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令和の夏のマラソン練習 始動

 本格的な田中の指導を開始して2週間が経過した。

 青田の指導は週1回行っていく予定で、今日は3回目になる。


「昨日、連続で3km行けましたよ!」

 嬉々として田中が報告する。

「順調ですね。それでは今日はリカバリにしましょう。走るのはフォームチェックだけにして、エアロバイクを1時間漕ぎます。ただし、その前にストレッチをしながら体の疲労具合を見ますね」

「やったー!先生にしてもらうストレッチ好きなんですよ。気持ちいいですよね~」

 田中のリアクションはとにかく大きい。動画を回しているからというのもあるが、普段からだいたいこんな感じだ。


 しかし、練習は真面目にしているようで、既にうっすら体つきに変化があるのが見て取れる。

 世良と青田が作成した自主練コースは、日陰道200mの往復だ。それを初日は200m走って200m歩くを繰り返す。2日目は400m走って200m歩く。3日目は600mの200m・・・と徐々に増やしていくメニューを組んでいた。調子が良ければもっと連続してもいいが3kmは超えないようにという約束をしている。

 その他にゲームを利用したボクササイズ30分を週に10回行う。即ち最低3日は1日に2回行う計算だ。ランニングも加えると週に17回練習することになる。

 初心者の内は、練習時間よりも練習回数を増やした方が効果が高いのでこのようなメニューにしている。

 それに対する過不足を定期的にチェックして内容を調整するのがトレーナーの主な仕事だ。


「田中さん!」

 脚のストレッチをしながら、青田がキッとした表情で声をかける。

「・・・なんでしょう」

 田中が怯えた素振りを見せる。むろん、芝居がかってはいる。

「本当に3kmですか?オーバーしてません?足裏、足首周りがガチガチです」

「ごめんなさーーーい!バレました?実は昨日5km走っちゃいました。なんか先生に習った通り走ったら気持ちよくてイケる気がしたんですぅ・・・バレちゃうんですね~~凄いなぁ」

「やる気は認めますけどね。。」

 青田はフンと鼻息を付いた。もう田中のこのノリにも慣れたので動じなくなっている。

「フルマラソンに過剰なやる気は怪我の元です。溢れるやる気をセーブするのも仕事ですよ!動画を見ている方が真似しちゃいけないことはしないでください!」

「はーーーい。青田コーチは今日も鬼ですーーー」 

 そう言いつつ、後半はカメラに向かって表情を作った。


「走るなと言ってるんだから鬼じゃないですよ。。。」

 青田は大げさにため息をつく。

「それにまったくダメとも言いません。調子が良くて走りたかったら相談してください。そして、練習が予定通りじゃなかったら正直に言うこと!隠し事は無しです!」

「はーーーい。青田コーチは今日も神です!」

「うるさい!力抜いて!」

「きゃーーー怒られたーーーー」

「だからっ!」

 後半は青田もやや芝居がかっている。だいぶ田中に影響されてきているようだ。

 カメラの外で、世良は声に出さないように忍び笑いをして見ていた。

 それに気づいて青田が一瞬睨む。世良は『すまん』と手振りで返した。


「なんで私はこんな茶番をしているんだろう・・・」

 会議室の机に突っ伏しながら青田が毒づいた。

「そうか?面白いけどな。プロっぽいし、言ってることも悪くないし、弊社の宣伝効果もバッチリだ」

 世良が動画チェックをしながら言った。

「ヒトゴトだと思って・・・」

「いやいや、シンケンですよ。フォローはバッチリやるからさ」 

 そう言って世良はホワイトボードに向かって、調整メニューをサラサラと書いた。


「自己申告の通りなら5kmは走れるとのこと。凄いな。結構綺麗なフォームで走れていたし、ゲーム併用は効果あるんだな」

「はい。そこは私も驚きました」

 具体的な話になると、空気が切り替わる。


「ただ、触れてすぐ異常が分かるほどのハリがあるなら、しばらくは距離を伸ばすの禁止だな。今日そう指導していたのは正しい判断だと思う」

「ありがとうございます。しかし、暴走しそうなんですよね、彼女・・・」

「うん。オレもそう思う」

「どうしたらいいですかね・・・」

 青田が腕を組んだ。

「よし!ただ休めじゃつまらないから、いっそのこと1回出し切らせよう。5kmのタイムトライアル企画をやる。その後で二日間完全休養企画をやる」

「それって・・・もしかして」

「女子二人で食べ歩いたり、スパ言ったりして休養を満喫するんだ、で、今後2週に1回ぐらい定例化する」


 青田はゲッという顔をする。

 そして世良の顔が冗談ではないのを見て取ると、自ら吹っ切るように言い放った。


「いいですよ!もう魂売ってやる!茶番でもなんでもやってやりますよ!」


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