第八十七話 ニニア、大会へ
今回は、ゲーム店に通う少女ニニアの視点です。
年末で、学院も冬休みに入った。
嫌な魔術の授業を受けなくていい、嬉しいシーズンだ。
私は、毎日ブラームスのゲーム専門店に来るようになっていた。
ゲーム好きな人たちと一緒に過ごすのは、私にとって一番楽しい時間だ。
「ニニアちゃん、右上から敵きたよ!」
「うん!」
友達と二人でゲーム画面を見つめ、溢れる雑魚敵をなぎ倒していく。
今プレイしているのは、新作のアーケードゲーム。
ファイナルファイツだ。
スタ2と同じメーカーの作品で、見た目もよく似ている。
でも、かなり難易度が高い。
二人でやった方が進むという事もあり、ぷやぷや好きの少女ラナと一緒に挑戦している。
次々に出てくるチンピラたちをなぎ倒していくゲームなんだけど……。
「ああっ、またステージ三で死んじゃった!」
「残念……」
長いステージが続くこのゲームは、二人で協力しても難しい。
私たちは数日かけて攻略を進めてきたけど、まだまだ終わりは見えなかった。
後ろで見ていた男子たちも、難しい顔で語り合っている。
「ニニアとラナのコンビでもアンドラ兄弟は難しいか……」
「ダメージを受けない攻撃パターンを見つけないと、体力がいくらあっても足りないぜ」
彼らも新作の攻略に夢中だ。
ラナはゲームをやめて一息つくと、こちらに振り返って肩をすくめる。
「協力しても厳しいよね、このゲーム。
タンクトップの兄弟がほんと鬱陶しいったらないよ」
「うん。でも、難しい分やりがいはあると思う」
私の言葉に、ラナは笑いながら頷く。
「ふふ、そうだよね。私たちゲーマー少女だもん。
あ、そうだ。ニニアちゃん、これ見た?」
と、ラナが壁のチラシを指して言った。
そこには、何やらイベントの告知が描かれている。
「年末大ゲームイベント……?」
「そう。ガレリーナ社の主催イベントが、末の日にあるんだって。
その中で、ぷやぷやとスタ2の大会もあるらしいんだ。
お金じゃないけど、賞品のグッズがもらえるって。
私、ぷやぷやで参加してみようと思う。ニニアちゃんは?」
「私は、どうかな……」
私は少し不安になった。
末の日は、家族で一緒に過ごすのがうちの習わしだ。
母さんが許してくれるかどうか。
私がゲームにのめり込んでる事は、まだ家族には説明してない。
スウィッツも、自分で溜めてあった貯金で買った。
ゲームイベントに出るなんて言ったら、きっと母さんは嫌な顔をするだろう。
ただ、ラナちゃんはやる気満々らしい。
「ニニアちゃん、この店でスタ2最強なんだからさ。一緒に大会出ようよ」
「そうだぜ。全国の猛者たちが集まるんだ。出ない手はないよ」
普段スタ2を一緒にやっている男子も、私に参加を勧めて来る。
正直言って、私も出てみたい。
自分がどれくらいの腕なのか、試してみたい気持ちがあった。
「うん……。ちょっと親に話してみる」
さすがに末の日に無断で外出する事はできない。
家に帰ったら、母さんに頼んでみよう。
もしかしたら、良いと言ってくれるかもしれない。
そう思い立ち、私はゲーム屋を出た。
凍えるような風が吹く中。
ワープステーションを経由して、自宅のマンションへと向かう。
四階の二号室。
鍵を開けて中に入ると、母が居間に座っていた。
なんだか、嫌な雰囲気だった。
母さんは機嫌の悪そうな表情をしている。
テーブルには、私のスウィッツが置かれていた。
これは、お説教のパターンだ。
「ただいま……」
恐る恐る声をかけると、母さんはすました顔をこちらに向けた。
「ニニア。あなた、毎日ゲームのお店に行ってるらしいわね」
「……」
やっぱり、バレていた。
言ったら怒られると思って適当にごまかしていたけど、時間の問題だったらしい。
「はぁ。まったく……。
わかってるのかしら。あなたはもう十六歳なのよ。
魔術が使えないと将来苦労するって、いつも言ってるでしょう。
勉強はどうしたの?」
母さんはいつものセリフで、私を咎め始める。
「……。これからするよ」
一応、勉強はちゃんとやっている。
私が答えると、母さんは顔をしかめた。
「バカな遊びにかまけてるから、筆記の成績まで落ちてるんじゃない。
いい? 私はあなたのためを思って言ってるのよ。
今はあなたにとって、進学のための大切な時期なの。
こんな玩具で遊んでる暇があったら……」
母さんがそう言ってゲーム機を持ち上げた瞬間、私の頭に血が上った。
「スウィッツはただの玩具じゃない!」
