スランプ色々 バッティングと体幹
件のクライアントは21歳、女性。大学でソフトボールをやっている。希望は体幹トレーニング。
「しかし、目的はバッティングの打率向上とありますね。飛距離とかじゃなくて打率なのか」
「ちょっと気になるよな」
世良と所沢はPCの事前アンケート情報を見ながら話している。
「体幹と打率、関係無いとは言いませんが、少し遠い気がします。『体幹トレーニング』ってのは、ただ書いてみただけで、実際の要望はフィジカル全般なのかな?」
所沢が意見を出す。
「その線もあるよな。それは最初にヒアリングした方がいいな。でも・・・」
「でも?」
「今調べたんだけど、この大学、けっこう強豪なんだ」
世良はPCとは別に、自分の携帯で調べながら言った。
「へぇー、じゃあコーチとかもいますよね?たぶん。それにイメージですけど、大学の強豪校って練習ハードですよね。フィジカル弱いなんてことは無い気がします。わざわざ他所でトレーニングしたいってことは、何か体幹に特別な課題を感じているのか・・・」
「ちょっと分からないよな」
「はい」
首を傾げる所沢に対して、世良はニヤリとした。
「ひょっとしたら・・・彼女も分からないのかもしれないぞ」
「ということは・・・」
世良は一旦深く頷いてから言った。
「スランプなんじゃないかな?」
その女性、山中は予約時間の少し前に来店した。初回の受付に対する応対を見るに、律儀で真面目そうな印象を受ける。
「体幹トレーニング希望とのことですが・・・自分で体幹弱いと感じます?それとも指導者の方から鍛えるようにと指示されたのでしょうか?」
ソフトボール部の普段の練習や、指導者の存在を確認した後、所沢は一歩踏み込んで質問した。
「はい。ちょっと打撃が不振で、コーチや仲間に見てもらって色々アドバイス貰っているんですけど、軸がブレているって指摘をされ、体幹が弱いんじゃないかと」
山中はハキハキと答えた。表情は運動部で培ったと思われる明るさがあるが、内心はかなり悩んでいることが伺える。
「不振と言うことは、前は出来ていたことが出来なくなったってことでしょうか?いわゆるスランプ?」
「そうなんです。キャプテンなのに、これじゃいけないんですが・・・」
山中は軽くうなだれる。
ある程度のポジションにいるのでは?と想定はしていたが、まさかキャプテンとは。。。きっと藁にもすがる思いなのだろう。
それを受けて所沢は気を引き締め、そして慎重になった。
所沢は、かつて友人のボクサーの悩みを受けている時の、世良の言葉を思い出していた。『専属の指導者の意に反するトレーニングをしても効果がないばかりか、逆に選手を迷わせてしまう』と。そこには最新の注意を払わなけらばいけない。
「そうなると・・・すみません。単純に一般的な体幹トレーニングをすると逆効果になるかもしれないので、もう少し詳しくお話を聞かせてください」
「そうなんですか?」
「はい。そもそも『体幹』って人によって定義が違うんですよ。腸腰筋、腹横筋といった具体的な筋肉群を指す場合もあれば、『腹圧を掛ける』とかの技術に重きを置く場合もあります。先ほどおっしゃられたように『軸』という概念的な意味で使われる場合もあります」
説明してから、所沢は山中の顔色を伺う。
(やっぱり専門用語多いかな?でも相手はアスリートだし・・・)
山中は顎に手を当てて考えている。
「それでいうと・・・やっぱり『軸』になるんでしょうね。。。それだと、いわゆる体幹トレーニングは意味ないのかな・・・」
考えつつも、なかなか鋭い見解が出来ている。戸塚の説明はしっかり伝わっているようだ。
「分かりました!」
山中が少し不安そうな顔をしたのを見て、戸塚は意図的に笑顔を作って即答した。
彼女は一瞬、ポカンとする。
「そうしたら、先に今日の方針をご説明させてください。ただし、これは絶対ではありません。もし、部の指導者の方と違うことを言っていたら、おそらく、指導者の方の方が正しいです。だから、疑問に感じたことは遠慮なくおっしゃってください」
「・・・はい。お願いします」
山中は、あっけにとられつつ、少し笑みがこぼれた。




