第5話 環状神殿の夜
夜の神殿は、星空と同じ高さにあった。
環状の回廊が円を描き、中央に“共鳴井”という穴が開いている。
覗くと、底が見えない。
代わりに、鈴の音が落ちていくように響いて、戻ってくる。
管理官は、穏やかな声で言った。
「期限の終わりに、あなたの座標は“再固定”が必要です。通常は保護者が名を呼び、共鳴井に落として刻む」
私は、息を止めた。
「……呼んだら、消えます」
管理官は頷く。
正論の顔だ。
冷酷ではない。ただ、宇宙の規定を語るだけ。
「あなたのケースは特異。だからこそ、ここに運ばれた。呼称禁忌のままでは、期限を越えられない可能性があります」
公爵が、一歩前に出た。
「別手段を提示しろ」
声は低い。
短い。
けれど確かに“怒り”があった。
私のための怒りだと、分かってしまうのが怖い。
管理官は、石板を見せた。
光の文字が浮かぶ。
――代替案:一度だけ、正式呼称を行う。
――成功確率:六割。
――失敗時:座標喪失(隔離保護)。
隔離。
それは、やさしい言葉に包んだ喪失だ。
私は石板を見つめ、ゆっくり息を吐いた。
「……六割でも、やるしかないんですね」
公爵が、私を見る。
呼ばない約束を、破る可能性。
「……あなたが決める」
「じゃあ、決めます」
私は星灯を胸に当てた。
温度が、心臓の位置に落ち着く。
「期限まで、やりたいことを全部やって。最後に――一度だけ、儀式をする。私はそれでいい」
管理官は微笑んだ。
「勇敢ですね」
「勇敢じゃないです。……好きに生きるって、決めただけ」
公爵は何も言わない。
でも、その夜、私の部屋の窓辺に、星灯が三つ並んでいた。
いつもより多い。
多すぎて、笑ってしまう。
(引き:期限が迫るにつれ、私の“自称した名前”さえ、口から滑り落ちそうになる)




