「ぎゃふん!」
『それではこれより準決勝を始めたいと思います。沙南選手 VS くぅ選手、入場してください!』
ついにこの時がきたわ。び~すとふぁんぐのクランマスター、沙南を倒して天下を取るこの時が!
大丈夫。私はこのゲーム最強と言われた地下ダンジョン攻略部隊のハルシオンに勝ったのよ? こんなレベルの低い素人に負けるわけがない!
フィールドへ出て中央で足を止める。気持ちを落ち着かせるために呼吸を整えていると……
――ジー……。
正面にいる沙南が私をガン見している事に気が付いた。
はっ! まさか心理戦!?
「あの、フラムベルクのマスターさんだよね?」
そう沙南が話しかけてきた。
「そ、そうだけど、何か?」
警戒しながら、とりあえず答えてみる。
「あのね、バトルロイヤルの時に協力してもらったよね。そのお礼をまだ言ってなかったから……」
「ああ、別にいらないわよ。っていうか、もう一週間前の話じゃない。いまさら?」
慣れ合うつもりはない。だから少し冷たくあしらってみた。
「あうぅ~……私、もうすぐテストだからあまりログインできなかったんだ。遅くなってごめんなさい……」
ションボリした様子で謝られてしまい、なんだか罪悪感が沸いてくる。
何これ? 戦闘前にする会話なのかしら?
「ほ、本当にもういいから。私だって地下ダンジョン攻略部隊には一矢報いたかったし、あなたじゃなくてシルヴィアのためにやっただけよ」
そう。本当にお礼を言われるような事はしていない。なぜなら、私はび~すとふぁんぐを利用しただけなのだから。
沙南のクランが全く使えないようなら、私は完全に見捨てるつもりだった。
けれど、あまり期待していなかったにも関わらず、かなり敵の戦力を削っていたために途中から協力したに過ぎなかった。
その結果、私のフラムベルクはイベントランキング一位を取る事ができたわけだから、沙南からお礼を言われる必要なんてない。
結局は漁夫の利というやつだしね。
「ううん。でも私はすっごく助かったよ。だからね、くぅちゃんありがと」
ズキューンっと私の胸が高鳴った。
何この子、結構かわいいじゃない。そんな満面の笑みでお礼言われたら、普通に嬉しいんだけど……
「いや、ホントいいから。テスト、頑張ってね」
「うん! 今ね、ルリちゃんに勉強を教わってるんだけど、変わった方法を試してるんだ。あ、ルリちゃんっていうのはクランメンバーなんだけど――」
ベチャクチャベチャクチャ。
なぜか聞いてもいない事をしゃべり続けてる。人懐っこいというか、警戒心がないというか……
っていうかこの子、近くでよく見たらリアるアバターじゃない!? 私の腰くらいまでしか身長がないけど、一体何歳なのかしら!?
……負けたくない。こんな年端のいかない子に遅れを取りたくない!
私は今まで強くなるためにこのゲームを検証して、課金をして、有志を募ってきたんだから!
どうせこの子は、最近話題のVRをお試し気分で遊んでいるだけのプレイヤーに過ぎない。そんな覚悟もない相手に私は負けない!
……けど、どうしてあそこまでして地下ダンジョン攻略部隊に勝ちたかったのかしら……?
いや、とにかく今は沙南と慣れ合う必要はない。全力で倒して、私が優勝をする!
『ええ~っと、そろそろ始めてもよろしいでしょうか~?』
解説者の声に、沙南が慌てて私から距離を取る。
『それでは準決勝第一試合を始めたいと思います。試合ぃぃ始めぇぇ!!』
【沙南がスキルを使用した。力溜め】
【沙南がスキルを使用した。ベルセルク】
【沙南がスキルを使用した。クリティカルチャージ】
【沙南がスキルを使用した。コンボプラス】
【沙南がスキルを使用した。気功術】
沙南は毎回バトル開始と同時にスキルで強化をする。それはもちろん必要な事だ。
けど、その隙に私は攻撃を行う!
【くぅが特技を使用した。リモコンアロー】
沙南との距離を空けつつ、すかさず矢を放つ。
この技は以前行われたイベント上位報酬で手に入れたもの。使用者の意思で自在に軌道を操る事ができる。
これなら、沙南が得意のジャストガードを使おうと防御した瞬間に軌道をずらし、心臓を射抜く事ができる!
沙南は案の定、私の矢をジャストガードしようと両手を構えている。
やれる! 腕の手甲でガードする瞬間に矢を操作する!!
シュバッ!
しかし沙南は、目の前まで来た矢を突然避けてしまった。大きく横に跳び、私の矢は不規則な動きで後方へと飛んでいく。
「なっ!? ガードしなかった!?」
「危なかった~。ログに表示された技の名前を見て、遠隔操作ができるんじゃないかなって思ったんだ。変に動かされたらガードできないからね」
ログを見て危険を察知したのね。勘のいい子。
けど、私の戦略に穴はない!
リモコンアローは避けても自動で相手を追尾するようにプログラムされている。軌道を変え、敵に当たるまで追い続けるのよ!
「はわわっ!? 矢が戻ってきた! それなら……」
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
ギュンと加速して、私に急速接近してくる。
けどそれも私の計算のうち!
