「これがわたくしの鉄壁の護りでしてよ!」
「さぁ沙南さん。早くあなたも神化して――」
「あっ!? 黒猫ちゃん見て見て! さっき地面にめり込んだ窪みが人型になってる! ギャグ漫画とかで高い所から落ちた跡みたいで面白いね~♪」
地面を指さして笑っていると、黒猫ちゃんがプルプルと震えだした。
「だぁ~! その跡はあなたがわたくしを地面に叩きつけたからでしょう! くだらない事で笑ってないでさっさと神化しなさいな!」
怒られちゃった。
でも黒猫ちゃんはなんだかんだでツッコミを入れてくれる。立ち振る舞いが綺麗でノリもいいだなんて、なんだか親しみやすい!
もっとお話して、お友達になれたら嬉しいなぁ。
【沙南がスキルを使用した。神獣転身】
『さぁ、二人の間で楽しそうなトークが展開していましたが、これより試合が再開されるもようです!』
「別に楽しくありませんわ!!」
解説のお姉さんにもツッコんでる。
そんな黒猫ちゃんの神化は『竜神』らしい。
頭からは鹿のような角が伸び、肌には文様が浮かび上がっていた。
『沙南選手は転身ルートの神獣。黒猫選手は暴走ルートの竜神です。黒猫選手は暴走ルートとはいえ、前回の戦いは見事勝利を飾っているので油断できません!!』
すると黒猫ちゃんが手に持つ扇子をスッと前に出してみせた。
「課金武具、呪令扇。これは装備者が使うバフ、デバフの効果を上昇させる効果がありますわ。これを持った状態でスキルを発動!」
【黒猫がスキルを使用した。竜神の守り】
「当然、この効果は上昇しますわ。さらに!」
【黒猫がスキルを使用した。竜神の鱗】
【黒猫がスキルを使用した。光の結界陣】
黒猫ちゃんのすぐ前に、光の壁が出現した。
「これがわたくしの鉄壁の護りでしてよ! あなたに崩せるかしら?」
そう自信を持って言う黒猫ちゃんに、私は困惑を隠せなかった。
「ス、スキルの効果が全然わかんないよぉ……」
ズルッと、黒猫ちゃんがコケそうになった。
「竜神の守りはなんとなくわかるよ。防御力アップでしょ?」
「はぁ~……まぁいいでしょう。教えてあげますわ。そう。竜神の守りは防御力アップ。竜神の鱗は、相手のダメージが50万を超えた時、自分が受けるダメージは50万になる効果ですわ。光の結界陣は一億ダメージまで耐える事のできる防御壁」
ちゃんと教えてくれるなんて黒猫ちゃんは優しいなぁ。
「けどこれで終わりではなくってよ!!」
【黒猫がスキルを使用した。竜神の威圧】
その瞬間、私の体に何か圧力のような重みを感じた。
「これはわたくしの近くにいるプレイヤーの攻撃力を75%下げるスキルですわ。しかも、このスキルも呪令扇によって効果が上昇する!」
グンと圧力が強くなるような感覚に陥る。
凄いよ。これがお父さんを倒した黒猫ちゃんの封殺戦法。自分の守りを固めて、こっちの攻撃力は下げるという魔法剣士のポテンシャル。
「一応保険もかけておくといたしましょう」
【黒猫がスキルを使用した。封爆の手枷】
すると突然、私の手首に枷が出現してガッチリとはまった。
「ふえ!?」
「これは数秒の間だけですが、一切攻撃ができなくなる枷ですのよ」
そう言って、あの装備している扇を高々と振り上げた。
「さぁ、これで決めますわ! 抗えるものなら抗ってみてくださいまし!」
【黒猫が大技を使用した。神技、贖罪の大剣】
頭上に巨大な剣が出現したかと思うと、黒猫ちゃんの動きにシンクロして大きく振りかぶる。
「わたくしの結界陣は、相手の攻撃を通さず自分の攻撃はすり抜けますの。さぁ、覚悟はよろしくて!」
そうして一気に私に向かって大剣を振り下ろした!
