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跳箱と最適解 調査

 孝太郎が話した内容はこうだ。


 跳箱か跳べないのは年の離れた弟で、保育園の年長組。運動会で跳箱があり、その練習が始まっている。しかし弟が安定して跳べるのは1段まで。2段はたまに跳べるぐらいとのこと。

 友達はみな4段以上跳べるので、落ち込んでいる。このままいくと保育園が嫌にならないか心配だ。

 教えてやりたいが、自分は跳箱は当たり前に出来たから、どう教えていいか分からないと。

 

「二人とも偉いな」

 世良が言った。

「二人って?」

 孝太郎が疑問を浮かべる。

「まず弟の心配をするキミが偉い。それも嫌になってからじゃなく、嫌になりそうと気付いて手を打つのが偉い」

「それに自分を客観視して、出来ないことを他人に頼るのも偉いよね」

 世良の言葉に絵里奈が被せる。孝太郎は『弟だから当たり前だよ。。』とゴニョゴニョ言った。


「そして弟さんも偉い。『嫌になりそう』ってことは、嫌になった素振りは見せてないんでしょ?」

「うん。今の所は。。」

「それが偉いよ。友達と差がついたのなら嫌でないことは無いと思うよ。でもそれを見せないように頑張ってる。凄いよ」

「そうなんです。アイツ偉いんだ。。だから跳ばせたくて。。」

「そうだね。うわっ!風凄いな!」

 孝太郎の声が、少し涙声になったので、世良は風雨のせいで、それに気付かなかったフリをした。

「本当は最初、私に相談してくれたんだけど、私は体育は専門じゃなくて・・・そうしたら、世良さんと話したいっていうから、この練習会なら色々相談できるんじゃない?って誘っちゃいました。まさか、こんな雨になるとはね。。。」

 絵里奈も矢継ぎ早に話して、孝太郎が落ち着く時間を稼ぐ。

「そっか、先生、専門は英語と国語でしたもんね」

「そうなんです」

 そんな会話をし、孝太郎の様子を見つつ、世良は今後のプランを考えた。


 少しでも会話が途切れると、風の音、雨に打たれる音、ジャクジャクという土を踏む音が響く。樹木の下を選んでコース取りしている都合上、必ずしも舗装路ばかりではない。今はちょうど不整地を走っている所だ。

 足元を見ると靴に泥跳ねで模様が出来ている。最初は多少気にしていたのだが、一度、大きな汚れがついてしまうともう、どうでもよくなってしまう。周りの参加者を見ると、みな同じようだ。

 

 世良は、手で髪をかき上げた。それだけで髪から絞られた雨水がボタボタと落ちる。最初はジャージについているフードをかぶっていたのだが、何度も風に飛ばされるうちに諦めて、頭は濡れるに任せていた。


「ちょっと整理しながら話しますね」

 ある程度考えがまとまり、世良は孝太郎に言った。

 普段、絵里奈の生徒達にはフランクに話すことが多いが、仕事モードになると世良は敬語になる。

 強い横風に負けないように声を張るから、余計に仕事スイッチが入った感が入る。


「結論から言えば、跳べると思います!」

「ホントに!」

 暗さと雨でよく見えないが、孝太郎の表情が明るくなったことが声でも分かる。


「うん。その為にいくつか確認させて。1段~2段が跳べるということは、まったく基礎体力が足りないということは無いと思う。孝太郎君からも、そういう情報は無かったし。そこはどうでしょう?」

「うん。特別運動神経良いわけじゃないけど、走るのもそんなに遅くないし、友達と比べて体力無いことはないと思います」

 希望が出来たからか、孝太郎は世良の質問に食い気味に答えた。

「となると、跳び方を知らないだけだと思う。実際に跳ぶところ見たことあります?」

「母が丸まって馬跳び見たいにやらせてみたけど、全然跳べなかったとしか・・・」

「馬跳びか・・・ちなみに1段跳べたというのは、自己申告かな?」

「そう。1段は跳べるって言ってた。先生もそう言ってたみたいです。父さんからのまた聞きだけど」

「また聞きでいいんだけど、先生からはどんなアドバイスされてるか聞いてます?」

 ここで一旦、孝太郎は考えた。

 やはり、また聞きなので思い出しているようだ。


「先生が言うには、頑張ることが大事だから、出来なくてもいいってスタンスみたいです」

 ハッキリとは言わないが、明らかに反感を持っているのが伺える。陸上で結果を出すことに面白さを感じ始めた孝太郎ゆえになので、そこには世良も絵里奈も掘り下げなかった。

「だから、アドバイスは普通な感じですね。弟に聞いてみたんですが、『しっかり踏み切って』とか『遠くに手をついて』とか・・・そんな感じです」

 やはり孝太郎は不満そうだ。出来なくて苦しんでいる弟に対するアドバイスとしては、物足りなく感じているのだろう。 


 世良は再び髪をかき上げた。わずかな間にまた髪は随分と雨水を蓄えていた。

 風に吹かれて樹木の枝葉がザラザラと鳴っている。


「うん。だいたい分かりました!」

 世良は『分かりました』を強調して言った。

 そして、改めて孝太郎に言った。


「分かったんだけど、この状態じゃなんだから、終わったらウチの店寄れる?」

 世良も孝太郎も絵里奈も、全身ずぶ濡れで、髪から雨水がしたたり落ち、ウエアは肌にピッタリと張り付いていた。

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