第6話 正しい別れ
期限表示が、石板に出る。
――残り 七夜
私は鏡の前で、自分の口元を見つめていた。
言える。
まだ言える。
でも、昨日より“引っかかる”。
「……ゆ」
声にする前に、音が消えるみたいに喉の奥で薄まる。
怖い。
怖いけど、パニックにはならない。
怖さに飲まれたら、私が私じゃなくなる。
鈴を鳴らす。
しゃらん。
返事の鈴が鳴り、すぐに公爵が入ってくる。
「……状態」
私は笑って見せた。
「元気。スープ飲みたい」
公爵は一瞬だけ目を細めた。
嘘を見抜いたのに、責めない目。
「……管理官から提案が来た」
「隔離保護?」
公爵は頷く。
「成功確率六割は、あなたにとって低い。隔離なら確率は九割」
正論だ。
宇宙規模の秩序として、正しい。
「でも隔離って、私が“観光”できないってことですよね」
「……あなたが消えるよりいい」
私は星灯を握った。
温度が、少し冷たい。
不安が灯りに移るみたい。
「公爵様は、どうしたいんですか」
公爵は沈黙した。
沈黙は、この人の弱さだ。
言えない。言い切れない。
でも、その沈黙の中に、本音がある。
「……最適解は隔離だ」
「建前だ」
公爵の視線が揺れる。
「あなたは、私の“好きに生きる”を守ってくれた。だから私も、私の好きにする」
私は鈴を鳴らした。
しゃらん。
自分の合図。自分の意思。
「隔離はしない。期限まで、ここにいる。最後に儀式をする」
公爵は唇を結んだ。
反対したいのに、私の芯を折りたくない顔。
「……合理的ではない」
「恋は合理的じゃないです」
言ってしまってから、耳が熱くなる。
公爵の眉が、ほんの少しだけ上がった。
それが“驚き”だと分かるのが、なぜか嬉しい。
「……恋ではない。契約だ」
「じゃあ契約でいい。契約のまま、あったかくして」
私はスープの器を指差した。
公爵はため息の代わりに、器を差し出す。
湯気。
匂い。
温度。
この星の幸福は、小さくて確かだ。
(引き:その夜、公爵は部屋の外に立ったまま、いつもより長く帰らなかった)