【くぅがスキルを使用した。クリエイトウォール】
私の正面に巨大な壁を出現させる。
これもイベント上位報酬で貰ったスキルだ。自分の有効範囲内ならどこにでも壁を作り出す事ができる。
「ぎゃふん!」
ビターン! と、凄い音がして壁がわずかに揺れる。
ソニックムーブは音速のスピードが出せるスキルだけど、その速さのまま障害物にぶつかると落下ダメージと同じ原理でダメージを負う。
つまり、今ので戦闘不能になる事も十分ありえる!
【沙南に5000のダメージ】
あれ? 即死級のダメージにならないわね。
全力ブレーキを踏んで直撃するまでに減速したのかしら? 運のいい子。
「いたた……そうだ! この壁を利用して……」
【沙南がスキルを使用した。回復功】
沙南が何かを思いついたみたい。けど何を考えているのかは手に取るようにわかるわ。
おそらく追尾してくる矢をギリギリで避けて、壁にぶつけて消滅させようって魂胆でしょう。
けど、私の戦略はそんなに簡単に破れない! なぜなら、リモコンアローは障害物にぶつかると跳弾する性能になっているから!
壁にぶつけようが、砂の地面にぶつけようが、必ず跳ね返って戻ってくる!
――キン!
「わぁ~! 跳ね返って戻ってきたよぉ!!」
予想通り、慌てふためいているわね。この勝負、いける!!
「驚くのはまだ早いわよ!」
自分で作り出した壁の上に乗り、沙南を見下ろす。そうして私は弓矢を構えた。
【くぅが特技を使用した。リモコンアロー】
「ええ~!? 二発目!? リキャストタイムは!?」
「ふふっ。課金装備『極星の弓』。これを装備した者はリキャストタイムを大幅に減らすことができる!」
元々リモコンアローはリキャストタイムが短い特技。そこにこの武器を装備する事によって、かなり早い頻度で使う事ができる!
「さぁ、早く私を倒さないとどんどん増えるわよ」
壁の上から煽って揺さぶる。
気持ちは焦るだろうけど、もう沙南はソニックムーブを使えない。なぜなら、私が好きな所に壁を作り出すことができると思っているから。
普通は激突が怖くて、もうあんなスピードを出せるわけが――
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
加速して、私の二本の矢を振り切ろうと大きくフィールドを回っている。
……ためらう事無く使ったわね。馬鹿なのかしら?
……いや違う。これ以上追尾する矢が増えるよりも、壁に激突するリスクを冒してでも加速した方がいいと一瞬で判断したんだわ。
だてにここまで勝ち上がってきたわけじゃないって事ね。
【沙南が特技を使用した。咆哮弾】
不意に、私に向かって飛び道具が放たれた。しかも狙いは正確。避けないとまずい!
私は壁から落ちるようにして直撃を避ける。
……信じられない。音速で動き続けながら正確に照準を合わせてきた。しかもかなり遠くから。偶然かしら?
――ギュイン!
地面に着地をする直前に、すでに沙南が私の側面で拳を構えていた。
嘘でしょ!? 速すぎる!!
【沙南が特技を使用した。咆哮牙】
【くぅがスキルを使用した。空中蹴り】
足が地面に着くのを待っていたら避けられない! 二段ジャンプを使って沙南の攻撃を回避した。
【沙南が詠唱を開始した】
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
――ギュイン!!
避けたと思った時にはすでに距離を詰められていた。
詠唱キャンセルで特技の硬直を無くして迫ってきた!?
思いきりがいい。ゆえに厄介極まりない!!
【くぅがスキルを使用した。クリエイトウォール】
【沙南が特技を使用した。咆哮連牙】
――ズガアアアアン!!
遮るために出現させた壁が粉砕する。
飛び散った壁の破片がぶつかり飛来物ダメージを受ける。けど、そんな事は気にしていられない。
私は壁を殴り飛ばす沙南に向かって弓を構えた。
「三発目、リモコンアロー!!」
真っすぐに、沙南に向けて矢を放つ!
【沙南が詠唱を開始した】
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
私の矢が消滅する。とても信じられなかった。
この子、私が矢を操作する前に自ら前に出てジャストガードを成功させた!?
何? なんなのよこの子……
一瞬で私の懐に飛び込んでくる沙南に、私の体は動かなかった。
私に攻撃モーションを取らせて、その攻撃を完璧に防ぎながら、即座に間合いを詰めてくる。
これがどれだけとんでもない事か……
ソニックムーブで前進しながらジャストガードを決めるなんて、前代未聞よ……
いや、試そうなんて考えた事すらない。これが、沙南と私の差だとでも言うの……?
【沙南が大技を使用した。奥義、咆哮牙・極】
沙南が腕を振りかぶる。
そういえば聞いたことがある。子供というのは物凄い速さで成長すると。
私がこのゲームを始めたのは一年ほど前。それまでゲームなんてほとんどした事がなかった。
この一年でゲームの面白さを知り、クランを立ち上げ、やっとの想いでここまで攻略してきた。だから始めたばかりでレベルの低いこの子には負けたくなかった。
でも、この子はいつからゲームをやっていたんだろう。何年前からその腕を磨き続けていた?
今の動きは、間違っても短期間で会得できるような動きじゃない……
もしかしたら、私なんかとは比べ物にならないほどの時間を費やして、積み重ねたものがあるんじゃないかしら……
時間、成長速度、才能、努力、全てにおいて差を感じた瞬間だった……
――ドスンッ!!
私の腹部に強烈な一撃が叩き込まれる。
「かはっ!」
弾き飛ばされて、なんども地面を転がった。
顔を上げて目に映るのはログに残された膨大なダメージと、HPゲージがみるみる減って空になる瞬間だった……




