男の産後ダイエット 情報化の落とし穴
「こう見ると、出来ることはありますね。ただ、やっぱり即効性のあるものや、面白味があるようなものは無いので、これらを月1回の指導でどうやっていくかですが・・・」
そう言いながらも、世良は何かを掴みかけていた。
「そこも具体的にしてみようか」
「ですね」
渡辺の言葉に世良は素直に従った。
「まず6年で10kg増えたとのことなので、1日あたり4g増えたことになります。だからミニマムで単純計算すると今の近藤さんの生活は1日+30kcalなのですが、実際はそんなに単純ではないので100kcal程度オーバーしていると多めに想定します」
世良は次々と条件を板書した。
・元の生活:1日+100kcal(想定)→週+700kcal
・運動:1回200kcal消費×週3回 = -600kcal
・食事制限:-300kcal×週3.5回 = -1050kcal
→合計:1週間950kcal消費 ≒ 脂肪130g減 → 1か月520g減
→目標(-5kg)達成まで約9ヵ月
ここまで書くと世良はパチンとホワイトボードマーカーのキャップを閉じた。
しばらく3人はホワイトボードを注目した。
「こう書いてみると簡単そうだね。顧客要望が1年だから3ヵ月も短縮してる」
渡辺が言った。
先の渡辺の「なにが難しいか分からない」という意見に対して、当初世良も所沢も当惑した。しかし、実際にプランを作ってみれば色々と見えてくる。結局、渡辺の言った通りだった。
「ダイエットは続けさえすれば簡単なんです。でも続けるのが難しい。続けるためには効果が必要なんです。最初の1週間で200gも減らないというのが厳しいんですよ。この程度なら一般家庭の体重計では変化が出ません。糖抜きなら1日で1kg減るのに」
「なるほどね」
世良が自分に言い聞かせるように話しているので、渡辺は多くを語らず相槌を打った。
「それに対して、トレーナーが『しっかりやりましょう』と尻を叩くだけというのは、あまりに芸が無い」
そう。結局、問題はここだけだった。
「でも、痩せる手段はこれで間違ってないんでしょ?」
渡辺は確認するように聞いた。
「ですね。というか、これしかないかと」
世良はそれだけを言った。
「ということはさ、大枠はこれで確定。後は、この運動や食事制限の中身を具体化しながらモチベーション管理の方法を考えればいいんじゃない」
「ナベさん!」
「なに?」
「ありがとうございます!」
世良は渡辺に握手を求めた。
(これは情報化の落とし穴だな)
世良はそんなことを考えた。
情報化社会により、専門的な情報が簡単に手に入るようになった一方で、逆に分かりにくくなった部分もある。
すぐに炎上する昨今、公になる情報は『炎上しにくい情報』に偏りが生じる。本音と建前のうち、本音の部分が圧倒的に少なくなるのだ。
例えば先ほど渡辺が言ったような『1日3食にすると太る』とか『主食、主菜、副菜をしっかり食べるようになると太る』なんてことは、オフィシャルには言いにくい。
『子供の残りを食べてはいけない』というのも、感染症の観点からNGというのは常識なようだが、実際には多く残した時ほど食べるという。『手をつけてない部分ならいか・・・』と。
だいたいそういう本音の部分に太る理由があるのだが、そこが経験者じゃないと分からない。
しかし、なまじ『フィルターのかかった情報』の『量』だけは多いので、調べることで知識上は育児を分かった気になってしまう。その結果、調査すればするほど『色々調べたが分からない』というドツボにハマる。
実際、世良も『管理出来ない理由が育児だから、生活に手を入れるのが難しい』と勝手に決めつけていたのが今回の躓きのはじまりだ。
そういったことを渡辺に話すと、やはり『経験者』ならではの意見が返ってきた。
「世良君の説明で最初に引っかかったのそこなんだよね。子供が生まれてからはさ、子供の成長に合わせて生活ってずっと変化するんだよ。それも色々と試行錯誤しながら。少なくともボクは5年間ずっとそうだよ。放っておいても生活は変化し続けるんだから、そこに工夫する余地はあると思ったんだ。ボクはむしろ、今の方が生活を変えることに抵抗無いよ」




