「鎮まれ! 鎮まるのだ我が妖刀よ!」
「お、お邪魔しまーす……」
お父さんが恐る恐る家の中を覗き込む。
「何してるの? 早く入りなよ」
外でお出迎えをしていた私は、お父さんのお尻をグイグイ押して家の中へと押し込んだ。
「バ、バカ! 押すんじゃねぇよ! まだ心の準備が――」
「――ここまで来て今更でしょ。私も一緒にごめんなさいしてあげるから!」
バトルロイヤルが終了した次の日の月曜日。なんとかっていう祝日で学校もお仕事もお休みの今日この日、お父さんはお母さんに謝るために帰ってきた。
『イベントの順位で俺のクランに勝つことができれば土下座でもなんでしてやる』
お父さんは確かにそう言った。そう約束してくれた。だからお母さんに謝るために帰ってきてくれたんだ。
お母さんは怒るかもしれないけど、まずはちゃんと謝らなくちゃね。
そう。今日この日、私たち家族は一年ぶりに再会を果たしたのだった。
* * *
「瑞穂先輩~。こっちなのです~!」
待ち合わせの場所に行くと、チコリーヌが大きく手を振っていた。
今、戦闘中に使用する巨大な盾は持っていない。アイテム欄にしまっているからだ。
そして頭のてっぺんには特徴的なアホ毛がゆらゆらと左右に揺れていた。
……っていうか、なぜに先輩?
「イベントの時はありがとね。アンタのおかげでかなり助かったわ」
「いえいえ。お役に立てたのならよかったのです~」
そう、照れくさそうに笑っていた。
なんと今日は、このチコリーヌがうちのクランに加入してくれるとの事なのだ。私は沙南から、この子をお出迎えしてほしいと頼まれてやってきた。
クランの加入にはマスターである沙南の承認が必要なんだけど、どうやら今日は家のことでログインするのが遅くなるらしい。だから私が沙南が来るまでの間、拠点に案内するために待ち合わせ場所に来たという事だった。
「それじゃあ私たちの拠点に案内するわよ。ついてきて」
「了解なのです!」
チコリーヌは私の後ろを元気よく歩いてくる。よほどここのクランに入れるのが嬉しいらしい。
この子の事は沙南から少しだけ聞いている。なんでも前々回のイベントの時から憧れていたんだとか。
そしてもう一つ、気を付けなくてはいけない注意事項も聞かされている。それは、『あまりにも純粋すぎるため、出来るだけからかうのは禁止』との事だった。
純粋かぁ。
まぁ確かに、バトルロイヤルでは沙南の言葉一つで初対面である私たちのために命を懸けてくれた。こんな純粋な子が悪だくみしそうなプレイヤーに目をつけられたら、どんな事を吹き込まれるかわからない。
きっと沙南は、この子のためにもうちのクランで引き取ろうと考えたんだ。
「チコリーヌ、び~すとふぁんぐには良い奴しかいないから安心しなさい。もし困ったことがあったら必ずメンバーに相談するのよ?」
「わぁ~、ありがとうなのです! 皆さんに会うのが楽しみなのです」
さらに機嫌が良くなって浮かれている。そんなチコリーヌを連れて拠点に向かっていると、道中に蜥蜴丸と小烏丸が修行をしていた。
私はついでに紹介しようと二人に近づいていった。
「お~い二人とも、期待の新人が来たわよ!」
声をかけると、二人は戦いの手を止めてこちらに歩み寄ってきた。
「話は聞いております。自分は小烏丸。このクランと、そのメンバーを守るのが我が勤め。以後お見知りおきを」
「右に同じく、我が主の刀が一振り、蜥蜴丸と申します。よろしくお願い仕り候」
「あ、あの、チコリーヌなのです! クラスは盾士。よろしくお願いします!」
三人が丁寧にあいさつをこなす。
そうそう。そうやってうちのクランは清く正しい所なんだって印象付けないとね。
入る前から不安にさせるわけにはいかないんだから!
そう思った矢先だった。
「ぐ、ぐわあああああああっ!!」
いきなり蜥蜴丸が叫びだした!
「な、なんなのです!? どうしたのです!?」
当然、チコリーヌが困惑している。
「くっ! 拙者の妖刀が暴走を始めた……」
「馬鹿な!? お前の妖刀は仲間には反応しないはず……はっ!? まさか!?」
「ああ、チコリーヌ様はまだメンバーではない。その外気に反応しているのだ……」
蜥蜴丸と小烏丸が二人だけで盛り上がり始めた。
「ええ~!? 私なのですか!?」
「ぐぅ……拙者から離れろ! この妖刀に意識が飲み込まれる前にここを去るのだ!」
あ~……そういえば蜥蜴丸ってそういう設定を大いに盛り込んでいたんだった。
どうしよう。いきなり変なクランだと思われちゃう……
「で、でも、助けないとだめなのです……」
「気持ちはありがたいですが、蜥蜴丸の事はこの自分に任せて下さい。さぁ、一刻も早くここを通り抜けてくだされ!」
「鎮まれ! 鎮まるのだ我が妖刀よ! くっ!? 思った以上に浸食が早い! だが、好きにはさせぬぅ!!」
オロオロとうろたえるチコリーヌの手を引いて、私は二人の横を通り過ぎた。
「み、瑞穂先輩、あの二人、大丈夫なのですか!? 凄く心配なのです!!」
「あ~……大丈夫大丈夫。いつもの事だから。すぐに良くなるわよ」
適当に返事をしておくことにした。
「こ、これがいつもの事なのですか!? ほえ~みんな大変なのです~……」
ああもう! 純粋すぎるから変な印象を持たせたくなかったのに、初っ端からとんでもない寸劇を見せてしまった……
これでこのクランに入るのを辞めるとか言い出したら私の責任じゃん! 沙南に怒られる……
そんな事で頭を抱えながら、私たちは歩き続けるのだった……




