第三十五話 ほんとに?
地球の旅を終えた私は、マルデア星の研究所に戻ってきた。
ガレリーナ社のオフィスに戻ると、みんなは机に向かって仕事をしているようだ。
「ただいま帰りました」
声をかけると、手前にいたサニアさんが顔を上げた。
「お帰り。入荷は何台だった?」
「聞いてください。なんと一万三千台です!」
ドンと胸を張って輸送機を置くと、社員の三人は嬉しそうに立ち上がる。
「おお、本格的になってきたな」
「それなら、予約分を除いても在庫が作れます」
ガレナさんもフィオさんも喜びながら入荷品を確認している。
ようやく、常時売り切れ状態が終わるかもしれないね。
「新作のレトロゲームセットも入荷したので、販売店さんに送っていきましょう」
「うむ。発売までにしっかり店頭に並べておかねばな」
私たちはすぐにワープ局に向かい、本体やソフトなどを各販売店に発送していった。
「さて、これで準備は完了ね」
「ええ、後は発売日を待つのみです」
サニアさんと頷き合い、今日の仕事はこれで終わりだ。
はあ、長旅もあって疲れたよ。
テトラス&オールスターが発売したら忙しくなるから、今のうちに休んでおかないとね。
仕事を終えた私は、ワープステーションを経由して実家へと戻る。
ふう、やっと安心の我が家に帰ってきた。
ようやく休みの時間を取れるよ。
と思ったら、家の中に何やら謎の箱が積み上げられていた。
「あれ、何これ」
いやに見覚えがある。というか、これうちの商品だね。
なんでウチにスウィッツの本体が幾つもあるんだろう。
周辺機器やソフトもあるよ。
私が首をかしげていると、夕食を作っていた母さんがやってきた。
「それ、お母さんが発注したのよ。ガレリーナ社さんにね」
「へ?」
首をかしげる私に、母はにこりと微笑む。
「リナ、前に言ってたでしょ。地球にはゲーム専門のお店があるのに、マルデアにはそういうお店がないからゲーム機が展開しづらいって。
だから、お母さんそのゲーム屋っていうのやってみようと思って」
「はい?」
お母さん、何をおっしゃってるんですか。
私が困惑していると、母は手を広げて言った。
「うち、結構広いでしょ。だから何も使ってない裏手を売り場にしようかと思って。
それなら家事やりながら気楽にできるわ。小さいけど、マルデア初のゲーム専門店よ。
お父さんも喜んで開店のための手続きしてくれたわ。
ほんのちょっとだけど、母さんがリナのお手伝いしてあげる」
「……母さん。父さんも……」
私は、どうやらとても恵まれた人間らしい。
目をウルウルさせていると、母さんは私の頭を撫でて言った。
「ふふ、お母さんはいつでもリナの味方よ」
「うん、ありがとう」
その後、両親と三人で夕食を食べ、私は家族水入らずの時を過ごした。
そして二日後。
実家の裏手に、小さな小さなゲーム専門店が開店した。
手書きのポップに、母のイラスト。
お手製感が半端じゃない。
記念なので、私はyutube用の動画を撮影する事にした。
入口の看板には、『マルデリタ・ゲーム専門店』と書かれている。
商品はスウィッツとソフトと関連機器だけ。
小さな商売である。
私はカメラを回しながら、動画用に説明を始める。
「地球のみなさん、ご覧ください。ここが本日開店したマルデア初のゲーム専門店です。
とっても小さいですね。
文字通り、店の中にはゲーム商品だけが並んでいます。
店長はわたしのお母さんです。お母さん、抱負をどうぞ」
「がんばりまーっす!」
カメラを向けると、母は腕を上げて元気に答えていた。
なんとも呑気なもんである。
それから、店の営業が始まった。
私がぼんやりと眺めていると、二人の子どもが店の前にやってきた。
「ねえおばちゃん、なにこれ?」
「ビデオゲームっていうのよ。ここで遊んでみてね」
入口には新作ソフトの一つであるロッツマンの試遊機を用意してある。
母が勧めると、子どもはコントローラーを握って画面を見上げた。
「これ、どうやるの?」
「弾を撃って、敵をやっつけて進むのよ」
男の子たちはすぐに夢中になったらしく、モニターにかじりついてプレイし始める。
「あ、やられた!」
「バカだなお前。相手の攻撃を避けずに撃ちまくっても死ぬにきまってるだろ。ほら、かわれよ」
二人はかわりばんこでトライしていたが、なかなか苦戦しているようだ。
試遊機で遊べるのは、1つのステージだけ。残りは買ってからのお楽しみだ。
