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第八十二話 リナのパリ旅行 (挿絵あり)


 私はマルセイユで、美大生のクロエさんという女性と出会った。

 変装中の私を描きたいなんて、変わってるよね。

 こっちの事、リナだって気づいてないみたいだし。


 でも、モデルに選ばれたのはちょっと嬉しかった。

 スケッチで描かれた私は素朴な感じながら、可愛らしく丁寧に描かれていた。


 と、彼女のカバンから何やら紙が覗いていた。

 あれ、リナ・マルデリタ展覧会のチラシじゃないかな。


「その展覧会、行くんですか?」


 私がカバンを指さすと、彼女は紙を取り出して頷いた。


「ええ、そのつもりよ。プロの画家たちがどんな風にリナを描いたか、気になっていたの。

私には、彼女の絵は上手く描けなかったからね。

今日は休みだし、行ってみようと思って」

「リナの絵を、描けなかったんですか?」


 今描いたのに。

 そう言いたくなるのを抑えて、素知らぬ顔で尋ねてみる。


「ええ。私にはあまり壮大なテーマは向いていないみたいね。

あなたみたいな愛らしい子の方が、私には描きやすいみたい。

ここの所スランプだったから、あなたに会えてよかったわ。モデルになってくれてありがとう」


 礼を言いながら、吹っ切れたように笑うクロエさん。

 どっちも私なんだけど、彼女の気が晴れたならそれでいいや。


 あ、そうだ。

 現地の人となら迷わないだろうし、ご一緒させてもらいたいな。


「じゃあ、よかったら展覧会に連れて行ってもらえませんか。私も見てみたかったんです」

「ええ、もちろん構わないわよ」


 そうして私とクロエさんは、一緒に丘を降りる事になった。

 すると、私の腹がグウと鳴った。


「あはは、先にお昼食べてから行きましょうか」


 クロエさんはそう言って、地元マルセイユのフランス料理店を紹介してくれた。

 フランス料理というと、日本だと気合を入れて入る高級店のイメージがある。


 ただ現地では、普通の郷土料理店という感じで入りやすいようだ。

 といっても、古き都のお店という感じでお洒落な所だった。


「何にする?」

「ラクレットでお願いします」


 ラクレットはフランスでも伝統的に親しまれる、チーズを使った料理だ。


 少し待っていると、パンやウインナー、ブロッコリーにジャガイモなどの具材が置かれた皿が並べられる。 

 その後、店員さんがでっかいチーズの塊を持ってやってきた。

 そして、溶かしたチーズをとろーりと具材にかけていく。

 これがラクレット……、めっちゃ美味そう。


 早速、温かいチーズのたっぷりかかったパンを食べてみる。


「ん、美味ひい~」


 惜しげない量のチーズが、口の中でパンを包み込む。

 これはたまらないね。


「あはは、美味しそうで何よりだわ」


 クロエさんは笑いながらキッシュを食べていた。

 そっちも美味しそうだよね。


 食事を終えた私たちは、マルセイユの駅から列車に乗り込む。

 港町からパリまでは二時間ほどだ。


 過ぎ行くフランスの街並みを、私は窓に張り付いてじっくりと眺めていた。

 隣に腰かけたクロエさんは、ゴキゲンな様子でさっきのスケッチを描き進めていた。


「絵を描くのって、やっぱり楽しいですか?」

「ええ、楽しいわよ。もちろん、専門的に学び出してからは好きな事だけじゃなくて、色々あるけど。

それでも、好きだからやってるのは変わりないわ」

「そっか」


 じゃあ、私と一緒だ。

 しんどい工程もあるけど、基本は好きだから、楽しいからやってる。

 そう考えると、全く別の事をやってる彼女にも親しみが沸いた。


 それからしばらくして、私はパリの駅に到着した。

 外に出てみると、私はその街並みに圧倒される。

 立派な西洋建築のビルが立ち並び、壮観としか言いようがない。

 そんな都会の中に、ひときわ目立つタワーも見えた。


「あれ、エッフェル塔ですよね」 

「ふふふ。ええ、そうよ」


 おのぼりさん丸出しで尋ねる私に、クロエさんは笑いながら頷いていた。


 さて、私たちはチラシを頼りにパリの道を進み、展覧会が開かれるホールを目指した。

 少し歩くと、建物の壁に大きな看板が見えた。