思わず、母親に向かって叫んでしまった。
いつもは言い返さず、ただ説教を聞いているだけだった。
でも、ゲームの事を軽く言われるのは我慢がならなかった。
「何よ。ただ操作して遊ぶだけでしょ。玩具じゃなかったら何だって言うのよ」
母は憮然とした表情でこちらを睨む。
私も、普段の鬱憤をぶつけるように前に出た。
「私が遊んでるスタ2は、地球にはプロがいるの。
トップクラスの人は、賞金や配信でお金を稼いで食べてるんだから。
ゲームはただの玩具じゃない」
それが無茶な主張だという事は、何となく自分でもわかっていた。
マルデアにはまだゲームのプロなんていない。
そういうのはまだ地球だけの話だ。
現実的に考えれば、こんな意見が通るわけもない。
でも、言わずにはいられなかった。
「ニニアがそのプロになれるっていうの?」
「わからない。でも私は、行きつけのゲーム屋では一番上手いよ。
みんな、私の腕を褒めてくれる。
大会にも、出てみろって勧めてもらった。
お母さんなんて、今年一度も褒めてくれないのに」
「……。ニニア……」
お母さんは、私の反抗に驚いたのか目を見開いていた。
普段は逆らわずに説教を聞いているだけだったから、今回も大人しく聞くと思っていたんだろう。
でも、今だけは言い返さなきゃいけない。
そう思った。
「人には向き不向きがあるの。私は魔術は出来ない。でもゲームならできる。
だから、ゲームに打ち込んでみたいの。
明後日、ガレリーナ社の大会にも出ようと思ってる」
私がまくしたてると、母さんは瞬きしながら問いかけてくる。
「明後日って、末の日じゃないの? 何もそんな日にゲームしなくても……」
「私にとっては大事な大会なの。何と言われても、出るからね」
そう言い切って、私は洗面所に向かった。
母さんが私の言葉をどう思ったのか。
わからないまま自室に戻る。
ゲームを取り上げられたらどうしよう。
そんな不安が、私の胸に押し寄せてきた。
夕食の時間になると、嫌でも家族で顔を合わせる事になる。
リビングに行くと、母がさっきの事を父に説明していた。
話を聞いた父さんは、神妙な表情で頷いた。
「……。そうか。ニニアにも、やりたい事ができたんだな。
それは、どうしてもやりたい事なのか?」
父さんは夕食に手をつけず、私の目を見ていた。
「……。うん」
私がコクリと頷くと、父さんは小さく息をついた。
「なら、行ってくるといい。その大会で、自分の腕を試してくるといい」
意外な言葉に、私は思わず目を見開く。
「……、ほんとに?」
「ああ。挑戦もしないうちに無理やり止めさせるのも、どうかと思うからね。
そのかわり、勉強もちゃんとやるんだ。母さんはニニアの事を思って言ってるんだからな」
「……。うん」
予想外だった。
ほとんど母さんの教育方針に口を出さない父さんなのに。
今日ははっきりと私に意見を言った。
母も、それに異を唱えるような事はしなかった。
母さんはただ、私の事を心配そうにじっと見つめていた。
私は静かに夕食を済ませ、また自室に戻った。
明日の夜まで、スタ2の特訓だ。
ああまで言っちゃったんだから、それなりの結果を出さなきゃ。
いつかマルデアでも、プロのゲーム選手が生まれるかもしれない。
それがなくても、ゲームの仕事はゼロじゃないはずだ。
どうせ仕事をするなら、ゲームに関わりたい。
大人になっても周囲に魔術の事でバカにされ続けるなんて、うんざりだ。
未来を切り開くためにも、公式の大会でガレリーナ社に私の存在を見せつけるんだ。
スウィッツのボタンを叩きながら、私は技の研究に打ち込んでいった。
そして、大会当日の朝。
時間に余裕を持って支度を済ませた私は、鏡の前で大きく息をつく。
いよいよ、挑戦の日がやってきたのだ。
「じゃあ、行ってくるから」
居間に向かって声をかけ、私は玄関のドアを開けた。
「待ちなさい、ニニア」
と、後ろから声がかかった。
「イベント、一日あるんでしょ。お弁当、持っていきなさい。
それと、この前は言いすぎて悪かったわ……。
大会、がんばってきなさい」
そう言って、母さんは私に押し付けるように弁当を渡してきた。
「……、ありがと」
母さんは毎日、私のために弁当を作ってくれる。
手間のかかる料理を毎朝、早くに起きて作っている。
わかってる。
母さんは、私の事を大切に思ってくれてるんだ。
頑張らなきゃ。
私は荷物をカバンに入れて背負い、ワープステーションへと向かった。




