「魔法剣士の絶技がどんな技だかご存知かしら?」
* * *
『続きまして、決勝第三ブロック。第一回戦第二試合を始めたいと思います! 地下ダンジョン攻略部隊のシンギ選手 VS 黒猫海賊団の黒猫選手、入場してください!』
「お父さ……じゃなくてシンギちゃん頑張ってね!」
私がエールを送るとお父さんは面倒くさそうにパタパタと手を振っていた。
「この試合で勝った方が沙南さんの対戦相手ですね。どっちが勝つんでしょうか」
そうナーユちゃんが言った。
選手の控室には大きなモニターがあって、それで試合を見ることができる。
ちなみにナーユちゃんの試合はずっと後の方だった。
「シンギちゃんじゃないかな? だって凄く強いもん!」
「そうですね。けど神化バトルにはまだ慣れていないでしょうし、そこが勝負の分かれ目になるかもしれませんね」
そっか。神化バトルでうまく戦えた方が勝つのかも。
息をのんでモニターを見つめる。そうしてお父さんの戦いが始まった。
優勢なのはお父さんだ。攻撃力と防御力の高い剣士の特性を活かしてガンガン攻めていく。
それに対して黒猫ちゃんは、長い黒髪をなびかせながら扇子を振るって捌いていく。その動きは優雅で美しくて、なんだか魅了されそうな魅力を感じた。
「ねぇナーユちゃん。黒猫ちゃんのクラスってなんなんだろうね?」
黒猫ちゃんの格好はというと、かわいい和服姿に名前を体現したかのような猫耳を付けている。
武器には扇子を使っているせいもあって、本当に見た目からはなんの職業なのかわからなかった。
ただ唯一、黒猫海賊団というクラン名を活かすためか、片目には眼帯をかけているのだが、それが逆にミスマッチな感じもする。
「魔法剣士ですね。ルリさんと同じですよ」
あれ魔法剣士の装備なの!?
まぁ、課金装備っていろんなのがあるだろうし、アバターの見た目を変えるだけの装備もあるからなんとも言えないけど……
「レベルの高い魔法剣士ってどんな戦い方をするんだろうね」
「基本的な性能で言えば評判は良くありませんね。魔法も物理攻撃も中途半端な印象で尖った部分がありません。強いて言うなら、盾士、剣士に次いで防御力が高くて護りに強いと聞きます」
確かに、戦いを見ているととにかく護りに入っている。そうして隙を見て魔法で反撃をするというスタイルのようだ。
しかしお父さんも戦い慣れた感じで魔法を見切っていく。そうしてついに黒猫ちゃんに攻撃を当てた!
『ついにシンギ選手の強烈な一撃がヒットーーー!! 黒猫選手、暴走ルートの神化に入りましたーー!!』
黒猫ちゃんが暴走ルート。お父さんが転身ルートで試合が進んでいく。ここで黒猫ちゃんが色々とスキルを使用して自分のペースに持っていこうとしていた。
お父さんもスキルで対抗して、両者は激しくぶつかり合う!
ここでも先制打はお父さんだった。強力な特技が黒猫ちゃんにヒットした!
