第七十五話 ヒットの予感
翌日。
私はいつものように、お得意の玩具屋さんへと営業に向かった。
新作のパッケージを見せると、店長は子どものように目を輝かせる。
「ほう。今回はかなり華やかなラインナップだね。
ドラクアにスタ2、何と"ぷやぷや"まであるのか!」
「ええ。2D時代を代表する作品ばかりです。いかがでしょうか」
私がズイと顔を寄せると、彼は鼻息を荒くして頷く。
「うむ。アーケードで話題のサニックもしっかり入っているね。
このマルオが乗っている緑のドラゴンは、確かヤッスィーだったかな」
「ええ。本作ではマルオの相棒として大活躍するキャラクターです」
ハイパーマルオワールズは、言わずと知れたヤッスィーのデビュー作である。
相棒という割には残酷にヤッスィーを切り捨てたりするけど、まあそれはそれ。
おもちゃ屋さんの前で言う事ではない。
「舌を伸ばせばリンゴを食べるのか。可愛いドラゴンだね。子どもが喜びそうだよ」
店長さんはプレイしながら、満足そうにしている。
うん、これでいいのだ。
ヤッスィーを谷底に落としながら二段ジャンプする場面なんて見せるべきではない。
きめ細やかな営業が功を奏したのか、彼は決意したようだ。
「よし、今回はヒット間違いなしだろう。思い切って五十本発注させてもらう!」
「あ、ありがとうございます!」
思った通り。いや、それ以上かもしれない。
これまでで一番大きい受注が入った。
私は勢いに乗って、付き合いのある店舗を回っていく。
他の店でも大好評で、想像を超える数の受注が入って行った。
やはりこのパッケージの力は凄まじい。
この時点で、ちょっとまずい予感がした。
私は少し営業を早めに切り上げ、社員たちに呼びかけて一旦ガレリーナ社に戻る事にした。
二階のオフィスに上がると、営業員たちが既に集まっていた。
ガレナさんがデバイスに目を落としながら、興奮したように語る。
「受注の勢いが凄い。タイトルの並びを見ただけで、店側もこれが売れるとわかるらしい。
どこも自信をもって発注してくる」
「ええ。集計したら、もう六千本は注文を受けたわ。
このペースだと発売日までの入荷分はすぐ無くなるわね」
「生産が間に合わなくなりそうっス」
みんな、営業先の販売店で同じような反響を味わったようだ。
今回は、今までにないほどの大ヒットの予感がする。
社員の誰もが、それを感じていた。
その後、私は都外にある繁華街のはずれに向かった。
「こ、これは凄い……。物凄いタイトルが揃っている……」
娯楽専門店を経営するブラームスさんは、新作のパッケージを持つ手を震わせている。
エンタメ好きだけあって、その価値が痛いほどわかるのだろう。
「このメタロイドというゲーム、雰囲気が素晴らしい。
ドラクアも楽しみにしていましたが、今回はモンスターが仲間になるとは……。
いやあ、どれから遊べばいいのやら。目が回るようですな」
彼は新作を試遊しながら、それぞれのソフトが持つ遊びの密度を称賛していた。
「ええ。今回はがっつり注文してもらっても、在庫が余るような事はないと思います」
私の誘い文句に、彼は神妙な表情で頷いた。
「ええ、これはおそらく……、いや、間違いなく売れるでしょう。
ですが、少し心配もあります」
意外にも迷う表情を見せるブラームスさんに、私は首をかしげる。
「心配、ですか?」
「ええ。これが売れたら、お店でゲームを遊ぶ風景が無くなってしまうのではないかと……」
ブラームスさんはそう言って、店頭の業務用機に目をやった。
今日も学生たちがスタ2に群がっている姿がある。
どうやら店長は、アーケードに人が来なくなる事を危惧しているらしい。
「大丈夫です。地球でも当時、家庭用とアーケードの両立は保たれていました。
家でゲームを遊ぶ。外でアーケードを遊ぶ。この二つには別々の値段形態と需要があります。
お客さんが好きな遊び方を選べるのが理想なんです」
