美脚の見せ方 アスリートの脚
撮影当日、青田は簡単な注意事項の確認をした程度ですぐにトレーニングに入ることになった。
あまり事前に話過ぎると不自然になり、それは動画では目立ってしまうからだそうだ。
一通り全て撮影して、そこから切り取って編集するので説明を噛んだり、なにか失敗したりは気にせず普段通りやってくれとのこと。
相手とも簡単な挨拶を交わし
「撮影中はサヤカと呼んでください」
というのが唯一の打ち合わせ。
お互いウエアに着替えてトレーニングスタジオに入ると、すぐにカメラは回り始めた。
青田とサヤカはカメラの前に並んで立つ。
「良いタイミングで始めてください」
とのこと。
青田は、研修やミーティングで人前で話す時の、世良や古田を思い浮かべた。
(最初の一言で切り替える!)
一回目を閉じてそう呟くと、次の瞬間に笑顔を作って声を張った。
「それでは始めます。改めまして、青田と申します。よろしくお願いします」
すでに自己紹介は済んでいるのだが、普段通りとのことなら、いつも言っている言葉で始めた方がリズムに乗れる。
サヤカも青田が切り替えたことを察したようで、満面の笑みで、よろしくお願いしますと答えた。
「今日は、美脚の為のトレーニングということなのですが・・」
「はい」
「美脚っていくつかパターンがありまして、まず、そこを確認しないと真逆なトレーニングになったりするんですね」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。例えば見た目の美脚、モデルさんのような美脚ですね。こう歩いたり」
青田はモデルウォーク実演する。
「うわっキレイ!」
サヤカはリアクションを大きく取る。
だが、これは盛ってるかな?と青田は感じたので、軽くお礼を言うだけで話を続けた。
「これは芸術的な美脚です。機能的な美脚、つまり美しく走りたいというような人が、この体の使い方をすると、膝等に負担がかかりやすいので勧められません」
「へぇー」
サヤカは感心しつつも、それほど深掘ってはこなかった。彼女の要望は、機能面ではないのかもしれない。
「他には筋肉の見え方ですね。これは特に女性が好み別れるのですが、丸くなめらかにしたいのか、こう筋がハッキリ見える方がいいのか」
青田は自分の大腿の側面に入った筋を見せた。
「すごい!かっこいいですね先生!」
サヤカは先ほどより、かなり食いついた。
「ありがとうございます。それから各筋肉のボリューム。特に好みが分かれるのがふくらはぎで、一般的には美脚と言うと、ふくらはぎは細い方が良いとすることが多いですね。私はこんな仕事してるんで、女性でもある程度筋肉あった方が綺麗だとは思うんですが・・・」
「いや、今日お会いした時からずっと気になってたんですけど、先生、めちゃめちゃ良い脚してますねよね。私脚フェチなんですよ、先生けっこう理想かも。何かスポーツやってたんですか?」
「はい。ずっとバスケをやってました」
「やっぱりー!モテたでしょ」
だんだんサヤカのテンションが上がってくる。青田は引かないように、必死に笑顔を作った。
「女子にはモテましたね」
「分かるなー。でも男子にもモテたんじゃないですか?」
「いえ全然。今は反動で伸ばしてますが、当時は男の子みたいな髪してたんで」
「見たーい!写真無いですかー?!もうね、先生、私が高校の頃憧れてた、バスケ部の先輩そっくりなんですよ!」
「バスケされてたんですか?」
「いえ、私は運動は全然駄目で、完全にただの追っかけでした」
「そっちか・・・」
端で見学してた世良は、同じく見学してた古田に言った。
「自分はそれほど運動好きではない。でも憧れてた先輩のような脚になりたいって感じかな?」
古田は答えた。
「やっかいだね。アスリートの脚はアスリートのトレーニングをしなきゃ作れない。でも、スポーツ自体にさほど興味が無い人をそれに導くのは簡単ではない」
「青田の腕の見せ所だな」
「だね」
青田は、先の会議を思い出していた。
一瞬気圧されかけたが、想定からは大きくは外れていない。
