12. 約束した
一日の授業が全て終了し、私は逃げるように学校から帰宅した。
送迎はもちろん、奈々さんの運転する送迎車だ。
「あ、お帰りなさーい」
家に戻り、朝比奈さんが出迎えてくれる。
今日は早めに帰ってくると言っていた。まさか自分よりも早く帰ってくるとは思っていなかったので驚いた。…………でも、ちょうどいい。
「学校はどうだった?」
「どうもこうもありません……!」
叩きつけるように鞄を置き、珍しく声を荒げる。
「何なんですか、あれは。おかげで全生徒から変な目で見られましたよ」
「あら良かったじゃない。邪魔な羽虫が近寄らなくなって」
あっけらかんと言い切られたから、ジト目で睨みつける。
すると流石に居心地が悪くなったのか、朝比奈さんは「あはは」と笑いながら視線を逸らし、言い訳のようなものをポツポツと呟き始めた。
「いやぁ、通学で困っていたから、ちょうどいいかなって思って……朝倉家にもう一人寄越すようにお願いしたの。……それで、梓ちゃんは驚いてもらえるかなって思いまして……ずっと黙っていました。はい、ごめんなさい」
「……ったく、そのせいで全生徒から注目の的でしたよ。お金持ちが乗るような送迎車で登校する生徒なんて、学校で私だけですから」
はぁ、と溜め息を一つ。
「次からは電車で行きます。電車代も自分で出しますから」
「……うーん。それだけは頷けないわね。朝倉は武芸を嗜んでいるから、護衛としても優秀なのよ。私の目が届かない間、梓ちゃんを守るには彼女が適任だと思ったの。いくら梓ちゃんの言葉だろうと、それは譲れない」
「ここまで言っても、まだ引いてくれないのですか」
「ここで引いて、梓ちゃんに何かあったら私は一生、私を恨むもの」
──埒が明かない。
私はいらないと言っているのに、朝比奈さんは譲ってくれない。
「ねぇ、梓ちゃん。私は怖いのよ」
「怖い? ……いったい、何がです?」
──決まっているわ!
朝比奈さんはカッと目を見開き、詰め寄ってきた。
その迫力に私は気圧される。何がそんなに彼女を突き進めるの?
「梓ちゃんは可愛いのよ! とっっっても、可愛いのよ!?」
「あ、はい。それが何か?」
「馬鹿な輩が、梓ちゃんに変な気を起こしたらどうするの! そういう奴らに限って自暴自棄になっているから、貴女一人では危険なのよ。梓ちゃんは細身だから力がないだろうし、組み敷かれたら抵抗できないでしょう?」
そう言われて思い出したのは、過去に起きたストーカー事件。
あの時、私はどうすることもできなかった。逃げ続けても結局は無駄で、追いつかれて、手を掴まれて。もし近くで警察が見回りをしていなかったら、私はどうなっていたのか。
…………考えたくもない。
今となっては過ぎたことだけれど、また同じようなことが起こらないとは限らない。朝比奈さんはそれを危惧している。だからって送迎車と護衛はやり過ぎだけれど、私をあの手この手で守ろうとしてくれていることだけはわかった。
親切心を一方的に拒絶するのは、気が引けるな。
「……わかりましたよ。でも、そういう大切なことは事前に言ってください。急にやられると驚いてしまいます」
「ええ。今日のことは悪かったと思っている。次からはちゃんと言うようにするわ」
「本当ですね?」
「梓ちゃんへの純愛に誓って」
「何ですか、それ……」
そんな誓い方をされたのは初めてですよ。
やっぱり朝比奈さんは変な人だと、改めて認識した。
「──さぁ、送迎の話も纏まったことだし、準備をしちゃいましょう」
パンッと、朝比奈さんは両手を合わせる。
それだけで空気を切り替えてしまうところは、流石は女社長のカリスマだと褒めるべきなのか、それとも私が流されやすいだけなのか。多分、どちらも正しいのかな。
「準備って何ですか?」
「レストランを予約したのよ。そこは最低限のドレスコードが必要だから、悪いけど梓ちゃんも着替えてくれる?」
「…………はい?」
ドレスコードが必要なレストランと聞いて、嫌な予感しかしなかった。
絶対に高いやつだ。しかも金銭感覚が狂っていて、なぜか私を溺愛している朝比奈さんのことだ。最高級とか言い出すに決まっている。
最低限の、とか言っていたけれど、かなり本気で着飾らないと店に入ることすら許されないやつだ。
しかも、私にはそれ以前の問題がある。
「ドレス、持ってないです」
庶民の中で、ドレスを持っている人は少ない……と思う。
朝比奈さんは当たり前に持っているんだろうけど、簡単に浪費できない庶民からすれば、ほとんど使わないドレスは基本必要のない物だ。
もし使う機会があるとしたら、いつだろう?
たとえば知人の結婚式に参加する時……? むしろ、それ以外に思い浮かばないな。
「昔着ていた私のドレスを貸してあげるわ。折角だからお化粧もしましょう。美容室を予約しておくわね。とびきり可愛くしてもらいましょう」
と、スマホ画面を操作しながら、朝比奈さんは順調に準備──と言う名の『逃げ道』を埋めていく。
「あの、私……作法とか知らないです」
「そうだと思って個室を予約したわ」
「あまり高級なところは、お金が」
「私が出すわよ。当然でしょう」
「どうして急にレストランを?」
「梓ちゃんの歓迎会に決まっているじゃない」
「……昨日もやりましたよね?」
「歓迎会二日目よ」
だめだ、何を言っても躱される。
ちなみに昨日はとても豪華なお寿司を出前で頼んでいた。上トロが沢山並んでいる煌びやかな光景は、もう二度と目にすることはないと思いたい。
「朝比奈さん。さっき誓ったこと、覚えておいでですか?」
「うぐっ……あ、あれはぁ……ほらっ、レストランの予約は誓う前に決まっていたことだし、これはノーカンよ、ノーカン! …………はい。誠に、申し訳ありません」
ジト目で睨み続けていたら、今度こそ朝比奈さんは肩を落とした。
その姿は恐怖に怯えた小動物にそっくりで、普段の様子を見ている私は小さく吹き出した。
……あ〜やめたやめた。ずっと怒っているのは私の性に合わない。
「もう怒りませんから、歓迎会は今日で終わりにしてください。あまり豪華すぎると萎縮してしまいます」
苦し紛れの言葉が、今の私にできる最大の抵抗だった。
でも、はっきりと言ったことで、こっちが本気で言っていると伝わったようだ。朝比奈さんは神妙な顔になって、渋々頷いた。
「もっと祝いたい気持ちはあるけれど、梓ちゃんに気を遣わせるのも避けたいわね。わかった。次からは普通にするわ」
「本当に、普通ですよね?」
「ええ……ちゃんと家でご飯にするように気を付けるわ。でも、たまに部下を家に招くことはあると思うから、その時は豪華になるけれど、許してくれる?」
「絶対に嫌だとは言っていません。豪華にする時は事前に言っていただければ、私も覚悟を決められるので」
「それじゃあ、毎日事前に言えば──」
「却下」
「…………はい」
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