第七十六話 発売!
数日後。
いよいよ新作ソフトの発売日がやってきた。
期待値の高いオールスターの発売という事もあり、私たちは朝から社員全員でオフィスに集まっていた。
「いよいよですね……。お客さん、みんなこの日を楽しみにしてましたよ」
フィオさんは、緊張の面持ちで通話用のデバイスを見つめている。
「予約状況もすごいっス。初日から一気に売れそうっスよ」
メソラさんは販売データを眺めながら、鼻息を荒くしている。
「すごい熱気よね。スウィッツ本体もほとんど出荷したけど、在庫持つのかしら」
サニアさんは少しウキウキした様子で宙を見上げている。
「今日は間違いなく大量の通話が来るだろうな」
「ええ、引き締めてかかりましょう」
ガレナさんと私は頷き合い、もはや座り慣れたデスクの椅子についた。
時刻は午前十時。
発売日には恒例となった通話対応の時間だ。
早速、ジャンジャンとコールが鳴り始めた。
今回はバラエティ豊かなタイトルという事もあるのだろう。
幅広い世代のプレイヤーから、様々な質問が飛んできた。
最初は、マルオワールズを遊び始めた少年からだ。
「ヤッスィーが、ぼくのヤッスィーが谷に落ちて死んじゃった!」
「次のヤッスィーを探しましょう」
次は、ドラクア5で絶望する男性。
「お父さんが殺されて、主人公が奴隷になっちゃった……。もうおしまいだぁ……」
「頑張って這い上がりましょう」
ファイオーエムブレムで泣きそうになる女性。
「死んだオズマ隊長が次の戦いで使えないんだけど。お気に入りだったのに、死んじゃったの?」
「残念ながら、このゲームで死者は生き返りません……」
Final Fantasiaに疑問を抱く十代の青年。
「いろんな職業を選べるみたいなんですけど、ニンジャって何ですか?」
「地球の言葉で忍ぶ者という意味です」
メタロイドが全く進めない人。
「広すぎて、どこ行ったらいいかわからない……」
「マップを見て、一つずつ確認していきましょう」
ぷやぷやを慈しむ三十代男性。
「アリルちゃんがやられるの可哀想すぎてつらい……」
「負けないようにしてあげてください」
文化に興味が湧いて来た人。
「地球の路地裏ではスタ2みたいなケンカが繰り広げられてるんですか?」
「路地裏には詳しくないのでちょっと……」
ドラクア5のシステムに驚く人。
「モンスターのスレイムが仲間になったんだけど! すごい、かわいいけど弱い!」
「しっかり育ててあげてください」
ぷやぷやで怒る母親。
「娘がぷやぷやで五連鎖して、私の所に隕石を降らせてニヤニヤしてるんです。嫌らしい!」
「五連鎖できた事を褒めてあげましょう」
ただFinal Fantasiaの感想を言う子ども。
「えっとね、チャコボが可愛かったの」
「うん、可愛いよね」
悲し気に語る人。
「今日だけで七体のヤッスィーを失いました。あの種族から恨まれないでしょうか」
「供養してあげてください」
今回はもう本当に、途切れる事なく山ほどの通話が来た。
デバイスから次々に飛び出すお客さんの声を聴きながら、私は自分の耳が疲れていくのを感じていた。
もはや半分くらいは、プレイヤーたちの愚痴と心配事を聞かされるだけだった。
特にマルオワールドのヤッスィーは、その愛嬌もあって話題の的だった。
彼はまあ、とにかく犠牲になるために生まれてきたようなドラゴンである。
死んでも死んでも卵から現れ、マルオを助けてくれる。
その献身性と健気さに、マルデアのユーザからも多数同情の声が集まっていた。
「はあ。ったく朝からヤッスィーヤッスィーうるさいわねえ。
あんなドラゴン死なせてナンボでしょうが!」
サニアさんが続く客対応に苛立ったのか、かなりの暴言を吐いていた。
「甘いっすねサニアさん。上級者はヤッスィーを死なせないっすよ」
「そうです。ヤッスィーを生かしてこそゲーマーですよ」
メソラさんとフィオさんは、反対意見のようだ。
「そもそもヤッスィーになど頼るべきではない。マルオ単独でクリアするくらいがちょうどいいのだ」
ガレナさんは意識が高いのか、腕組みをしてクールに気取って見せる。
「それより、マントで上空を進む行為を禁止すべきでしょうな」
法務についているエヴァンスさんも、なかなかハードプレイ志向のようだ。
プレイヤーごとにスタイルが出てくるのが、ゲームの面白い所である。
私としてはね。
ヤッスィーはなるべく大事にして、一緒に冒険したいと思ってる口だよ。
なんせマルオとヤッスィーはベストフレンドだからね……。
さて、それ以外のゲームもやりこみ要素が多いので、反響は少しずつ出てくる事になるだろう。
その日は営業を切り上げ、私は帰宅する事にした。
夜の街を歩きながら、デバイスでマルデアのSNSを眺める。
検索ワードは、もちろんゲームのタイトルだ。
と、さっそくファイオーエンブラムについて議論している人たちを見つけた。
ファンタジー世界を舞台にした戦記モノだけあり、世界観はマルデア人にも親しみやすいようだ。
プレイヤーたちの話題は主に、キャラクターや戦闘についてだった。
xxxxx@xxxxx
『軍の仲間にいる爺さん、最初からかなり強いな』
xxxxx@xxxxx
『私も使いまくってるわ。銀の槍で大活躍よ!』
xxxxx@xxxxx
『悪いことは言わん。そのジジイを使うのはやめとけ。
最初は強いが、そのあと全く成長しない。伸びしろがない奴を育てるのは経験値の無駄だ』
xxxxx@xxxxx
『え、マジ?』
xxxxx@xxxxx
『マジ……』
xxxxx@xxxxx
『お年寄りが成長しないとか、嫌なリアリティだな……』
xxxxx@xxxxx
『ああ。それにこのゲーム、仲間が死んだら二度と生き返らないのがキツい』
xxxxx@xxxxx
『一斉に進軍させても誰か死んじゃうしなあ。どうすりゃいいんだ……』
xxxxx@xxxxx
『防御力の高い味方を前線に出して盾にしろ。敵を一匹ずつ潰していくんだ』
xxxxx@xxxxx
『おお、その手があったか!』
xxxxx@xxxxx
『なあ。たまに固有の名前がついてる雑魚敵がいるが、あれは何なんだ?』
xxxxx@xxxxx
『主人公が近づいたら『話す』っていうコマンドが出て、仲間にできたぞ』
xxxxx@xxxxx
『うそ!? 私あのハンター殺しちゃった……』
みな戦略や生死について熱心に語り合っているようだ。
ファイオーエンブラムというシリーズが生まれたのは、1990年。
シミュレーションRPGの草分け的存在として、現代でも高い人気を誇っている。
その特徴は、軍の味方一人ひとりがキャラクターとしての個性を持っている事だ。
それぞれのキャラに愛着を持ってしまうから、誰一人として死なせたくない。
一人でも死んだらリセットでやり直し。それが基本なのだ。
そして年寄りキャラには全く伸びしろがないという、ある意味酷い仕様を持っていた……。
地球生まれの手ごわいシミュレーションは、無事にマルデアのプレイヤーたちを手こずらせているようだ。