一回ペースを取り返そう。
「分かりました!そうしたら、今日はジャンプ系のトレーニングを中心にやりましょう!サヤカさんの先輩の脚を作ったトレーニングです」
「ホントですか?!私、全然跳べないですよ!」
「大丈夫です!任せてください!こちらに来てもらっていいですか」
青田はある器具の前に誘導した。
器具と言っても大きな箱だ。
「これ、ボックスジャンプといいます」
そう言うと、青田は目の前の腰の高さほどの箱の前に立ち、両足で踏み切ってジャンプした。
体は一瞬綺麗に伸びた後、膝を抱えるように足を引きつけ、軽々と箱に飛び乗った。
「すごい!カッコイイ!!」
やはり、サヤカはジャンプ系に食いつくようだ。
「コツは上半身なんです。脚の力だけで上半身を跳ばすには、上半身って重すぎるんですよ。だから先に上半身を勢いよく振り上げて加速させておくんです」
そう言って青田は両腕を使って勢いよく上半身を振り上げる動作を実演した。
何度かやって見せると、サヤカも自然にマネをする。
「そうそう。そんな感じ。この腕の動きと骨盤を起こす動きを合わせるんです」
「こうかな?」
「そうです!」
青田はサヤカが自発的にやった動作を修正していく。
アスリートのトレーニングは、カッチリとやるには敷居が高い。だから、面白そうなデモンストレーションを見せて興味を引き、その上で、出来そうな動作を見せて模倣を誘発する。
その自然に行われた模倣を丁寧に拾っていくのである。
「意識はほとんどこれだけです。上半身を振り上げると、その反動でアキレス腱がバネのように働くんで、脚は後から勝手に上がっていきます」
そう言って、何度かその場で軽く跳ねて見せる。
サヤカもそれに倣った。
やはり、それに対して何度か青田は修正を入れる。
「あっ今、なんか分かったかも。脚使ってないのに体がふわっと浮いた気がする」
「そう!それです!今キレイでした!じゃあ今度はこの箱に飛び乗ってみましょう」
青田は大げさに褒めつつ、低い箱に誘導した。
サヤカは難なく飛び乗る。その高さを見積もって選んだので当然なのだが、青田はそうは言わない。
「うーん、全然余裕そうですね。もう少し高くしましょう」
「できるかな!あっ出来た!」
「いいですね。もう少し高くしましょう」
「いやーこれは無理じゃないかな・・・」
「ここからは足の引きつけが大事になります。跳んだあと膝を抱えるように引きつけます」
「やってみます!うわっダメだ」
「ほとんど出来てましたよ。ただ、引きつけに意識しすぎて腕振りが弱かったです、もっと思い切ってやってみましょう!」
「わかりました!おお!出来た!」
「すごい!」
青田は拍手する。
「面白いですね、これ。私でも跳べるんだ!」
サヤカは一旦満足したようなので、青田はボックスジャンプはここで区切ることにした。
ここで区切れば『自分も練習したら出来た』という体験が、一つの成功体験として固定されるからだ。
同じ高さを跳んだとしても、その後に無理なチャレンジをして、最後を失敗で終わると成功体験になりにくい。相手が初心者の場合は特に気を使うポイントだ。
「はい。こんな感じで、ジャンプってやり方があるんですよ。脚で使う筋肉は上半身を振り上げる為のお尻と腿裏、ふくらはぎは筋肉よりもアキレス腱の働きを使います。こういう部分を強化したのがサヤカさんの先輩の脚なんです」
「へぇーーーー。いや、こういうの初めて聞きました」
「良かったです。では、この後は、その筋肉をより意識して使えるようにするための筋トレしましょう!」
「がんばります!」
「なんか楽しそうだな・・・」
世良は古田に言った。
「いいなー、オレがやりたかった」
古田もつぶやいた。
「ダメでしょー、古田さんは距離近くて圧強いから」
「世良さんは、マニアック過ぎて人選ぶもんね」
「しかし、青田がここまで噛み合うとは思わなかったな」
二人は更にワイワイとトレーニングを続ける青田とサヤカを見て言った。
「ホント、プロってよく見てるんだな・・・」




