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怖いボクサー 言語化

 世良がジムの最寄り駅に着くと、既に所沢が改札前で待っていた。いつもここで待ち合わせをしているのだ。

「悪い。お待たせ」

「いえ、自分も今来た所です」

 お決まりの挨拶をかわしつつジムに向かう。その道すがら世良は仲川社長が言っていたことを共有した。


「チャンピオンですか・・・湯川ジムは阿部さん以降誰も出ていないですからね。。。」

 湯川ジムとは、世良達がフィジカル・コンディショニングトレーナーとして契約しているボクシングジム。阿部はそこのチーフトレーナーで、元ミドル級の日本チャンピオンだ。


「水沢君がそこまで行ってくれると一番いいんだけどな。お前から見てどう?見込みは?」

 世良が聞いた。水沢は所沢と高校のボクシング部で一緒だったプロボクサーだ。当初は彼個人でフィジカルトレーナーの依頼に来たのだが、なんやかんやでジム全体との契約に発展した。

 世良達が関わってからの水沢は3連勝で好調を維持している。通算も12戦7勝(4KO)4敗1引き分けと勝ちが先行しており、ライセンスもA級に上がっていた。


「なって欲しいですけどね・・・上はバケモノみたいなのいっぱいいますから。。。」

 アマチュアとはいえ自身がボクシングをやっていた所沢は、冷静な判断をする。

 水沢は現在数字上は3連勝だが、会心の2連続KO勝利の後に挑んだ初のA級の試合は、からくもの判定勝ちだった。連勝を重ね、クラスが上がれば注目され、対策もされやすくなる。

「だよなぁ・・・でも、ここまで関わったら、上には行って欲しいよな」

「もちろんです。チャンピオンになりたくないボクサーなんていませんから」

 そんな話をしているうちにジムに辿り着いた。

 

 着いて早々二人はチーフトレーナーの阿部とミーティングをする。だいたいプロの選手達が来る1時間ほど前に来て、ミーティングをするのが通常のルーチンとなっているのだ。


「チャンピオンですか。簡単ではないですが、スポンサーは魅力的ですね」

 阿部が腕を組んで複雑な表情をして唸った。

「まぁ、チャンピオンなんて作ろうと思って作れるものではないので、地道に出来ることをやっていくだけだとは思うんですけどね。一応モチベーションにでもなればと思って共有した次第です」

 世良が言う。

「いや、ありがたい話です。そうだな・・・」

 阿部は少し考えた。そして言った。


「だからというワケではないんですが、ちょうどご相談、というかお願いしたいことがありまして」

「なんでしょう?」

 世良が少し前のめりになる。

「水沢なんですけどね。お陰様で一番の弱点は克服しました。しかし、それだけでは上には行けない。ご存じの通り、直近の試合ではかなり研究されてまして」

「ですよね。思うような距離で戦わせて貰えなかった」

 答えたのは所沢だ。


 水沢は元々アマチュアのテクニシャンで、距離を取ってのアウトボクシングやカウンターを得意としていた。そこに苦手だった接近戦の強化をしたことで、勝ちを重ねるようになった。

 しかし、直近の試合はつかず離れずの中間距離での打ち合いになり、かろうじて勝ちはしたものの、より地力の強い選手にこれをやられたら厳しいだろう。


 離れた距離は技術とセンス、接近戦は技術と根性と体力がものを言う。しかし中間距離、即ち、お互いに致命傷を負いやすい場所に踏みとどまっての殴り合いは、より原始的な戦いになる。純粋な闘争本能とケンカの強さがものを言うのだ。


 所沢の意見に頷いた後に阿部は続ける。

「本来、中間距離なんてお互いに危ないので、積極的にやる戦法じゃないんです。よっぽどセンスと強打とタフネスに自信がある者しかできない戦法です。でも、水沢はそれをやられてしまった」

「なめられてると?」

 やはり所沢が言った。ボクシングに関しては彼は世良が言いにくいようなことをハッキリと言う。

「そうです。お陰様で水沢は、対戦相手として『嫌なボクサー』にはなりました。でも『怖いボクサー』じゃない」

 阿部の言葉に所沢が深く頷いた。


「パンチが弱いということですか?」

 一人まだ要領を得ない世良が聞いた。

 今の水沢は、決してフィジカルは弱くない。ベンチプレスもどんどん伸びており、先日80kg挙上に成功した。

 ライト級(規定体重約61kg)の選手としても、そこそこ強い部類に入るのではないか?


「弱いというより、怖くないんです。なんというか・・・色々あるんですよ。『コイツはヤバイ』と思う選手というのが。水沢にはそれが無い。だから、相手に『コイツなら中間距離でケンカすりゃ勝てるかな』って思わせてしまう」

「わかります!」

 所沢が同意する。

 しかし、感覚的な言葉なのでやはり世良は要領を得ない。

 その様子を見て阿部が言った。


「よく分からないでしょ?お願いはそこなんです」

 阿部は世良の目を見る。そして言った。


「世良さんに、そこを言語化して欲しい。『水沢は怖くない』というのは私の感覚の言葉なんです。でも、それじゃアイツは強くなれない。根性の時みたいに『怖い』の世良理論を作ってもらえないでしょうか」


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