「なんかゲームマスターが触手に責められてると興奮するなぁ」
「え!? ちょ……なに!?」
地面から伸びた植物の蔓が私の足を絡めとる。さらにそのまま登って体にも巻き付いてきた。
別の蔓が両腕にも伸びてくる。シュルシュルとすばやく絡みつくと、まるで石のように固くなってしまった。
力を込めてみるけどビクともしない。完全に拘束されてしまった。
さらにもがくと、今度は首にまで蔓が巻き付いてきた。
「くぅ……あっ……」
首に巻き付いた蔓がグネグネ動くと、首が締まって息苦しさを感じる。
これ、もしかして誰かのスキル……!?
【エメラルドがスキルを使用した。グリーンバインド】
ログにはそう書かれていた。
「やった! マスター、今のうちに攻撃してください!」
「俺の力で動きを封じておきますんで!」
少し離れた所にいる二人が飛び跳ねて喜んでいた。
「ふん、余計な事を。まぁいい」
クランマスターのハルシオンさんがゆっくりとこちらに近付いてくる。
だけど、これはこれでチャンスかもしれない。実は、私はこのバインドをすぐに抜け出す事ができたりする。というのも、このバインドは課金アイテムを使えばすぐに解除できるから。
そしてその課金アイテムはルリさんから全員に支給されている。
ルリさんはこのゲームにかなり課金してくれていて、このバインド解除アイテムだけじゃなく、『命の欠片』という復活アイテムもメンバー全員に配っている。
……というか、回復アイテムも含めてある程度の課金アイテムを支給してくれているのだから、私の立場的には頭が上がらない想いだったりする。
「これでゲームマスターも終わりだぜ!」
「やっちゃってくださいよ! ハルシオンさん!」
ここは大人しく拘束されておいて、彼が近付いた瞬間に解除をして絶技を叩きこむ、という作戦でいこう。
あまり私の高速移動を見せて、目を慣らされても後々厄介になりそうなのよね。不意を突いて攻撃できるなら、それを有意義に使っていきたい。
――ギリ。ギリギリ。
「やぁ……ん……」
体を拘束する触手が容赦なく締め上げてくる。
ここは……我慢しないと。もう少し引き付けてからじゃないと、攻撃できない……
――ギリギリ。ギリギリギリ。
「はぁ……はぁ……うぅ……」
強く締め上げられると声が漏れちゃう……
体の中にある空気が絞り出されるみたい……
「……ぁ……ぅ……っ……」
身をよじって体勢を楽にしようとするけど、少しでも隙間を空けるとその分キツく締め上げてくる。
思っていた以上に苦しい……。けど……あと少し……
「ごくりっ! な、なんかゲームマスターが触手に責められてると興奮するなぁ」
「ああ。表情も声もエロいぜ! 俺、スクショ撮っちゃお!」
――パシャ! パシャ!
……は? 今、もしかしてスクリーンショット撮られたの!?
「い……いやああああああああああ!?」
【GMナーユがアイテムを使用した。除草剤スペシャル】
ジュワリと触手が砂になり、体が一瞬で自由になる。
「今の画像消してくださーーい!!」
全力で二人の元へダッシュする。
「おわっ!? ゲームマスターがキレた!!」
「逃げろ! 捕まったら殺されるぞ!!」
二人がバタバタと逃げ始めた。
絶対に逃がさない!!
【GMナーユがスキルを使用した。ソニックムーブ+5】
【GMナーユが大技を使用した。秘技、乱れ斬月】
背中を見せた魔術師の背後に一気に移動する。そしてそのまま乱撃を浴びせた!
「ぎゃあああ! けど、画像は……消さないぜ……」
【エメラルドを倒した】
腹が立つくらいホッコリした表情のまま光となって消えていく。
あとは槍士の人!
「くっ! 捕まってたまるか! 画像は死守する!」
【ろろろがスキルを使用した。槍高跳び】
装備している槍を地面に打ち付けて、その反動で槍士が大きく跳び上がる。その跳躍力に驚いて、私の足は一瞬止まってしまった。
私はこれまでイベントに参加した事がほとんどない。だから槍士が使う『槍高跳び』というスキルは知っていても、ダンジョン内の天井の低い場所でしか見た事が無かった。
使い難くて、むしろ使い道なんてあるのかっていう印象のスキルだった。けどこうしてイベントなんかの広い空間で使うと、とんでもない勢いで跳び上がっていく。
もう本人が鳥のように小さく見えるほど、遠くへ跳んでいた。
……けど、追いつけない高さじゃない!!
