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怖いボクサー エピローグ

 二か月後。


 水沢は日本タイトルマッチのセミファイナルで試合が組まれていた。

 と言っても、水沢の人気や実力によるものではない。対戦相手が日本ランキング8位の選手だからだ。


「しょっぱい試合した怪我の功名ですね」

 と水沢は笑う。前回の試合が、勝ちはしたもののパっとしない内容だった為、けっこう試合のオファーが来たのだそうだ。危険の少ない相手と思われたのだろうと。


 第一ラウンド。

 左構え(サウスポー)の水沢に対して、相手の日本ランカーは右構え(オーソドックス)。まずは軽く互いのジャブを刺し合う。

 しかし、開始10秒で早くも試合が動いた。

 

 相手が踏み込んで右ストレートを強振してくる。

 それに軽く左ストレートを合わせる水沢。クリーンヒットはしない。左手が相手の頬を掠めた。

 しかし、それで相手の返しの左フックの力が削がれる。

 それをブロックすると水沢はダブルで左ストレート。そして左アッパーまで返す。左の三連打だ。

 そのまま接近戦で膠着し、一旦レフェリーが二人を分けた。


 対戦者のワンツー。水沢はジャブを被弾しつつ右ストレートは、芯を外す。そのまま接近戦になり、互いにボディにいくつかクリーンヒットが入った。


 少し膠着した所で、再びレフェリーに分けられる。

 今度は左フックからの右ストレート。水沢はブロックで凌いだ。そこから中間距離での打ち合いになる。互いにいくつか被弾するが、その中で、水沢の左ストレートがこの試合初めてクリーンヒットした。


「よし!」

 リングサイドで観戦している世良と所沢、そして仲川が声を上げる。

 社長と初めて対面する所沢は、随分緊張していたのだが、試合が白熱するにつれ、それを忘れてきたようだ。


 再びレフェリーに分けられ、一旦睨み合いになる。


 しかし、アグレッシブなのは対戦者。ジャブの連打から、徐々に距離を詰めて来る。


「流石だな。入り方が多彩ですね」

 と所沢。

「誰かみたいに、強引に右から入り続けてくれたら、いいんだけどな」

 と世良。その対策は十分に立てているからだ。

「逆に言えば、強引に入れなくなったってことですよね?」

 仲川が、なかなか鋭いことを言う。

 対戦者は明らかに、不用意に飛び込むことを警戒して来た。言い換えれば、不用意に飛び込むのは『怖い』と思ったのだろう。


 そこで歓声が上がった!


 対戦者の左ジャブを潜って水沢の左ストレート、そして返しの右フックがクリーンヒットした。

 たまらず下がる対戦者を、右ジャブを突きながら、丁寧に水沢が追う。そしてロープに詰めて接近戦になった。


 ここは勝負所と見たのか、相手も応じる。

 互いに手を出し続けているので、レフェリーもブレイクをかけない。

 歓声が盛り上がった所で1ラウンド終了のゴングが鳴った。

 好ファイトに拍手が自然発生する。


「いやぁ、素晴らしい!」

 仲川も興奮気味に拍手をした。

 

 2ラウンド以降も好ファイトが続きつつ、徐々に均衡は水沢優勢に傾いて来た。

 実力は伯仲している。しかし、想定通り戦う水沢に対し、中間距離で予想外の抵抗を受けた対戦者は、軌道修正を余儀なくされ、消耗が見えてきた。


「恐怖とワクワクの定義、面白いですね。

前に話していた広告と黒板の話と一緒だ」

 仲川が言った。

 試合は6ラウンド終了のインターバル。

「えっ?」

 唐突なことで、世良は理解が追い付かない。

「パーソナルトレーニングは、他人とマンツーになる。広告ではその不安、要は恐怖ですよね?それが拭えない」

「はいはい」

「でも実際のトレーナーが直接『やって見ませんか』と話せば、その恐怖が消え、元々あった興味から期待感、つまりワクワクに変わる。そういう理屈になりませんか?」

「なるほど!意識してませんでしたが、一緒ですね!」

 世良が膝をポンと叩いて同意した。


「結局は人の心理なんだよなぁ。。私も色んなコンサルティングをしてきましたが、結局最後は人の心理を『動かす人』で決まるんです。。」

 仲川がそう呟いた所で、7ラウンド開始のゴングが鳴る。


「色んな意味で、私もワクワクしてきましたよ」

 と仲川。

 一緒にここまで観戦して、ようやく世良は気が付いた。仲川は意外にボクシングが好きなんだろう。

 スポーツ用品店の社長を捕まえて『スポーツ観戦が好きなのが意外』と言うのも変な話だが、直接関わるまではそんなイメージは全く無かったのだ。


「次の水沢さんの出る興業にウチから勝利者賞を出しましょう。まずはメインイベント10万で、4回戦は1万ぐらいかな。。。詳細は任せますので、相場調べて提案を作ってください」

 仲川は試合から目を離さず言った。

「すげぇ!ありがとうございます!」

 と自分事のように、はしゃぐ所沢。


 一際大きな歓声が上がった。


 水沢の左ストレートがカウンターが決まったのだ。

 ふらついた相手をロープに詰めて連打を仕掛ける水沢。徐々に反撃の力が無くなり、レフェリーは腕を交差した。

 ゴングが鳴り響き、水沢の勝利が場内にアナウンスされた。



お読みいただき、ありがとうございます。

この後も連作短編の形で続く予定です。よかったらまたご覧ください。


■内容についての補足

ここ数回、ビジネス寄りの話が多かったので、久し振りにトレーナーメインの話を入れてみました。

基本的に本作は極力、各エピソードだけで完結するようにしているのですが、この回は一部別話と関連があります。以下も参照いただくと、より内容が入ってきやすいかと思います。


・やる気の技術:ワクワクの定義

・根性の作り方:水沢、阿部の登場回

・ 泳げるまでの壁:恐怖についての議論

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― 新着の感想 ―
ビジネス寄りのお話も凄く面白かったのですが、こちらの路線もやっぱり良いです! と言うか、トレーナーの物語として見ても過去の作品と比べ、異彩の輝きを感じます。 単に「鍛える」と言うのみならず、世良さん…
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