、沙南! あなたに出来る事が私に出来ないはずなんてないんだからっ!


『それでは優勝した沙南選手に優勝旗を振りかざしてもらいましょう! 皆様、優勝した沙南選手と、準優勝のナーユ選手に盛大な拍手をお願いしまっす!!』


 そんな止まらない歓声と、鳴りやまない拍手を背にしたまま私は闘技場をあとにする。

 

 ――こうして、今週のイベントである勝ち抜きトーナメントは幕を閉じた。

 笑顔で優勝旗を振り回す者。新たな戦い方に挑む者、様々である。

 そうしながらダンジョンクエストは、次の新しいイベント実装へ移行していくのであった。

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