第九十六話 変な名前つけて
夜の十一時。
普段は静かな時間帯だが、ブラームス専門店にはゲーマーの行列が出来ていた。
私はひとまず裏口から出て、表へ向かった。
「みなさん、ゲームの予約でお並びの方でよろしいですかー?」
声をかけると、元気なゲーマーたちが振り返る。
「おうよっ! クロナを一秒でも早く遊びたいんだ!」
「予約券も持ってるわよ!」
まだ寒い中、スウィッツを手に持ってプレイしてる人もいる。
なかなかの猛者たちだ。
「では、一列に並んであまり道路に広がらないようにお願いします。
近隣の方に迷惑がかからないようにしてください。
本日は日付が変わる十二時に、特別に開店します!」
「おおっ、十二時から買えるのか!」
「もうすぐだわっ」
私のアナウンスに、客たちから歓声が上がる。
長い行列が朝まで続くと、客も大変だし迷惑になる。
だから十二時に臨時開店して、迅速に処理する事にしたのだ。
ファンたちが新作を待てないのは、万国共通みたいだね。
整理券を渡して時間を待っていると、十二時がやってきた。
「五、四、三、二、一……」
お客さんたちのカウントダウンで、ブラームス専門店の入り口が開く。
中には、新作のパッケージがズラリと並んでいた。
「おおおっ! オールスターだっ!」
「早く買わせてー!」
詰めかけるファンに、私は慌てて声をかける。
「一列に並んでお待ちください。一人ずつお会計して頂きます。
列を乱す方にはお売りできません!」
行列を管理しながら、一人目の男性客を店内に入れる。
「これがクロナ・トルガーかっ……!」
パッケージを手に取った男性は、イラストの出来栄えに震えている。
「ソフトは80ベルになります。展示しているダミーパッケージにはソフトは入っておりません。
カウンターで本物を受け取ってください」
店頭に並べるパッケージは、あくまで『見せる用』のダミーだ。
盗難を防ぐ目的もあり、ソフトは入れない。
お客さんが金を支払うと、ブラームスさんが奥のボックスからソフトを取り出す。
「やっと手に入った……! さあ、遊ぶぞっ」
彼は大事そうにソフトを手に取り、店を出ていく。
それから、次から次へとお客さんが入ってきた。
「風坊のスレンっていうゲームが気になってたのよ。
入るたびにダンジョンが生まれ変わって、レベルも最初からやり直しなんだって」
「ほんとか? 一体どういうゲームなんだ……」
みんなパッケージを見ながら、楽しそうに語り合っている。
ソフトを買ったお客さんは、他のお客さんと陽気にハイタッチして帰っていく。
発売日にお店にやってきたゲーマーの心は一つなのだ。
四十人ほど捌いた所で、店の前はだいぶ落ち着いてきたようだ。
客対応をしていたブラームスさんも、一息ついてカウンターから出てきた。
「ふう、何とかなりましたね。マルデリタさん、色々ありがとうございました」
「いえ、うちの商品の事ですから。今後の発売日についても対応を考えなきゃいけませんね」
「ええ。こうして人が集まるのは、商売としては前向きな事です。
うちも地球の店舗に倣って、何か発売日の催しを考えた方がいいかもしれませんな」
さすが専門店の主といった所だろうか。
ブラームスさんは、さっそく新しい企画を考え始めたようだ。
ただ、もう深夜一時だ。正直言って眠い。
私はとりあえずサニアさんに連絡を入れ、一度自宅に帰って休憩を取る事にした。
五時間ほど睡眠を取り、朝七時に起床。
寝ぼけ眼のまま支度をして、会社へと向かう。
「おはようございます」
二階のオフィスに入ると、メソラさんが忙しそうにデバイスをいじっていた。
「リナさんおはようっス。昨晩は大変でしたっスね」
