泳げるまでの壁 エピローグ
会議を終えた世良は、佐々木と一緒に新港北台店に帰る。
本来なら世良のデスクは本社にあるのだが、店舗でいくつかロールプレイしながら、更に構想をまとめたいから・・・というのは建前。本音は、まだ本社にいるより、古巣で作業した方が、仕事が捗るからだ。
「いや、思ったよりボロボロだったな」
帰り道、世良は佐々木に言った。
「そうですか?結構、実現出来そうじゃないですか」
佐々木が言う。
「おかげさまでな。でも、散々突っ込まれた」
世良はため息をついた。
あの後も、汐野からは様々な懸念点を指摘され、渡辺からはインフラの検討の甘さを突っ込まれた。
世良は、指導見本の動画は、お客様に持参頂いたメディアにコピーしてあげる程度に考えていたが、それだと流出対策がザルすぎる。面倒でもここは、会員登録した人が、購入した動画を閲覧するようなサイトの構築した方が良いとのこと。
そんな感じの指摘を、他にも様々頂いた。
「突っ込まれる為の会議でしょ?いいことじゃないですか」
「冷静だな。その通りなんだけどな」
こういう企画の第一案は『叩き台』と言われるように、叩かれる為にある。一人が考えた案には穴があって当然なので、大勢に叩かれた方が良いものが出来るのだ。
今日はそういう会議だった。
「しかし、頭で分かっていても、実際に色々突っ込まれると、精神的にはダメージ来るものなんだよ。お前も、そのうち嫌というほど分かるぞ」
世良は少し嫌みったらしく言う。
「肝に銘じておきます。ただ、これはお世辞じゃないですが・・・」
「なんだよ」
「みんなから、忌憚無く色々突っ込んで貰えるってのは、能力だと思います。室長殿の人望ですよ」
「言うねぇ」
世良は、ここで初めてニヤリと笑った。
「店長殿にそう言って貰えたなら、そういうことにしておきますか」
ー後日ー
通勤電車の中で、世良の脳内は、いくつかの単語が箇条書きのように並べられ、そして、めまぐるしく並べかえられた。
・声掛けの低下→提案力の低下
・信頼構築の手段
・町のスポーツ用品店
・設備が無い競技も指導出来る
・指導の中での自然な商品提案
いずれも、社長に響きそうなキーワードとして考えたものだ。
これをプレゼンの中で、効果的に織り混ぜたい。
プレゼン台本自体は考えてあるのだが、説明の順番にはまだ推敲の余地がある。
やっぱり緊張する。
四半期に一つ提出と言われている、新たな営業戦略の提案を、早々に提出するのだから叱られるはずもない。
しかし、まだまだ社長という人間の人となりが掴めていないので、どうしたって未知に対する恐怖心は湧いてくる。
本社についてからも、頭の中で推敲は続けられた。
会議室の前を通り過ぎた時、ふと先日の会議のことが思い出される。
古田の号令で、みんなで空中を泳ごうとした時の様子が頭に浮かび、世良は小さく吹き出した。
(泳ぎ出す為には、恐怖の壁を越えなければな)
世良は一つ深呼吸して、社長室のドアをノックした。
了
お読みいただき、ありがとうございます。
この後も連作短編の形で続く予定です。良かったらまた、ご覧ください。




