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男の産後ダイエット ブレスト

 渡部は宣言通り15分で残作業に区切りをつけ、3人は会議室に移動した。


 会議室に移動すると、まず世良が口を開いた。

「今日のミーティングは特にゴールはありません。ブレストだと思ってください」

「ブレストって何ですか?」

 所沢が質問した。

「ブレーンストーミングの略。お互いの意見を否定せず、自由に沢山の意見を出し合いましょうってやり方だよ。プロジェクトの最初とかの、とりあえずアイデアを集めようなんて時にやるヤツ」

 世良が説明した。


「意見を出すだけなのに、なんか難しい言葉使うんですね・・・」

 所沢は眉をひそめた。ビジネス用語はワザと難しい言葉を使って若者を締め出しているのだはないかと思うことが度々ある。

 その内心を察するように渡辺が続けた。

「意見を出すのが難しいからだよ。『何か意見無いですか?』って聞かれてシーンとする会議ってよくあるでしょ?」

「確かに」

「それで、やっと誰かが意見を出したら、意地の悪いベテランが『そんなの現実的じゃない。勉強不足だ』なんて言ったりして更に意見出なくなるとかね。最悪なのは、そんな空気の会議しておいて『何で意見が出ないんだ!普段から何も考えてないのか!』って説教が始まるパターン」

「はいはい」

 所沢はようやく理解したようで、表情が前向きになった。

「だから、意見に対して『否定してはいけない』というルールを決めた話し合いをするんだ。最近では、そこまで厳密でなくても、結論を求めず気軽に話すような会議をブレストと言うこともあるね」

「そうなんですね」

 渡辺が端的に答えるので、所沢はメモを取りながら聞き出した。


「ちなみに、ブレストの進行が上手い人は、ワザとくだらない意見を出したりする。プロテインの新商品開発の会議で『タンパク質なんだからビーフステーキ味出しましょう!』とかね。そうやってハードル下げると他の人は意見出しやすくなるでしょ」

「あーーーー!なるほど!世良さんや古田さんがよく会議でふざけるのって、そういう意味があるんですか!」

「いや・・・そういう時もあるけど、だいたいは本当にふざけている」

 いい機会なので説明を渡辺に任せていた世良は、そこだけバツが悪そうに否定した。


「本題に戻りますが・・・今日は仕事をしつつ家事も育児もしている男性の意見を聞きたいんです。ウチのトレーナーは独身者が多いので、そういう人、自分の知り合いでは渡辺さんぐらいしか思いつかなくて」

「光栄です」

「電話で概要はお伝えしましたが、一応最初から共有します。クライアントは近藤哲也さん、ダイエット希望です。先日申し込みに来られて、来週第1回のトレーニングを控えています。40代、男性、お子様が二人で長男が6歳、次男がもうすぐ2歳」

 世良はポイントをホワイトボードに板書しながら話している。

 立って何かを書いている方が頭が働くとのことで、世良は自分が主催のミーティングの場合、着席することがほとんどない。


「だいたいウチと一緒だね。ウチは5歳と2歳3か月」

「はい。共働きで、聞いた感じでは家事も育児も折半とのこと」

「男の折半は幅広いからな。。実際どうなんだろ?詳しく聞いてる?」

「と、言いますと・・・」

 渡辺がよくある話のようにサラっと言ったが、世良と所沢はその意図をまだ掴めていない。

「うん。ゴミ出しや料理、掃除機掛け、子供と遊ぶぐらいで折半と言う人もいるからね。一言『折半』と言ってもライフスタイルはだいぶ違うんだ」

「駄目なんですか?!それぐらいやってたら、だいぶ家事やってる方だと思ってました。。」

「所沢君は実家だっけ?」

「はい」

「掃除系は色々やっておいた方がいいよ。トイレ・風呂掃除とか、食器の洗い物、シンクの掃除とかね」

「ああ、そういうの苦手です。。」

「みんな嫌いだよ。だからポイント高いんだ。仕事と一緒だね。人が嫌がることやった方が周りから評価されやすい。逆に人が嫌がることを避けると他のことを色々やってても『アイツ何もやってない』って印象になる。そういう意味では、子供のウンチ処理とか、夜泣き対応とかも大事かな」

「なるほど」

「逆に料理って楽しいじゃん。それに今時は買って済ますことも出来るしね。そんなに重要じゃない。子供が出来たら、キッチンに込もって拘りの料理とかされると、迷惑まである」

「えっ迷惑レベルなんですか?」

 所沢が驚きの声を上げた。彼は家事ができるアピールのつもりで「料理が好き」という話をすることがよくあるからだ。


「ありもので手早く何か作るならOKだよ。拘りの趣味料理はキツイね。キッチンに何時間もいたり、材料費やたらかけたり、栄養考えてなかったり、洗い物大量に放置したりするのは育児期はNGだよ」

「なるほど・・・」

 所沢はそれ以上は掘り下げて聞かなかった。

 彼の得意料理が休日に1日かけて煮込むビーフシチューであることを知っていた世良は、そっとしておくことにした。


「特に下が2歳弱だと、まだ授乳中かもしれないからね。まだまだ手はかかるし、下の子に手をかけすぎると上の子が嫉妬するし、なかなか一つのことだけに集中できない時だよ」

「そうか。今渡辺さんが言ったようなポイント高い家事も一通りやられてるみたいですが・・・」

 世良がメモを見ながら答える。

「偉い!」

 と渡辺。


「授乳中かどうかも聞いておいた方がいいのかな?」

 世良がつぶやいた。

「それは聞かなくていいんじゃない。『そうかもしれない』ぐらいと思っておけば。あまり聞かれたくないことだしね」

「そうなんですか?」

「人によるけどね。2歳前後だと発達に差がある時期だからさ。『まだ卒乳してないの』とか無神経なこと言う人にうんざりしている場合もある。それこそ、さっき世良君が言ってた『言葉の武器』って育児中の人に対しても色々あるんだよ」

「なるほど。いや・・・聞いてみないと分からないもんですね・・・迂闊なこと言えないな・・・」

「経験ないとイメージつかないよね」

「はい。ナベさんに相談して良かった・・・」

 次から次へと知らないこと、下手したら相手を不快にさせかねない情報が出てきたので、世良は背筋に冷や汗のようなものを感じていた。


「どういたしまして。で、その人の指導に苦戦しているの?」

「はい。なかなか糸口がつかめなくて・・・条件書き出しますね。順不同ですみません」

 世良はホワイトボードに列挙した。


 目的:健康に支障が無い体形に戻す

 目標:来年の健康診断までに5kg減

 条件:

 ・来店は月に1回

 ・自宅での長時間の有酸素運動は困難。1時間以上家を空けたくない

 ・糖抜き不可(体調の問題)


 その他:

 ・お子様二人、6歳と2歳

 ・長男が生まれてから約6年で10kg太った

 ・健康診断で指摘された

 ・奥様の勧めで来店

 ・運動系の趣味無し(観戦も)


 ここまで書いて、世良は一旦ホワイトボードマーカーのキャップを閉めた。

 そして、その書きあがったホワイトボードを見て所沢がつぶやいた。


「厳しいなぁ・・・」

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