「はい。とりあえず、めぼしい店舗の混乱は防げたと思います……。発注来たんですか?」
「そうっスよ。もう日が出る前に売り切れた店があるっス」
オールスター第三弾の熱狂を予想できなかった店も多い。
私たちは朝一でワープ局に行ってソフトを発送し、出来る限り品薄を解消しておいた。
朝九時になると、各所の対応を終えたガレナさんたちも戻ってきた。
「今回はソフト数は潤沢だ。初日になくなるという事はないだろう」
「そうね。でも、通話は凄い事になると思うわ」
サニアさんは忌々しそうに通話用のデバイスを睨む。
まあ、仕方ない事だろう。
今日も発売日恒例、みんなでデスクについて客対応の時間が始まる。
最初はやはり、クロナに疑問を抱く少年からだ。
「未来世界に行ったら、なんか荒廃してる……。現代と未来の間に何があったのかな?」
「ぜひ、物語を進めてみて下さい」
次は、ボムバーマンで憤る人。
「うちの娘が僕にだけ爆弾をガンガン投げて大喜びしてるんだ。嫌われているんだろうか」
「案外好かれているかもしれませんよ」
風坊のスレンでゲームオーバーした人。
「死んだらレベル1に戻っちゃったんだけど! バグったの?」
「いえ、そういうゲームです」
フェイナルファイツの衛生面が不安な人。
「地べたに落ちてるお肉食べてもいいのかなあ?」
「げ、ゲームなので……」
聖賢伝承で何かに目覚めた人。
「キャラ選択、可愛いから三人とも女の子を選んじゃった。僕の中で何かが崩れそうだ……」
「まあ、ゲームなので程々に……」
テイルスの曲が気に入っちゃった人。
「オープニングの歌、凄くいいね。これ誰が歌ってるの?」
「……、私です」
マザーズ2でバカな真似をした男子。
「主人公の必殺技の名前、『TKうんち』になっちゃったんだけど……」
「あなたが名付けたんでしょう」
マザーズ2は、あらゆる面でユニークな作品だ。
主人公の必殺技を、自分で名付ける事ができる。
ゲームの最初に「クールだと思うものはなあに?」という質問があってね。
それに対してプレイヤーが書いた答えがそのまま技名になるんだ。
だから技名がうんちになった人は、きっとバカなんだと思う。
悪ふざけでつけるタイプの子だろうね。
まあ、日本にもいっぱいいたよ、そういう子。
ゲンがつけた技名は、「TKヒゲオヤジ」だった。
みんなアホなんだよ。
そんな感じで遊べる部分があるので、マザーズ2に対する問い合わせはとても多かった。
「はぁ。『TKおしっこ』だの『TKパンツ』だの……。ほんと男子ってアホな名前をつけたがるわ」
「しかも、それを嬉しそうに教えてくるんですよね……」
サニアさんとフィオさんは、二人でため息をついていた。
「今日お客さんのネーミングでデータ取ってたんスけど。
やっぱ『うんち』が一番多かったっスね」
メソラさんが出した技名ランキングに、ガレナさんが深々と頷く。
「男子が最も好むものは、やはり下らん下ネタのようだな」
二位が"おしっこ"、三位が"ハゲ"という酷いランキングだった。
これは元男子として恥ずかしい限りだ。
法務のエヴァンスさんも、オフィスの隅っこで行き場のない表情をしていた。
でも、一度はそういう名前をつけて遊んでしまうのがゲームである。
これも一つのビデオゲーム体験なのだ。
ただ、一つだけ聞いておかねばならない。
「それで、サニアさんは何て技名にしたんですか?」
「……。『TKサニアちゃん』よ……」
その瞬間、オフィスが凍り付いた。
「自分の名前をつけるとは、やはりナルシストだな」
「技の意味がわからないっス」
ガレナさんとメソラさんの厳しい批評に、サニアさんは顔を赤くしていた。
「別にいいでしょ! 自分のゲームなんだから」
まあ、ゲームの名付けは自由だよね。