しかし……
『おお~っと!? シンギ選手の攻撃が全く効かない~!! 黒猫選手、ほとんどダメージを喰らっておりません! これは防御バフの効果か~!?』
激しい攻防はおさまる事無く続き、試合はどっちに転ぶかわからない状況だった。
そして……
『ついに決着ぅぅ!! 黒猫選手のぉぉ勝ぉぉ利ぃぃ!!』
「んぎゃーー!? お父~さ~ん!!」
「沙南さん落ち着いてください。またシンギさんにグリグリされますよ?」
うぅ……お父さん負けちゃった~……。でも黒猫ちゃんの守りもすごかったなぁ。
そうだ。慰めのメール送っておこう。
「これで沙南さんの次の相手は黒猫さんですね。まさに、最強の矛と最強の盾の戦いって感じです」
「さ、最強かは分からないけど、頑張ってみるよ」
そうして試合は進んでいく。
一番最後の試合がナーユちゃんだったけど、あくびがでるほど簡単に勝ってしまって応援のし甲斐がなかったりする。
『それで第一回戦がすべて終わりましたので、第二回戦を始めたいと思います! 第一試合は~……沙南選手 VS 黒猫選手です!!』
再び私の番が回ってきて、控室を出てフィールドに駆け出していく。そうしてフィールドの中央で黒猫ちゃんと対峙した。
『沙南選手は圧倒的な攻撃力で相手をねじ伏せるのに対して、黒猫選手はその防御力で相手の攻撃を封殺してしまいます。さぁこの戦いはどうなってしまうのでしょうか!!』
黒猫ちゃんは落ち着いた様子で静かに目を閉じている。なんというか、すごく気品があふれている感じだ。
こうして近くで見ると背はそんなに高くない。私よりも少し大きくて、ナーユちゃんよりも低いくらいだった。
長い黒髪が風になびくとサラサラと揺れる。それだけでもう絵になるほどの美しさがあった。
わ、私も黒髪だけどぉ……こうして並ぶと比べられそうでなんだか恥ずかしい……
自分の指を使ってその場で髪を解かし始めてみた。
『それでは準備はよろしいでしょうか? ……第二回戦、第一試合ぃぃ始めぇぇ!!』
私はすぐに黒猫ちゃんに突撃する。使えるスキルは全て使用して、近接戦闘に持ち込んだ。
【沙南の攻撃】
しかし私の攻撃はスルリとかわされてしまう。お父さんの時と同じだ。凄く滑らかな動きで上手に攻撃を捌いてくる。
「リーチの短い素手だと見切るのが大変ですわね……」
ボソッと黒猫ちゃんがそう呟いた。
……何気に手足が短いと言われたような気がするけど、気にしないでおくことにする。
【黒猫が詠唱を開始した】
【黒猫のアビリティが発動。高速詠唱+5】
高速詠唱+5はほぼ無詠唱! すぐに魔法が飛んでくる!
【黒猫が魔法を使用した。ブレイズウォール】
ブレイズウォールは足元から炎が吹き上がる魔法!
すぐに手甲を地面に当ててジャストガードのタイミングを計る。
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
【黒猫が詠唱を開始した】
【黒猫のアビリティが発動。高速詠唱+5】
【黒猫が魔法を使用した。オメガスパーク】
ちょ!? 無詠唱を利用して同時攻撃を仕掛けてきた!? ソニックムーブはあまり使いたくないから守りに入ったけど、失敗だった!
オメガスパークは頭上から雷を落とす魔法だから……
片手を地面に当てながら、もう片方の手を真上に向ける。そして魔法の発動タイミングを感覚で割り出した。
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
『なんと言う事でしょう! 沙南選手、下からの魔法と上からの魔法を同時にジャストガードしてしまいましたぁ~!! とんでもない精度です!!』
「っ!? なかなかやりますわね。けど!」
【黒猫が魔法を使用した。オメガフレイム】
【黒猫が魔法を使用した。エクスプロージョン】
【黒猫が魔法を使用した。エアスラスト】
一度守りに入ってしまったのが運の尽き。黒猫ちゃんは魔法を立て続けに使い続け、一発も喰らえない私は全てをジャストガードで乗り切るしかなかった。
正確に言えば、すべて計算されているような魔法の使い方に一瞬の付け入る隙が無かった。
発動までの微妙なラグを利用して組み立てているその順番は、こちらに反撃の手段を与えない。それほどまでに洗練された連続魔法だった。
【黒猫が大技を使用した。奥義、魔導砲】
魔法に混ぜて大技を組み込んでくる。これはジャストガードできないから回避するしかないよ!
地面を抉るように発動させたレーザー砲を避けると、周囲が砂埃で見えなくなる。
【黒猫が大技を使用した。秘技、エリアルマイン】
この大技、自分の好きな位置に爆弾をセットできる技だ! だけどこの砂埃で足元すらよく見えないからどこに設置したのかわからない!
