環境が変わる時 エピローグ
その電話を取ったのは、ほんの二日前のことだ。
世良が出ると、相手は高田常務だった。
「本当は電話で話すようなことじゃないんだが、お前に異動の話があるんだ」
高田が言った。
「他店ですか?」
「いや、新設部署なんだ」
「新設ですか・・・」
世良はまだ現実感が無い。
「今度新設する社長室。そこの室長だ。まぁ室長と言っても、社長室のメンバーはお前一人なんだけどな。1年ぐらいしたら部下もつける予定だ」
「社長室?!・・・何するところなんでしょう・・・」
ここで初めて世良の声が動揺した。
「新社長のサポートだ。連れてきた役員の他に、生え抜きのベテランの味方が欲しいらしい」
「はぁ・・・」
「社長のオーダーだと、現場で売上を作った実績があり、広く浅くでいいから広範囲に会社のこと知っていて、考えが柔軟なヤツって感じでな。お前が適任・・・というか、お前ぐらいしかいないんだ。もちろんお前の意志も尊重はしなければいけないんだが、断られたら正直オレが困る!どーーーーしても嫌だというんじゃなきゃ受けてくれ!頼む!」
高田にそうまで言われたら、世良は覚悟を決めざるを得ない。
しかし、まだ頭が付いてこない。世良は現実感を取り戻す為に、なるべく具体的なことを考えた。
「一旦は分かりました・・・ただ、スケジュール感はどんな感じなんでしょう?」
「そうだよな。オーダーはなるべく早くとのことなんだが、そんな急には出来ないのも分かってる。そこは交渉次第だ。なんせ、詳細は何も決まってない部署だから、逆に上手く社長と交渉して決めてくれ」
と高田は言う。
その後、いくつか沸いてきた質問事項を確認した。ただ、ほとんどのことに関して、具体的な物はこれからとのこと。とにかく『役職が上がるほど、自分の仕事や条件は自分で決めるものだ。そこは交渉してくれ』だそうだ。
そして急遽本社に出向いて、新社長と面談してきたのがつい昨日。
様々な話をし、いくつかの宿題をもらいつつ、週1回はトレーナーの現場に出ることの条件は勝ち取ってきた。
そんな概略を、世良は後藤に説明した。
「いや、それ、間違いなく栄転でしょ!」
後藤は言った。そして続ける。
「世良さんが出世するなら、私も都合がいい。会社対会社の話もしやすくなる」
なんでも、それまで話していた後藤の会社の新人対応の教育を、いっそのこと世良に外注したらどうかと考えたらしい。
「ともかく、今度お祝いに寿司でも食いに行きましょう」
そう言って、上機嫌で後藤は帰って言った。
(やっぱり、この居場所はしばらく必要だ)
世良は思った。
本来、サービスを提供する側なので、大っぴらに言うことではないのだが、クライアントから元気やヒントを貰うことは少なくない。
今回、後藤と話した様々なことは、自分の気持ちの切り替えや、思考整理にピッタリとハマるものだった。
何よりも、一人で考え込むよりも、話をする相手がいるというのは、随分と安心感がある。
まったく先が何も見えない新しいことをする条件として、時折この居場所に帰って来て頭をリセットする権利は、世良にとって、どうしても外せないものだった。
(ただ、早く社長室にも居場所を作らないとな)
世良はバックヤードに入り、ノートPCを開いて、社長から出された宿題の資料作成に取り掛かるのだった。
了
お読みいただき、ありがとうございます。
この後も連作短編の形で続く予定です。よかったらまたご覧ください。
■内容についての補足
この話に限らずですが、このシリーズはマネジメントに対して露悪的に書いていることが多いです。
筆者としては、マネジメントを全否定するつもりはありません。
ただ、今の社会はマネジメント用語を筆頭に、人を説教する言語化は多いものの、それに反論する為の言語化が少ないように感じています。
説教する側は他人が作った便利な言葉で説教し、される側は納得していないのに、なんて返していいか分からない。その結果、管理者と現場の溝が深まるだけ・・・そんな現場を目にすることが、年々増えていると感じています。
なので、他人が作った言葉で説教・管理される側の「納得できない感」を言語化したいなと思って、こんなスタンスを取っております。
悪しからず。。。