【GMナーユがスキルを使用した。兎躍】
【GMナーユがスキルを使用した。韋駄天+3】
【GMナーユがスキルを使用した。ベルセルク+2】
全力で跳べば、なんとか追いつけるんじゃないかな?
私は足を広げて、前のめりになって蹴り出す足に力を込めた。
【GMナーユがスキルを使用した。ソニックムーブ+5】
まずは助走としてまっすぐに駆ける。その後で全力で地面を踏みしめて、私は空へと跳び上がった。
小さく見えていた槍士の姿が、どんどん大きくなっていく。
「待~ち~な~さ~い~!!」
「え? なぁ!? ここまで追ってきただとぉ!?」
後ろを振り向き困惑する槍士に、私は両手の短剣を構えた。
「絶対に逃がしません!!」
【GMナーユが大技を使用した。絶技、紅斬華】
そして槍士の人を追い抜く際に、構えた短剣を同時に振り抜いた!
斬っ!!
空に真っ赤な花びらが舞い散って、その中心で槍士は光となって消えていく。
【ろろろを倒した】
ふぅ、と一息つくと、放物線を描いて私の体は落下を始めた。でも大丈夫。落下ダメージは無効になっているから。
兎躍:跳躍力上昇。落下ダメージ無効。
ヒューっと落下を続けて、私は綺麗に地面へと着地した。
ずいぶん遠くまで跳んじゃったと思う。これからどうしよう。逃げちゃおうか?
いやでも、見つけた相手は出来るだけ倒しておきたしなぁ……
このイベントが始まる前に、シルヴィアさんが言ってた事がある。
『私達び~すとふぁんぐは八人でイベントに臨みます。このメンバーでイベントを終えた時、私の予想ではイベントポイントが3000~4000くらいになると思うんです。つまり、地下ダンジョン攻略部隊の1000レベルの相手三人が生き残りボーナスを得ると、それだけで勝てるかどうかわからなくなってしまいます。なので、見つけた相手は無理をしてでも倒す必要がありますね。ただでさえ私達は全てのエリアを見回る事ができないんですから』
そう。イベントポイントで勝つには、相手を全滅させるつもりで臨まないといけない。ここで逃げるなんて論外だわ。
そう考え込んでいた時だった。クランマスターであるハルシオンさんが、肩で息をしながら追いついてきた。
跳び上がった私に走って追いかけてきたみたい。
取りあえず言っておきたい事は……
「あなたからも言っておいて下さい! さ、先ほどの画像は絶対に消すように!!」
「……」
これが一番大事! だって恥ずかしすぎるもん!
「あ、あんな女子を羽交い絞めにした画像で喜ぶなんて……その、よくありません! 不健全です!!」
「……した……」
思い出しただけでも恥ずかしい! 顔から火が出そうだよ。
「特に画像掲示板に張り付けたりしたら許しませんからね! そんな事をしたら、本当の本っ当にアカウント凍結させますから!!」
「あなたは今なにをした!」
私が冷静になると、彼はとても真剣な顔をしてこちらを見つめていた。
なんだか凄く驚いているみたい……
「へっ? 何って……?」
「なぜあなたは槍高跳びに追いつく事ができたのだ!? あのスキルは広範囲を跳べるスキルで、アレに追いつけるスキルはそうそう無い! 特に『盗賊』のスキルにソニックムーブを足しただけでは絶対に追いつけない! これは我々のクランでも実証済みなのだ! なのにあなたはあっさりと追いてみせた。あれはなんだ!? チートを使ったのか!?」
興奮気味で一気にまくし立ててくる。
よほど驚いたのかしら……?
「別にチートじゃありませんよ。ちゃんとした仕様です」
私は頬っぺたをポリポリと掻きながら、ゆっくりとそう答えるのだった。