……凄いよ黒猫ちゃん。本当に凄いスキルばかりだと思う。
……けどね。
私は口を大きく開けて、カチン! と強く歯を鳴らした。
【沙南のスキルが発動。神獣の牙】
するとガシャン! という音と共に枷が粉々に砕け散った。
「なっ!? 拘束が!?」
「残念だけど、私にこういうのは効かないよ!」
神獣の牙:相手から与えられたスキル効果を噛み砕き、無効にできる。
そうしてから、迫りくる大剣に向かって腕を振るった。
【沙南が大技を使用した。神技、爪薙】
私の見えない爪と黒猫ちゃんの大剣がぶつかり、激しく火花を散らす。
【沙南のアビリティが発動。相殺】
二つの神技は互いに押し合い、ギシギシと軋む音を響かせる。ぶつかり合った時の衝撃が、せめぎ合うその気迫が、周囲を吹き荒れる暴風となって渦を巻いた。
ピシッと、大剣にヒビが入り、黒猫ちゃんの表情に余裕がなくなる。私は一歩前に踏み込んで、振るう腕に力を込めた!
大剣に走る亀裂は広がり、ついに大きな音を立てて粉々に砕け散った!
「くぅ!? しかしまだ防御壁が――」
そのままの勢いで私は腕を振りぬく。
ガシャーーーン!!
ガラスが砕け散る音と共に、黒猫ちゃんの全身を私の爪が薙ぎ払う。
光の結界も、スキルで高めた防御力も、何もかもこの一振りで打ち砕く!
【沙南のアビリティが発動。神獣の爪】
【黒猫に21億7554万1890のダメージ】
「っきゃあああぁぁぁ……」
甲高い悲鳴を上げて、黒猫ちゃんが宙に舞った。
そして、そのまま力なく落下して地面へと倒れ伏せた。
「そ、そんな……。わたくしの……鉄壁の護り……が……」
ガクリと。ついに黒猫ちゃんが力尽きて動かなくなった。
【黒猫を倒した】
『な、なんというせめぎ合いだったでしょうかー!? 沙南選手の攻撃が、黒猫選手の全ての防御を貫通してクリティカルヒットー!! この勝負、沙南選手のぉぉ勝ぉぉ利ぃぃ!!』
歓声がフィールド全体を包むほど湧き上がる中、私はそそくさと退場する。
なんというか、実力で勝ったというよりも、ただ単にスキルやアビリティが強いだけな気がしたから。
神獣の爪:全ての防御効果を引き裂き、無効にできる。
もしかすると野次を飛ばしてくる人もいるかもしれない。そんな不安から逃げるようにして、私はフィールドを後にするのだった。
* * *
ガン! と、私は近くの壁を殴りつける。沙南の弱点を見つけるために観戦していたけれど、むしろ強さを見せつけられた気がしたのだから。
「くぅ様、今のアビリティは一体……」
自分では何も考えないで、誰かに聞く事しかできないメンバーがそう質問をしてきた。
「うるさいわね! 今考えてるのよ! そもそもあなたのトーナメント配置は反対側なのだから、ナーユを倒すことを考えていなさい!」
「は、はぁ……」
運よく決勝ブロックに進めただけのフラムベルクのメンバーを黙らせて、私は再び思考する。
あの『神獣の牙』とかいうスキル、黒猫の拘束を断ち切った。恐らく自分に向けられた効果を無力化する類のもの。
さらに、相殺の効果で一回戦よりもダメージが下がっているけど、黒猫の防御スキルがまるで機能していなかった。『神獣の爪』はそれらの防御スキルを無効にするものだと見て間違いないわ。
「爪薙だけでも厄介なのに、他の能力も充実してるだなんて……キィ~!!」
今の戦いを見て分かった事は、沙南にはバフも、デバフも、拘束さえも通じないという事。
ならばどうする? どうすればあの沙南に勝てる? 答えは……そう! 接近戦に持ち込めばいい!
そうよ。あの爪薙は離れているから脅威であって、近くにいればそこまでの技じゃない。
相殺が発動してはっきりと分かったけど、あの技は透明な爪で広範囲を攻撃する技。離れていたらいつ襲われるかわからないけど、接近戦を挑む事でその脅威を減らすことができる!
幸い狩人は近接戦闘もそこそこいけるから、まだ私にも戦いようがあるって事よね。
「沙南……待っていなさい! 勝利で緩み切ったそのニヤケ顔を絶望に染めてあげるわ。ふ、ふふふ、ほ~ほっほっほ!」
「おお! くぅ様が元気になられた!」
――またまたそんな思惑が交差しながらも、戦いは次の段階へと進んでいくのだった。