 うわあ。


 うわああああ。


 ピンク色の髪をした少女のすました横顔が、でかでかと描かれている。

 私だ。

 私がなんか、すごい西洋美術の世界観で描かれてる。

 しかも、三メートルくらいの巨大看板に印刷されていた。


 通りを見れば、年頃の男女カップルが私の絵を見上げている。


「見て、リナの絵画展だわ」

「面白そうだな。入ってみようか」


 話し合いながら、すんなりと建物の中に入って行く二人組。

 どうにも信じ難い世界が展開されているよ。


「じゃあ、私たちも入りましょうか」

「は、はい」


 クロエさんも、別に気にした様子もなく建物の入り口に向かう。

 うん。もうここまで来たら見るしかない。


 中に入ると、それはもう芸術的なまでのフロアが広がっていた。


「大人二枚お願いします」


 チケットを買って、私は早速壁に飾られた絵を眺める。

 それはもう、見事に全部私を描いた絵画たちだった。


 黒のローブを着た魔術師な私の絵。

 川の水を飲む聖者のような私の絵。

 天使の翼を生やした私の絵。

 政治家たちを見下ろす風刺的な私の絵。

 ピカソ的な不思議感のある、多分私の絵。


 個性的な私の絵の数々を、客たちはじっくりと眺めている。

 ああ、今世紀最大に見られている感があるよ。


 ただよく見ると、一つ一つの絵に描き手の情熱が籠っているように見える。

 そうか。美術館は、画家たちの努力の結晶なのだ。


 そう思うと、変わった画調で描いているものも多少は愛おしく感じるのだった。


 私たちは絵を堪能した後、ホールを出て外の空気を吸った。



「いい展覧会でしたね」

「ええ、そうね。私も、また絵を描いていけそうだわ」


 少しすっきりした表情のクロエさん。

 さて、もうパリの街も見たし、私の姿を隠す事もないだろう。

 彼女には、私の正体を教えておきたいと思った。


「あの、クロエさん。実は私、こういう者なんです」


 私はそう言って帽子を取り、ヘアバンドを外して見せた。

 すると、黒い髪が鮮やかな桃色へと変わっていく。


「……、リナ。やっぱり、リナだったのね……」


 彼女は目を丸くしながらも、少し納得のいったような表情だった。


「やっぱりって事は、バレてました?」

「いいえ。顔のパーツや体格がそっくりだったから、もしかしたらと思ってただけ。

でも、ふふ。そっか。リナって普通の可愛らしい女の子だったのね」


 クロエさんは小さく笑ってそう言った。


「はい。私はマルデアの普通の家に生まれた、普通のマルデア人ですよ」


 私が手を広げて見せると、クロエさんは嬉しそうに頷く。


「そうよね。みんな最初は特別じゃない、普通の子だもの。

うん。私、今ならリナ・マルデリタの絵を描けそう。

英雄じゃなくて、普通の女の子としてのあなたを……。

ねえ、今朝描いたスケッチを仕上げてコンクールに出してもいいかしら」


 彼女はどうやら、前向きに進む気持ちになったようだ。


「どうぞどうぞ。普通の時の私ですけど、好きに描いてみてください」

「ありがとう。私、精一杯頑張ってみるわ!」


 私の絵を描いた事が、彼女の助けになったのだろうか。

 クロエさんが見せた今日一番の笑顔に、私は嬉しい気持ちになったのだった。



 それから私は彼女と別れ、フランスの警察署へと向かった。

 短い旅行だったけど、マルセイユの絵描きとの旅はとても楽しいものだった。






ながぶろさんより、リナの町歩き

挿絵(By みてみん)





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― 新着の感想 ―
[一言] このリナ・マルデリタ展、裸婦像とか妄想全裸絵とか持ち込んでくるアホ共への対処に超神経質だったんだろうなと感じさせるラインナップ。
[一言] リナ一人しか派遣して来ない辺り、お偉いさん方はマルデア星人が地球にあまり興味がないという事を薄々気付いてるようですが、一般市民レベルではどうなんでしょう? 一般市民だと、リナ・マルデリタは若…
[一言] 今月から読み始めて追い付きました。面白かったので一気読みです。楽しみにしてます。
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