とはいえ、子どもに500ベル払う財力があるわけではない。
ここから、親を説得して買ってもらうまでの長いプロセスがあるだろう。
彼らはなんとかステージのボスを倒し、満足して帰っていった。
その後、スウィッツの在庫を探し回っていたお客さんに一台だけ本体が売れた。
それで初日の商売は終わり。
母もずっと店に出ているわけではなく、家の中で家事をしながらの家庭的な商売だ。
防犯魔術をかけたので、盗みの心配はまずない。
母は一台でも売れた事に喜んでいた。
商売はゆっくりと始まるのだろう。
私は先ほどの映像を軽く編集し、yutubeに投稿した。
コメント欄は、いつものように盛り上がっていた。
「可愛いお店だね」
「駄菓子屋さんみたいだよね」
「ゲーム専門店への第一歩か。感慨深いものがあるな」
「母親と仲がいいんだね」
「素敵なお母さんね。マルデアの親子関係がうらやましいわ」
みんな、可愛らしい店舗の誕生を喜んで見てくれたようだ。
しょうもない映像だったけど、日本のテレビではワイドショーで紹介されていた。
よっぽど暇なんだろうか。
ぼんやりとそんな事を考えながら、私はマルデアでの休日を過ごしていた。
それから数日後、ついにレトロゲームパックの発売日がやってきた。
ソフトが出る日には、お客さんから質問が山ほど来る。
トラブルも当然起こり得る。
私たちは社員総出で朝からオフィスに集まり、通話対応についていた。
といっても、四人だけどね。
今回は八つのソフトが入っている事もあり、ゲームの質問も多岐に渡った。
「新作を買ったらゲームがたくさん入ってたんだけど、どれから遊べばいいですか?」
「好きなものからどうぞ」
「カービアがトゲのついた敵を丸ごと飲み込んじゃったわ。痛くないのかしら」
「消化能力が凄いんだと思います」
「ドンキューキング、操作せずにほっといたら、ドンキューが自分の胸を叩いてウホウホ叫び出したんだけど。この子、情緒不安定だったりするの?」
「ゴリラはそういう生き物です」
「魔界シティの主人公、裸のまま走り回ってるんだけど。無防備すぎない?」
「鎧が手に入るので、着せてあげてください」
「グラディアスをプレイしてるんですけど、何この……。泡を吹いてくる黄土色のおじさん」
「モアイ像ですね」
宇宙空間にモアイ像が大量発生し、口から泡を吐いて攻撃してくる。
グラディアスの世界は不思議に満ち溢れている。
ファミコム時代はまだ業界も若く、いろんなメーカーがヘンテコなものを山ほど出していた時代だ。
それゆえ、個性的で愉快なゲームが多い。
おじさんが裸で斧を投げながら走り回る魔界シティもその一つだろう。
そんな変わったゲームたちに、マルデア人たちはガンガン質問をぶつけてきた。
その日は夜まで、ずっと通話対応をしていた。
「ああ、ガレリーナさん、今日でオールスターゲーム売り切れちゃってね。また発注頼めるかな」
販売店からは、ちらほらそんな声も出ていた。
「こっちもまた発注が入ったわ」
サニアさんも、デバイスを手に嬉しそうに声を挙げる。
「新作ソフトは好評のようだな」
「はい!」
その日はガレナさんたちと一階の食堂でにぎやかに食事をして、私たちは仕事を終えた。
レトロゲームパックの販売は好調に進み、第一弾出荷は早くも品薄になりつつあった。
それから、私たちは営業や客対応を中心に仕事を続けた。
平日は忙しく動き回り、余計な事を考える暇もない。
そういえば、奈良の両親にはいつ会えるんだろう。
いつまでも会えないなんて事もあるのだろうか。
そんな事を思い始めた、ある日の事だった。
私はいつものように、昼休みに一階の食堂で食事をしていた。
すると、ガレナさんが隣に腰かけた。
「リナ。少しいいかね」
「はあ。何でしょう」
彼女はいつものぼんやりした調子ではなく、少し真面目な様子だった。
「以前から研究所で上の方に申請していたんだがな。やっと一回分だけ許可が通ったのだ」
「通った? 何の話ですか」
私が首をかしげると、彼女は自信ありげに言った。
「第一研究室が所有する星間ワープの使用許可だ。
あれを使えば、君が指定した正確な位置にワープする事ができるだろう。ただし、一度きりだがね」
それは、突然の事だった。
ワープが正確に目標地点を指定できるなら、奈良の地元に降りて、誰にも知られずに実家へ直行できる。
いきなり、前世の両親へのルートが開かれてしまったのだ。




