第百八話 サナギですから
緊張感に包まれた生放送が、何とか終わりを迎えた。
「はい、オッケーっス!」
ガレリーナ社のオフィスに、メソラさんの声が響く。
「はあ。疲れたわ」
私と共に出演したサニアさんは、一気に脱力したらしい。
膝に手を当てて大きく息をついている。
「あはは、かなり緊張しましたね」
私も結構気力を使ってしまった。
一発勝負の生配信。噛んだらそのまま伝わっちゃうのが怖い。
まだまだ規模の小さいガレリーナ社は、宣伝にお金をかけられない。
ろくな伝手もない。
台本や機材などは、全部自分たちで用意したものだ。
地球からもらう販促グッズ以外は、お手製でやっていくしかないのである。
「で、反響の方はどうなの?」
席に戻ったサニアさんの問いに、ガレナさんが頷く。
「うむ、かなり良いようだ。ネットが沸いているぞ」
デバイスでSNSを眺めると、ゲームファンたちが次々にコメントを投稿している。
『新作が半端ないな。こんなのが出て来るとは思わなかった』
『今すぐやりたい。早く発売してくれっ』
『モンスターが進化するなんて、最高だろ!』
『育てたキャラを対戦させるとか、絶対やりたい奴じゃん……』
『モンスター図鑑があるんだって』
『全部集めてコンプリートして見せるぞ!』
盛り上がりは予想以上だ。
騒ぐゲーマーたちを見て、普段ゲームしない人たちも何だ何だと反応している。
話題性を作るというのは、こういう事なのだろう。
さっそく、問い合わせの通話も殺到し始めた。
「はい、発注数を二倍にですか。ありがとうございます!」
フィオさんの声を聞くに、生放送の効果はバッチリのようだ。
「後は、発売日までに出来るだけ店に置いてもらわねばな」
ガレナさんの声に、私たちはみんなで頷き合う。
ポツモンは売れる。
それはもう、社員たちの中で確信に近いものがあった。
翌日からは販売店の予約が爆増し、うちに来る発注も増えていく。
その過程で、商品への質問も相次いだ。
「スーパーレッドとハイパーグリーン、何が違うの?」
やはりというか、二つあるパッケージについてだ。
どっちを買っても基本的にストーリーや機能は一緒。
ただ、ゲーム内で登場するポツモンが少し違ってくる。
151匹全てを集めるためには、別バージョンを持つ友達と交換したり。
色々と工夫して遊ぶ必要がある。
そのあたりは公式ページや、店頭でも説明を出しておいた。
情報がネットで拡散されていくと、両方のバージョンをセットで買うお客さんも出てくる。
そういった要素もあり、予約は予想以上に伸びを見せていた。
私たちはギリギリまで出荷を続け、発売日に備えた。
発売前日の夜中には、また行列が出来たらしい。
ただ今回は以前のノウハウで、販売店がしっかり対応してくれた。
そんなわけで、私はちゃんとぐっすり眠る事ができたのである。
やっぱり、夜中にいきなり出るのは結構きついからね。
そして、迎えた発売当日。
私たちはいつものように、朝からガレリーナ社に集まっていた。
「いよいよっスね。ここまで、準備は万端っス」
メソラさんは、やり切った感のある顔をしている。
「地球の超有名作なんですよね。どんな風に広がって行くんでしょうか……」
フィオさんは、不安気にデバイスを見下ろしていた。
「まあ、最初はみんな普通のRPGとしてプレイするでしょうけど。
そのうち通信で遊ぶのかしらね」
サニアさんが思案げに宙を見上げると、ガレナさんも頷く。
「うむ。何にしろ、ユーザーの反応が楽しみだな」
前世の私も1995年に死んだので、当時のブームを直接見たわけではない。
このマルデアで、ポツモンがどんな形で遊ばれるのか。
それを目の当たりにしたいと思っている。
さあ。時刻は午前九時。
ちょっと早いけど、通話対応のスタートだ。
受付開始から早速、沢山の通話がかかってきた。
まずは、最初の選択に迷う女性。
「最初にもらえるポツモン、みんな可愛いんだけど。ほんとに三匹から一匹だけ選ぶの?」
「よく考えて、好きな子を選んでください」
進化後が気になる青年。
「このトカゲ、進化したら何になるの?」
「それは秘密です」
腹を立てる男の子。
「ライバルの子と対戦して負けた。むかつく!」
「頑張って勝てるようになりましょう」
ゲットできない人。
「草むらに出てくる鳥のポツモン、ボールを投げても捕まえられないよ」
「ちょっと弱らせてみましょう」
慌てる子。
「む、虫取り少年が勝負をしかけてきたっ」
「頑張ってください!」
理不尽に憤る人。
