29. ホテルに来た
「そろそろ着きますよ」
奈々さんのバイクで走ること、二十分。
ネオンの派手な光に照らされたホテルの駐車場に入り、チェックインを済ませる。
外見が凄く派手だったけれど、部屋の内装も凄い。
とにかく派手で、部屋の真ん中にはとても大きなベッドが一つだけ設置されていた。
「あの、もしかして、ここは……」
「はい。ラブホテルです。やっぱり、抱くと言えばここでしょう」
ホテルはホテルでも、男女の『休憩』を目的としたラブホテル。
初めて来た。
まぁ、初めてじゃなかったら、別の意味で問題なんだけど。
……あぁ、いや。入ったことはないけれど、来たことはある。
私が本当に追い詰められて、お金に困った時、私は名前も知らない初対面の男性に体を売ろうとしていた。
多分、相手はホテルを利用するつもりだった。
場所は違うけれど、そこもラブホテルだったんだと思う。
「梓様」
「はい、何で──っ──」
名前を呼ばれて振り返ると、強く抱き締められた。
急な展開に目を白黒させる。
もう奈々さんはやるつもりなのかな。抱いてと言ったのは私だけど、部屋に着いたばかりだし……まだ、心の準備が。
「とても冷たい。まずは湯に浸かって休んだほうがいい」
「え、あの……」
「私は後で大丈夫なので、梓様が先にどうぞ。ちゃんと全身が温まるまで休まないとダメですよ?」
──お楽しみは後ほど。
すれ違いざまに期待させるような言葉を囁いて、奈々さんは部屋の奥へ行ってしまった。
「……ぁ、ぅ……」
取り残された私は何も言い返せず、脱衣所で濡れた服を全て脱ぎ去る。
かなり長い時間、無防備な状態で雨に当てられていたから、体の芯まで冷え切っていると自分でもわかった。
頭からつま先までよく洗って、奈々さんに言われた通り肩までゆっくりとお湯に浸かる。
ほぅ、と息を吐き出す。
やっと落ち着けた気がする。
朝比奈さんと別れてからはずっと心ここに在らずで、動いていなくても気持ちは激しく揺らいでいた。
先に浮気をしていたのは、あっちだ。私が悪いんじゃない。……なのに、どうしてこんなに虚しいのかな。
まだ、私は私を理解出来ていない。
この一週間、身の回りで色々なことがありすぎて、気持ちの整理にまで手が回らないんだ。
だから、こんなに悩んでいる。
私は正直、今も奈々さんを完全に信じられていない。
受け入れてもいい。愛してもいい。そう思っていた恋人に裏切られた途端に、誰かに乗り移り出来るほど私は軽くない。
いや、ただ私が面倒臭い女なだけか。
自分に呆れて溜め息を吐き出す。
それと同時に納得もした。こんなに面倒臭いから、朝比奈さんは最後まで私を愛してくれなかったんだ。もっと私が良い子で、誰からも必要とされるような賢い子だったなら、結果は違ったかもしれない。
──私を愛してくれたかもしれない。
そんな『あり得たかもしれない可能性』に夢を感じて、目を閉じる。
「……もう、それも……叶わないんだな」
未練がないとは言わない。もっとこうしていれば。もっと上手く動いていれば。考え始めればキリがない。
でも、もう全ては手遅れ。
考えるだけ無駄だとわかっているのに、ふと思い出すのはあの人の顔──。
「ダメ。忘れよう」
お湯に頭まで浸かる。嫌な過去を考えるよりも、先の未来を考えたほうがいい。
これから私は奈々さんと何処かに逃げることになっている。
でも、その前に私が奈々さんを信じられるための『証拠』を示してもらわないとダメだ。
だから、抱いてくださいとお願いした。
……抱いて。って、言ったんだ……私。
今更になって、とんでもないことを言ってしまったと恥ずかしくなった。
自暴自棄になっていたのは認める。
でも、自分から名乗り出るなんて、少し前までの私ならそんな大胆な言葉は絶対に口にしなかった。
女同士って、どんな感じなんだろう。
考えれば考えるほど、ドキドキして顔が熱くなる。奈々さんだから酷いことはしないってわかっているけれど、不安な気持ちもあって、でも興味があって。
「…………もう一回、洗おうかな」
抱かれるということは、お互いに肌が触れ合うということだ。
洗いそびれたところがあったら恥ずかしいし、それで臭いと思われるのも嫌だ。
入念に入念を重ね、二度洗いした私はようやく──覚悟を決めてお風呂から出た。




