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スランプ色々 エピローグ

「今回の件で思ったんですけど、ひょっとして、オレ達が余計なスランプ作ってるんじゃないですかね」

 所沢が言った。少し酔っているので、長澤や世良に対しても少し言葉遣いが雑になっている。

「主語は何だよ?誰のスランプのことだ?」

 世良が突っ込む。所沢自身のことなのか、アスリートのことなのか、言葉足らずなのでよく分からない。


「んー、全般です。でも、どちらかというとアスリートの方かな?」

「その心は?」

 世良は面白がって喋らせる。

「オレ達は、体幹だの、軸だの、分かったような分からないような言葉を流行らせるじゃないですか。その中にはたいして意味の無いものもあれば、人によって定義が違うものもある。そして、言葉だけが一人歩きして、間違って使われる場合もあります。言う方の人は、よく考えず感覚的に使っていても、山中さんみたいな真面目な人は、それによって迷うわけで」

「いっそ、そんな言葉は無いほうがいいと?」

「はい!『Don’t think! feel!(考えるな!感じるんだ!)』ですよ」

「なんで、そっちを知ってるんだよ」

 世良がケラケラ笑う。この言葉自体は有名なので、若者が知っていてもおかしく無いが、所沢は元ネタである、古い功夫映画俳優の顔真似までしたからだ。


「ボクシング部の顧問が好きだったんですよ。よく言われました。『試合の時は、ただ相手の目だけ見てろ。普段ちゃんと練習してたら、それで体が勝手に来るパンチを予測して、勝手に動くから』って」

 所沢は、おそらくその顧問のモノマネをしていたのだろうが、当然、世良にも長澤にもそれは分からない。


「なるほどな。山中さんに言ってたのは、その応用か」

 世良が思い出したように言った。

「はい!彼女は真面目で考えすぎだと思ったんです。打席に立ってもきっとそうなんだろうと。それじゃ勘が働かないし、咄嗟に体が動きません」

「でも、真面目な人に『考えるな』と言ったら余計考えるよな」

 世良が所沢に、気持ちよく話させる為のパスを出す。

「だから、シンプルに『首を楽にして両目でピッチャーを見る』というアクションを提案したんです。実際首はガチガチだったんで」

「単純な引き算じゃなくて、1を足して10を引く感じだな」

「そういうことです!知識は足すより引く方が大事なんじゃないでしょうか!世の中、余計な知識や言葉が多いんですよ」

 所沢は得意気だ。そんな所沢を見て世良はまたケラケラと笑う。


「いや、それは暴論だぞ」

 世良につられて笑っている戸塚に対して、長澤がたしなめた。

「お前のスランプは世良の言葉で氷塊しただろ。知識や言葉は使いようだよ」

「はい!すみませんでした!」

 半分ふざけて謝る所沢を、長澤は注意しかけたが世良が目で制した。

 そして、自分のグラスが空いたことを口実に追加注文をする。


「すみません!トイレ行ってきます!」

 ちょうどよい間が出来たタイミングで所沢が席を立った。


「あいつ、けっこう酒弱いんだな」

 世良が笑って言った。

「忘れてたよ。飲み会なんて、今は気軽に出来ないからな」

 長澤がため息を付く。

「出来ると便利なんだけどな。飲み会は昭和・平成のブレストだよ」

「新港北台はやるの?」

「いや全然。セカンドの佐々木とたまに飯に行くぐらいだね。それもラーメンとか牛丼だよ」

「だよな」

 長澤がまた、ため息をついた。


「お前もスランプなんだろ?」

 世良が冗談とも本気ともつかない顔で言った。

 長澤は少し考えてから言った。

「だな。というより、気分的には店長になってから、ずっとスランプだ」

「何していいか分からない?」

「うーん。仮にも店長がそれは言っちゃいけない気がする。何かはしてるよ。でも、今やっていることが正しいか分からないかもしれない」

「あーーーーーー!それ、すっげーーーー分かる!」

 世良が絞り出すように共感する。


「お前がか?絶好調だろ?」

「一面ではな。でもさ、今回の所沢の件だって、青田の躍進は無関係では無いと思うんだ。かつては一緒にクレーム起こした同期が、今や会社の顔みたいになってるだろ。そりゃ焦って空回りもするよ」

「やっぱりそう思うか。お察しの通りだよ」

「悪いな・・・」

「別にお前のせいじゃないだろ」

「そう言ってもらうと助かる。本店のスタッフを引っ搔き回していることを、いつか詫びようと思ってたんだ」

 世良は青田の広報活動に様々関わっている。ただし、それは社命なので彼のせいではない。そして、その因果での今回の戸塚のことも彼のせいではない。それは長澤も分かっている。


「そんなこと考えてたのか」

 長澤が呆れたような、安心したような表情で言った。

「ああ、こんなことは、さっさと話せば済むのにな」

「そうなんだよ。以前は飲み会でやってたような話を、今はタイミングが作れずに、なかなか話せないことってオレもある」

「やっぱ、たまに飲みに行くか。店長だけででも」

「たまに飲み会やると、だいたいその結論になるよな」

「はっはっはっ。そうだな。でも『お互い老けたな』とか言い合うのは止めておこうな」

「確かにな。はっはっはっ」

 長澤は、ふうと大きくため息をついた。

 それを見て世良も一息つき、大皿に少しだけ残った冷めた焼き鳥を自分の皿に取った。そして空いた大皿を重ねていく。


「お待たせしました!あれ、同期でしんみりしてます?」

 所沢が慌ただしく帰ってきた。


「ああ。店長ならではの悩みを相談してたんだ」

 と長澤。

「苦労掛けます!」

 テーブルに額をこすりつける所沢。

「ウチの店長の悩みも解決してやってください!」

 間髪入れず世良にからむ所沢。


「いや」

 長澤が言った。

「もう解決してもらったよ」



お読みいただき、ありがとうございます。

この後も連作短編の形で続く予定です。よかったらまたご覧ください。


■内容についての蛇足

このエピソードは、ほとんど自戒です(^^;

こんな蘊蓄系の話を書いていることからお察しの通り、かつて所沢の中堅病のような失敗は山ほどしたことがあります。

だから、このシリーズも「ただの知識の羅列にならないようにしなければ」と気をつけています。

そう出来ていればいいですが・・・

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― 新着の感想 ―
御田さん、今回のエピソード、全体として凄く面白かったです。 特に55話と57話はうなりました。 トレーナーという職業の特殊性を越えた普遍的な要素を感じます。 こんな指摘をしてくれる先輩、中々いませんよ…
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