「虫のサナギみたいな子を仲間にしたんだけど。この子、攻撃ができないんだけど」
「そりゃもう、サナギですから……」
叫ぶ人。
「森の中で黄色いネズミみつけた! でも捕まえれなかったあぁぁぁぁあぁぁああ」
「ご愁傷様です」
悲しむ人。
「私の可愛い鳥ちゃんが死んじゃった……。お墓作ってもらえるの?」
「死んではいませんので、治せますよ」
わからない人。
「『こうか、ばつぐんだ!』ってどういう意味なの?」
「効果が抜群です」
喜ぶ人。
「水ガメでずーっと戦ってたら、なんか進化したっ! かっこいい!」
「おめでとうございます」
なんとなく、テンションの高い若年層の通話が多い。
最近思ったんだけど、ほとんど質問ですらないよね。
ただ、話を聞いてほしいだけっていうか。
サニアさんなんて、開き直ったようにため息をついている。
「ほんと、何でもない事で通話してくるわね。よっぽど嬉しいのかしら」
メソラさんも肩をすくめ、デバイスに目を落とす。
「攻撃できないモンスターに対する質問が多いっスね。サナギとか、コイとか……」
戦闘が出来る種類だけをポツモンと呼ぶわけではない。
中には、本当に何もできない種類もいる。
ただ、はねるだけ。ただ、硬くなるだけ。
相手に与えるダメージも何もない。
『君たちは一体何のために戦闘に出ているの?』
そう言いたくなってしまうモンスターが稀にいる。
でもこれは、ポツモンというゲームのコンセプトだ。
世の中には色んな種類の生き物がいる。
そう教えてくれているのだ。多分……。
そして、そういう子たちに根気よく経験値を分け与えてやると、得てして何かが起きるものだ。
そう。
サナギはいずれ成長し、成体になるのである。
そんなモンスターたちの生態を自分で調べて、発見していく事。
それが、ポツモンマスターへの道なのである。
まあ、使えないと思ってたやつが実は凄い!
っていうのは、あるあるだよね。
そして、一日の終わりごろ。
「私のメンバーは、トカゲちゃんでしょ、コラッツ、ニドルン、カタピー。どうかしら?」
「ええ、素晴らしいラインナップだと思います」
悟りの域に達した私たちは、お客さんの全ての言葉を肯定し続けていた。
「もはや、手持ちポツモンの自慢大会だな」
「でも、それだけみんな楽しんでるって事ですから。
嬉しい報告だと思いましょう」
そんな結論に何とか頷き合い、発売初日のお仕事は終わりになった。
休日の朝。
裏手のお店の前では、子どもたちが集まってポツモン一色だった。
「くそおお、岩のポツモン使いに勝てないぃぃぃ」
「トカゲの火も普通の攻撃も、全然効かないよ……」
彼らは画面を睨みながら、攻略を語り合っていた。
どうやら最初のボスで苦戦しているらしい。
ポツモンバトルは属性の相性が悪いと、かなり不利になる。
逆に相性のいい技を持っている子は、あっさりと勝って大喜びだ。
「凄い! カメちゃんの泡が岩の敵をやっつけたわ!」
「この水ガメ、そんなに強かったのかよ……」
子どもたちの中で、一気に水ガメさんの株が上がって行く。
属性の仕様を知らないうちは、一喜一憂を繰り返すんだろうね。
と、またベンチの方から騒ぐ声がした。
「おい、お前それ電気ネズミのやつじゃん! どこでゲットしたんだ!?」
「ひみつ」
「かわいい……。ねえ、私の鳥さんと交換して!」
「だーめ」
どうやら、一人の子が人気キャラをゲットしたらしい。
子どもたちは、その子の画面を羨ましそうに見つめていた。
マルデアでも大人気。さすがは看板モンスターってとこかな。
朝からポツモン一色な子どもたちのコミュニティ。
そんな中、お嬢様のマリーナちゃんはいつものようにぷやぷやの連鎖を決めていた。
うん。そういう子もいるよね。
というか、ソフトを持っていない子どもたちが凄い事になっている。
「ねえ、その子可愛くないわ。他のポツモン使いなさいよ」
「僕のゲームだぞ。ぼくが決めるんだよ」
自分が遊べないから、人のゲームに首を突っ込んでギャアギャアと口出しをする女の子。
「十九番は、コラッツか……」
デバイスで絵を描き、自前でポツモン図鑑を作っている子。
「母ちゃん、ポツモン買ってくれよー!」
「くれよー!」
またも親におねだりしている隣の兄弟。
「うるさいね、年明けに買ってあげたばっかりでしょうが!」
「もうあれから三カ月経ったぜー!」
今回はどうも、交渉は難航しているらしい。
我が家の駄菓子屋周辺は、いつにも増して賑やかだ。
マルデアでまた、新しいゲームの時代が始まった。




