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環境が変わる時 居場所

  外に出ると決めたものの季節は冬。室内着ではさすがに走れない。後藤はウインドブレーカーを素早く選び、購入していった。

「どうせ新調するつもりだったので、目星は付けてたんですよ」

 とサラリと言う。


 世良が購入品のタグを切り、後藤がそれをそのまま上に羽織って二人は外に出た。 

 走る前に大きく息を吸い込むと、冷たく乾いた空気が鼻腔を突き抜ける。

「いやー気持ちいいな」

 後藤が背伸びをしながら言った。

「走る人は、この空気が好きな人多いですよね。私もちょっとテンション上がります」

 世良が答えた。長距離のシーズンは秋から冬。今は走り込みの時期なのだ。熱中症を警戒しなければいけない夏と違って、好きなだけ走ることが出来るこの季節は、ランナーにとっては、何とも言えない開放感がある。


「さて、どこ走りましょう?クリスマス気分でも味わいます?」

「悪くないけど、男二人でイルミネーションもな。。いつもの公園でいいんじゃないですか?」

 後藤が言った。『いつもの公園』とは世良がランニングセミナーを定期開催している馬彦運動公園だ。

 そこなら店舗から近いし、1周1kmの周回コースが取れるので、走るには程よい。

 しかし・・・


(なんか悪いですね)

 世良はそう言いかけて言葉を飲みこんだ。

 後藤は世良のランニングセミナーの常連でもあるので、この公園は度々走っている。わざわざパーソナルトレーニングに来てエアロバイクと、いつもの公園で走るというのは、感覚的には申し訳ない気がする。このトレーニング自体は特にお金をかけなくても出来ることなので。

 しかし、後藤は『話をしたい』と言っていた。目的はそれなのだから、今日はトレーニング内容ではなく、要望に見合う話をしなければと頭を切り替えた。そして、走りながら話す内容を整理する。


「ちょっと話は戻るんですが」

 店を出て軽くジョギングをし、公園に差し掛かった所で世良が口を開いた。

「何でしょう?」

「先ほどおっしゃられてた『居場所』って話。あれが本質な気がします」

「そんな話したっけ?」

 後藤が一瞬考える。

「『職場に居場所が無いうちは、旧友という居場所は必要なんだろう』って話です」

「ああ、はいはい!」

 後藤は思い出したようだ。


「自分を鑑みるに、私はウチの店舗に出勤するのってノーストレスなんですよ。もう家みたいなもんですから」

「そんな感じだよね。半分住んでそうだもんね」

 後藤が笑う。夜のランニングセミナーが終わってからも、世良が店舗に戻る様を何度も見ているからだ。

「実際そんな時もありました。帰るより店で寝た方が楽なんで。。。でも、今時は店に泊まると人事に怒られるんで帰ってますが」

「分かるなぁ。自分もかつては夜ミーティングや研修して、そのまま泊まったこと何度もあります。特に路面店だと夜間作業申請とか気にしなくていいんで」

「ですよね!」

「で、なんでしたっけ?」

 後藤が話題を戻す。世良とは境遇が重なる所があるので、話が脱線しやすい。


「えっと・・・居場所です。もう自分の店なら家みたいなんですが、やっぱり本社に行くと緊張するんですよ」

「うん。それも分かる」

 後藤は今度は話を広げなかった。おそらく聞き役に回らなければ、どこまでも話が発散する気配を察したのだろう。

「慣れないといけないんですけどね・・・でも、そう頭で分かっていても、やはり本社は他人の家な感じがするんです。新人はずっとこういう、他人の家のような居心地の悪さを感じているんだろうなと」

「なるほど。それを自分の家に変えられる人は残る。しかし変えるのに苦労する人は・・・ということですか」

「はい。もちろん全ての環境を家にする必要はないんです。私の本社と店舗みたいに、本社でストレスを感じても、店舗という帰る家があれば、なんとか気持ちは持つんですよ」

「はいはい。帰る場所が職場のどこかにあればいいってことですね。逆に帰る場所がリアルな家や旧友しかなければ、そりゃあ退職もしたくなるってことか。流石、分かりやすいですね」

 後藤がの言葉遣いが敬語になる。このように世良と後藤の会話は、言葉遣いがコロコロ変わる。世良は接客する側なので基本的に敬語は崩さないのだが、後藤は雑談の時はフランク、何か教えを受けている時は敬語になる。

 だから後藤の言葉遣いは、話が響いているのかどうかの判断基準になると、世良はひそかに思っていた。


「しかし、居場所を作ってやるってどうしたらいいんでしょうね。部活とかかな?」

「そういうのに積極的に参加する風土があるなら、それもアリだと思います」

「うーーーん、無いな・・・」

 後藤が自虐的にカラカラと笑った。

「今時はそうですよね。ウチも部活はあるにはあるんですが、退職防止にはなっていません。任意参加なので、放っといても辞めなそうなヤツらしか参加しないんです」

「やっぱり。何か他に有効な成功事例みたいなのあります?」

「正直、狙ってやったものにはないです。でも相手が新卒で、かつ『居場所』ってキーワードで考えると、案が無くも無いかなと」


 そこまで話して、世良は気持ち、走るペースを落とした。

 話がノってきて興奮状態になると、無意識にペースが上がるからだ。


「興味深いですね」

 少し息が上がっていた後藤が、呼吸を整え、話の続きを促した。


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