「なるほど……。ならば思い切って二十本、発注させてもらいましょう」
彼は安心したように、この店としては最大規模の数を注文してくれた。
「おい、聞いたか。スタ2がスウィッツに出るってよ」
「マジかよ! これで家で練習ができるぞ!」
アーケードで遊んでいた学生たちも、私たちの話を聞きつけて大喜びだった。
それから二日後。
新作オールスターの営業は、あっさりと一段落ついた。
最初に入荷した一万五千本が、ほぼ全て受注を決めてしまったのだ。
ほとんどの店がパッケージを見た瞬間、その店の最大規模の発注を決断していた。
それだけ、ソフトに力があるという事だろう。
「ここまでの勢いを見せたソフトは、今までになかったな」
「マルデアで人気シリーズが増えて来たって事もあるわね」
オフィスでガレナさんとサニアさんが語り合っていた。
これまでの販売実績で、マルオやドラクアの人気は定着してきている。
ファンがいれば、当然店側も売れる目途が立つ。
人気シリーズモノの強さはこういう所にある。
そして、先行したアーケードが生み出している話題性。
今までに培ってきたものが、一つのパッケージに集約された感じはある。
今年の年末ソフトとして、申し分のないタイトルが用意できたと言えるだろう。
さて、発売前の仕事はこれで終わりだ。
私はワープステーションに向かい、地元の駅へと飛んだ。
実家に帰ると、アーケードの可愛い音が響いてくる。
『えいっ、ふぁいおー、あいすすたーむ!』
ぷやぷやの台では、せっせと連鎖に励む少女の姿があった。
ちょうど、連鎖好きのマリーナちゃんが来ていたようだ。
レッスン帰りらしく、母親がしっかり後ろについている。
彼女は三連鎖まで出せるようになったようで、三人目の敵までは難なく打ち破って行く。
だが次の敵は更なる連鎖を重ね、彼女を上回る攻撃を仕掛けてくる。
『ばったんきゅう~』
ゲームオーバーになった彼女は、台の上に突っ伏した。
「うう、また負けちゃったぁ……」
「ほら、マリーナ。終わりのお約束よ」
母親が促すと、マリーナちゃんは涙目で顔を上げる。
「もっと練習したいもん……。練習しなきゃ上手くならないって、ママがいつも言ってるでしょ」
「それはそうだけど、私も料理の支度があるのよ。
あなたを一人でここに置いておくわけにはいかないし……」
良家の親子には色々と事情があるようだ。
それなら、いいものがある。
「あの、ちょっといいですか」
私が声をかけると、二人が振り返る。
「よろしかったら、スウィッツの新作ソフトの購入を考えてみてください。
ぷやぷやも入っているので、いくらでも家で練習できますよ」
「ほんと!? ねえママ。今度のお誕生日のプレゼント、スウィッツにしてもいい?」
おねだりを始める娘に、母親は困った顔をする。
「しょうがないわねえ……。ちゃんとレッスンはするってお約束できる?」
「うん! できる!」
約束を取り付けたマリーナちゃんは、嬉しそうにママの手を握る。
そして、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら帰って行った。
お母さんの店を見ると、入り口にはFinal Fantasiaのポスターが飾られていた。
作品を象徴するクリスタルが描かれた、美しい絵だった。
「ねえお姉ちゃん、あれ魔石なの?」
子どもがそれを見て、私に問いかけてきた。
「ううん、違う。あれはクリスタルだよ。
世界中に散らばった欠片を集めたら、色んな職業になれるんだ」
「いろんな、職業……」
「そう。旅をしながらなりたいジョブになって、成長して。
そして、君の手で世界を救うんだよ」
私の言葉に、少年たちは目を輝かせてポスターを見つめていた。
Final Fantasiaの物語が、マルデアの大地に降り立とうとしている。
それは、プレイヤーが自分の手で紐解いていく究極の幻想。
オールスターの発売は、刻一刻と近づいていた。




