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男の産後ダイエット 出来ること

「おおよそしか・・・ですか」

 世良は渡辺の意図を図りかねて、ただ言葉を繰り返した。

「そう。難しそうというのは分かったけど、ホントかな?という気がする。難しく考えすぎなんじゃないの?ってね。だって産後ダイエットなんて成功した人は世の中に山ほどいるわけでしょ?」

「ええ、まぁ・・・」

 世良は痛い所を突かれた。自身たちのクライアントに限らず言えば、世の中は産後ダイエットの情報なんて山ほどある。そして、そこには様々な成功体験で溢れている。もちろん、多分に宣伝的で眉唾なものもあるが、それら全部が誇大広告なわけはない。

 渡辺は続ける。

「この方、近藤さんの条件も育児中なら普通だと思うよ。少なくとも、そんなに珍しいケースに見えない。というか、他の体力づくりやダイエットのお客さんみたいに毎週通える人の方がレアだと思うよ。それに、まぁ、この方は男性だけど、授乳中の女性なら糖抜きなんて極端な食事は出来ないよ」


 世良は渡辺の言葉に愕然とした。

 言われてみれば反論の余地もない。今まで自分は相当条件のいいクライアントしかやってこなかったのだと実感した。いや、本当は近藤さんのような方はもっといたのだろう。しかし、店舗見学やコース説明の段階で『ここじゃ駄目だ』と見切られた可能性も高い。 


 凄まじい反省と、羞恥の念、罪悪感、そして、この方、近藤さんにはどうしたらいいか?という考えが、めまぐるしく頭を交錯する。


「うーーーんとですね・・・」

 考えがまとまらないので、言葉がそれしか出てこない。

「世良君がこんなに言葉に詰まるの珍しいね」

「すみません、考えが上手くまとまらなくて」

「まとめなくていいんじゃない?」

「へっ?!」

 不意に出た間抜けな声に世良は自分でも驚いた。

「簡単に考えがまとまるようなら、世良君は悩まないでしょ。だから相談に来たんじゃない?」

「確かに」

「だから、もう、本題に入っちゃおう。シンプルに出来ることと出来ないことを全部書き出してみたら?さっき自分でも言ってたでしょ。『本質』とか『効率』なんて考えないで力業で進める方が早い場合もあるって」

「なるほど!」

 そう言うと世良は会議室の別のホワイトボードを運んできて隣に並べた。


「こっちは残しておきたいので」

 と先に書いたホワイトボードはそのままにして、隣に運んだボードに表を書き出した。

 この作業に手ごたえを感じているのか、かなり雑な表を手早く書いた。


 内容  |見解

 ――――――――――――――――――

     |

     |


「まず来店時のトレーニングでのカロリー消費、これは無理です。月1回じゃフルマラソンしたって消費カロリーは足りません」

 世良は表の『内容』の所に『来店時の運動で消費』と書き、横の『見解』に『消費カロリーが足りない』と書いた。

「ですね」

 戸塚が頷く。


「家での運動、これはやっては欲しいのですが、これだけで痩せるのは厳しいですね。あまり家を空けたくないので時間に制限があるのと、そもそも運動習慣もなく興味が無いとのことなので」

 同様に世良はホワイトボードの表を埋めながら話していく。

「何か趣味ってないの?」

「携帯でソーシャルゲームをやるぐらいだそうです」

「そうか・・・とりあえず、これは置いておいて次行こうか」


「はい。糖抜き、これもダメ。シンプルに体調の問題で出来ないと言われました」

「何か持病でもお持ちなの?」

「いや、過去に何度かやったことあるそうで効果的なのは分かっているそうです。ただ、頭がぼーっとしたり、咄嗟に動きにくくなったり、風邪ひきやすくなったりという経験があり、育児に支障が出るのでやりたくないと」

「立派だね。でも本当にそうなの?」

「過激にやるとその可能性は否定できません。うまくコントロールすれば出来なくもないのですが、そもそも本人が過去の経験からやりたくないというなら難しいでしょう」

「確かに」


「そして、これにも繋がりますが、王道の食事制限。要は栄養もカロリーもしっかり考えたメニューですが、これ、育児中は難しい気がするんですが、どうでしょう?そう。ここはナベさんの意見を聞きたかった所です」

