第九十三話 名作が多すぎる
私は観衆の声を浴びながら、甲子園球場を出た。
外には、テレビを見た日本の人たちが集まっていた。
「リナちゃーん!」
「きゃあ、ほんとに甲子園にいるわ!」
私を見ただけで大はしゃぎの若い兵庫県民たち。
とはいえ、パニックになるほどではない。
地元の警察が駆け付け、しっかり道を開けてくれていた。
「リナさん、こちらです」
私は案内を受けてパトカーに乗り、そのまま京都へと向かう。
これ、地球に落ちてから仕事に行くまでの最速記録だろうね。
案外大勢の観衆の前っていうのは、楽なシチュエーションかもしれない。
移動中、私はスマホで日本のSNSを眺める。
やっぱり、ネットはお祭り騒ぎになっているようだ。
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「【速報】リナ・マルデリタが甲子園に降り、始球式をする」
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「いやー、テレビ見てたらいきなりリナが出てきてさ。びびったわ」
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「ほんとに何もない所から現れるんだな」
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「ていうかテレビで見てたけどあの投球、マジでボールの曲がり方おかしかったぞ」
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「魔法使ったんじゃないの?」
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「動画で見たが、グニャグニャ曲がってたぞ。ガチの魔球で笑うw」
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「こんな球、絶対打てないよな。ウチのピッチャーになってほしいわ」
野球ファンたちが盛り上がっているようだ。
と、隣に腰かけた警部がニヤリと笑った。
「マルデリタ嬢。いい球種をお持ちですな」
「あ、あはは。どうも……」
この人、野球ファンなのかな。
ごめんね。
私はビジネスの人間だから、魔球使いなピッチャーにはなれないんだよ。
さて、野球のお話はこれくらいにして。
気持ちをゲームに切り替えていこう。
Nikkendoに着くと、挨拶もそこそこに会議室へと向かう。
テーブルの上には、完成した新作ソフトが待っていた。
「ついにレトロオールスターズ、第三弾ですね」
「はい。ここまで評判がいいと、出しがいがありますね」
営業部長の声に頷きながら、私はパッケージを見下ろす。
今回も90年代前半の名作がズラリと並ぶ、壮観なラインナップだ。
前作であるオールスター第二弾の大好評を受け、第三弾はすぐに決まった。
ガレリーナのローカライズ要員も増えてきたおかげで、二カ月というスパンで発売する事ができた。
アーケードとして先行したタイトルを含む、新しい8作。
その中身は、次の通りだ。
ドラクア + Final Fantasiaを実現した夢のタイトル。
『クロナ・トルガー』
みんなで爆弾バトル!
『ハイパーボムバーマン』
完成された2Dパズルアクション。
『ゼルドの伝承 三つの神力』
毎回形を変えるダンジョンに、何度でも挑戦したくなる。
『不気味なダンジョン 風坊のスレン』
みんなの心を繋ぐRPG。
『マザーズ2』
主人公を自分で選べるアクションRPG。
『聖賢伝承3』
アニメ風RPGの代名詞。
『ティルス・オフ・ファンタジー』
そして、家庭用で遊べる。
『フェイナルファイツ』
「RPG真っ盛りという感じですね」
「ええ。多少ジャンルが偏ってしまいますが、やむを得ないでしょう」
表紙に並ぶタイトル群を見下ろし、私は営業部長と語り合う。
もうこの時代は、家庭用ゲームがRPGで埋め尽くされていた。
現代ではオンライン対戦ゲームが主流になったけど。
90年代におけるRPGの栄華を伝えないわけにはいかない。
この後、また色んなジャンルが花開いていく事になるんだけどね。
サム・シティみたいな海外産の名作もあるんだけど、それはまた別枠で用意しようと思っている。
対象年齢もだいぶ変わるだろうしね。
そんなわけで、今回はこのタイトル選定となった。
新年一発目として、充実した……。
いや、かなり張り切りすぎたラインナップだと思う。
内容としては文句なしだろう。
ただ、ちょっと心配な事もある。
「ティルスは、リナさんにとっては記念すべきデビュー作になりますね」
「あ、あはは……」
営業さんたちが、私を見て嬉しそうに笑っている。
まあ、これについては諸事情がある。
ティルス・オフは、1995年に誕生したナミコのRPGシリーズだ。
アニメ風のオープニングや、キャラクターボイス。
テレビアニメ的な要素を強く取り入れて確固たる地位を確立し、今もなお愛され続けている。
テーブルの上に置かれたスウィッツからは、JPOPっぽい歌が流れていた。
ティルスは、RPGに主題歌をつけたゲームとしても有名だ。
そして実はこの歌、私が歌ってるんだよね……。
主題歌はテイルスの看板要素の一つであり、印象に残る名曲ばかりだ。
第一作であるこの歌も、とってもいい曲なんだけど。
日本語の歌だけでマルデアに出すのはどうかって話になってさ。
メーカーさんも気合が入ってたんだろうね。
マルデア語版の歌も作って、オリジナルの日本語版と両方収録しようって事になったんだけど。
日本の歌手がマルデア語を上手く発音できなかったんだよね。
で、私が手本で歌って見せたら……。
「リナさん、歌うまいね!」
プロデューサーさんの一声で、私の歌声がそのまま入る事になってしまった。
何とも恥ずかしいけど、名作に関われたんだから名誉な話でもある。
ちなみにその収録映像は、yutubeにアップされている。
当然、地球人にはめっちゃ見られてしまった。
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「リナがティルスの曲歌ってるww」
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「やはり初代はいい……」
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「マルデア語の歌ってこんなに綺麗なんだな」
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「神秘的ね……」
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「精一杯歌ってる感じ、可愛いなあ」
コメントのリアクションも良く、私は少し嬉しくなってしまった。
ただ、日本語のオリジナル曲も大事だ。
だから、曲の言語はプレイヤーの好みで変更できるようにしてもらった。
デフォルトが私バージョンなのは、マルデアだから許して欲しい……。
というわけで本作は、私の歌手的な意味でのデビュー作なんだ。
とはいえ、そんな要素はこのオールスターパッケージにおいてどうでもいい事だ。
私の歌声を目当てにゲームをやる人なんて、きっとうちの母さんくらいのものだろう。
99.9%のプレイヤーたちは、地球で生まれた名作ゲームたちを楽しみにしている。
待ちわびているファンたちのために、早くマルデアに届けてあげないとね。
会議を終えた後、私は倉庫に向かい、入荷品を受け取る事になった。
今回はスウィッツが過去最高の七万台。
オールスター第三弾は、前回の反省も踏まえて初回で六万本用意した。
「これだけあれば、ソフトの品切れは防げるでしょう」
「ええ、本体の方もこれで何とかなると思います」
アーケードの追加分も全て輸送機に詰め込み、こちらも魔石を全て渡しておく。
後で警察が国連に持って行ってくれるそうだ。
それを確認した所で、今回の仕事はおしまいだ。
「それでは、失礼します」
腕につけたデバイスを起動すると、私の体は光に包まれた。