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ+1】
迷っている時間はない。反射的に動いてその場を離れる。すると――
ズガアアアアアアアアン!!
――私のいた場所が大爆発を起こした。
「あ、危なかった~!!」
『なんという攻防の応酬でしょうか!? しかし、黒猫選手の連続攻撃に耐え、沙南選手は存命です!』
爆発の煙が次第に晴れると、その中からゆっくりとこちらに歩み寄る黒猫ちゃんがいた。
「ふぅ。まさかわたくしの攻撃魔法フルコースを凌ぐなんて……。いいでしょう。わたくしの負けですわ」
そう言って、両手を重ねて静かに佇んでしまった。
……え? 諦めちゃうの?
「さぁ、引導を渡してくださいませ」
本当に無抵抗なようで、目も瞑っている。
私はそんな黒猫ちゃんに恐る恐る近付いていった。
「これ、罠とかじゃないよね? 私が近付いたら急に襲ってきたりしないよね?」
「わたくし、見苦しいのは嫌いですのよ。もうほとんどの技がリキャストタイムに入ってしまいましたわ。この状況であなたに一撃を与えるのは無理だと判断したまでです」
そう言って、長い髪をサラリと翻した。
その優雅さと言ったら女の私でも惚れ惚れしてしまうほどだ。
「もしかしてわたくしの絶技が気になっておりますの? 沙南さんは魔法剣士の絶技がどんな技だかご存知かしら?」
「うん。周囲の仲間のステータスアップだよね?」
実はルリちゃんもすでに絶技を習得しているから、私もその効果は知っている。
ルリちゃん自身は神化が間に合わなかったからこのイベントには出場していないけど。
「その通りですわ。魔法剣士の絶技は一対一の戦いにおいて決め手になる事はない。つまりわたくしにはもう対抗する手段がないのです。見苦しく抗うくらいなら、美しく散るのもまた一興。どんな時でも優雅に、可憐に。それがわたくしのモットーですもの」
そう言って、私に背中を向けて正座で座り込んでしまった。
その座る仕草もまた美しかったりするから見とれてしまう。
「さぁ、介錯をお願いしますわ」
介錯って……。なんだか気が重いよぉ……
黒猫ちゃんの真後ろに立ったはいいけど、なんだか攻撃をためらってしまう。
「ほ、本当に諦めちゃうの?」
「……沙南さん、あなたは何か勘違いをしているのではなくて? わたくしはあくまでも神化の転身ルートを譲ると言っていますのよ? 完全に勝負を放棄したわけではありません!」
あ、そうなんだ。そうだよね。あはは、なんか今までにないタイプだから困惑しちゃった。
「それじゃあ行くよ!」
【沙南の攻撃】
私は座り込んでいる黒猫ちゃんの後頭部に、軽くチョップをかました。
すると……
ズゴオォォン!!
突然黒猫ちゃんが地面にめり込んでしまった!
【黒猫のアビリティが発動。竜神化】
「うわ~!? 黒猫ちゃんどうしたの!? 大丈夫!?」
「ぷはっ! どうしたのじゃありませんわ!! あなたがやったのでしょう!! なんで無抵抗なのにも関わらず思いきり攻撃するのですか!」
額と額がくっつく勢いで顔を寄せて怒っていた。
でも涙目になってちょっとかわいい……
「ご、ごめんね。私、攻撃力高いから……。これでも手加減したつもりなんだけど……」
「まったく! とんでもない馬鹿力ですわ!」
そう言って、黒猫ちゃんは背中を向けて私と距離を空ける。
「けど、どんなに攻撃力が高くてもわたくしの前では無力でしてよ。その力、封殺して差し上げますわ!」
振り返るその瞳には、揺るぎない自信と力強さが込められている。そんな妖美な眼差しに見つめられて、私は息を呑んでしまうのだった。