 世良は表の『内容』に『王道食事制限』と書き、横の『見解』に『できる?』と書いて、一旦ホワイトボードマーカーのキャップを閉じた。


「料理もやってるなら、出来なくもないかな。例えば2日に1回、夕食のカロリーを控えるぐらいだとダイエット効果ある?」

「それなりにあると思います」

「なら出来るんじゃないかな。この方のご家族は4人なの?」

「そうです」

「だったら、自分が料理をする時は今までより半人分ぐらい量を減らせば、そんなに難しくは無いかな。後は子供が残したものを食べないこと。結局子供の食べる量が読めないから多めに作り、残ったのを引き受けると太るんだよ」

「そういうことか!」

「だから、多めに作ることをやめて、もし子供がいっぱい食べたらラッキーと思って自分の量を減らせばダイエットになる。こういうのってさ、奥さんに頼むと、どうしてもお互い気を使ってしまうから自分が料理する時はって決めた方がやりやすいね」

 渡辺が言う。おそらく実体験に基づくことだろう。


「そうか、それで足りなかった時にツマめる補助食品を用意しておけばいいのかな」

 世良もだんだんイメージが出来てきたようで、会話の内容も具体的になって来た。

「そうだね。ボクはチーズと魚肉ソーセージをつまんでる。子供のおやつも兼ねて常備してるから」

「栄養的にも良いですね。タンパク質とカルシウムになる。それらはそのまま齧るんですか?」

「そのままの時もあるし、ソーセージは焼く時もあるな」

「魚肉ソーセージって焼いても結局味一緒じゃないですか?」

 魚肉ソーセージは高たんぱく、低脂肪に加えてカルシウムもあり、そのままでも食べられるので世良もよく補助食品として使用する。そして彼は基本的にそのまま齧ることが多かった。

「薄切りにして、醤油とみりんで焼いたら結構旨いよ。ソーセージと言ってもあれ、そもそも魚だからケチャップとかより和風の味付けの方が僕は旨いと思うんだよね」

「いいっすね!そういうの欲しいです」

「レシピってこと」

「はい。王道の食事制限の一番の難点は、ツマらなくてモチベーションが維持できないことなんです。だから小ネタ大歓迎」

「なるほどね。今パッと思いつくのは、そんなに多くないけど、こういうネタは色々あるよ」

「後で色々教えてください!」


「質問いいですか?」

 と、所沢が手を挙げた。

「どっちに?」

「両方です」

「もし、この方が多めに作ってなくて、かつ、お子さんの残りも食べていないんなら効果は無いってことですよね」

「そうだね。でも、そんなことないんじゃない。実際に子供が出来てから太ったんでしょ?元々運動歴もないなら原因は子供がらみの食生活の変化が一番なんじゃない」

「そうか、そうか。そうですよね!」

 渡辺の回答に、質問者の所沢以上に世良が反応した。


「実際、子供いるといないで食生活は思いっきり変わるよ」

「ですよね。その中で、何が一番変わりました?」

「さっきの多めに作るとか、子供の残りとかもあるけど・・・そうだな。一番は必ず食べるようになったってことかな」

「ああ、なるほど」

 1人暮らしの世良はすぐに頷いた。

「どういうことですか?」

 実家暮らしの所沢はまだピンと来てなかった。

「子供には一日3食食べさせるじゃない。しかも主食、主菜、副菜揃えて。でも、大人ってさ、独り身の時は1日2食ぐらいの日もない?後、夕食をカップ麺で済ませる日とかあるでしょ?」

「ありますね」

 世良が頷く。

「これが健康にいいのかどうかは別としてだけどさ・・・」

「食べたくない時は無理に食べなくていいですよ。少なくとも、もし3食必ず食べるようにして太ったとしたら3食分のカロリーは過剰ってことになります」

「だよね。独り身の時は自然にそういうの調整してたんだと思うんだよ。でも、子供がいると自分基準で食べなくなるんだ」

「そうか」

 世良はそう言ってホワイトボードを眺めた。

 そして、先ほど『できる?』と書いていた王道の食事制限を『週に300kcl×3.5回程度なら可能』と書き換えた。


「うん。だいぶ分かってきました」

 世良は自分に言い聞かせるように言った。

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