根性の作り方 根性は日常
その日のジムワーク、水沢の動きは明かに精彩を欠いていた。
踏み込みにキレが無いからワンテンポ遅れる。
下半身を使わず、無理やり腕で打っているので遅く、威力のないパンチ。
腰が据わっていないので連打になると更に顕著になる。
強いワンツーを指示され、踏み込んでの右ストレート、そして返しの左ストレートが安部のミットを打ち抜けない。
このように返しのパンチがまったく打てていなかった。
「どうした!筋トレで疲労困憊か?!もうやめるか?!」
安部が煽る。
「大丈夫です!すみません!」
水沢はせめて声だけはと張り上げる。
しかし、そう言っても気力で上げられるスピードも威力も微々たるものだった。
打つたびに脚の筋肉のどこかが攣りそうになる。
攣らないように気を使うと、どうしてもスピードも威力も回転も出ない。
出来ないながらも現状の中で、少しでも強いパンチを打つにはと模索する。
ゴングが鳴った。
「ありがとうございましたっっってっ!」
水沢が足を片足を引きずりつつ飛び跳ねながらリングの端に移動し、転がるように降りた。
挨拶をした際に右足のハムストリングスが攣ったのだ。
すかさず世良が駆け寄って脚のストレッチをする。
「大丈夫か?」
安部が声をかける。
「大丈夫っす」
水沢が答える。
「動けそうならシャドー1ラウンドやって体ほぐしてから上がれ」
「はい」
それだけやり取りすると、安部は他の選手にリングに上がるように指示し、次のミット打ちの準備に入った。
まもなくゴング。
「いったん立ってみて」
世良に促されて、水沢はゆっくり立つ。
「どう?」
「大丈夫そうっす。ありがとうございます」
ゴングが鳴った。
水沢は指示通りシャドーを始めた。
クールダウンなので一つ一つのパンチ、フットワークの動作を確認するようなシャドーを行ってゴングが鳴った。
「全身ちゃんと伸ばすよ。ストレッチマットの所行こう」
世良が提案した。
「ありがとうございます!」
水沢が歓喜の声を上げた。パートナーストレッチは選手は寝ていればいいだけなので、リラクゼーションにもなり、好む者が多い。
「いいなー。オレも後でお願いしていいっすか?あと3ラウンドで上がりなんで」
近くの選手が言った。
「いいよ」
世良が答える。
当初世良は水沢と個人契約でパーソナルトレーニングを行っていたが、安部を含め様々打ち合わせをするうちに、ジムとの契約にし、週に1度フィジカルトレーナーとして世良と所沢が交代でジムに来るようになっていた。
「キツいね。潰れてない?」
世良が話しかける。ストレッチ等のケアをしている際に、選手たちから、ふとした本音が聞けることもあり、この時間は状態把握に有用なのだ。
もちろん、そこで気が付いたことは後ほど安部と共有し、練習計画に活かしていた。
「大丈夫ではないっすけどね。まぁなんとか体は動いてます。ただ」
水沢は答えた。
「ただ?」
「最近、ちょっとダレてますね。何がどうってワケじゃないんですけど」
「まぁダレるよね。色々初めてもうすぐ2ヵ月だもんな」
「そんな時期なんですか?」
「そりゃ人間2ヵ月もずっと集中なんて持たないよ。今の状況は、映画なら90秒のトレーニングシーンにまとめられる所からね。その1日1日は観てもつまらないぐらい地味で愚直でシンドイから。逆に言えばこの地味で愚直でシンドイ日常を、着々とこなせる人が本当に意味で根性があるとも言える」
「確かに。オレ根性ないもんなー」
水沢は軽く笑った。
「今は良くやってるよ。後はミネラル足りないかもね」
「ミネラルか、何食ったらいいっすか?」
「町中華の肉野菜炒めとかかな」
「いいっすね!帰り食って帰ろ」
「でも、2ヵ月頑張ってきたんだから、そろそろ本当にシンドイ時は休んでもいいと思うよ」
水沢は、この2ヵ月、決められたメニューを休んだ日が無かった。
「あざっす。でもなんか休んだら集中切れそうなんだよな」
「わかる。じゃ、休み方のコツ教えるよ」
「世良理論っすね」
水沢が言った。世良の屁理屈とも蘊蓄ともつかない理論はジムでも少し有名になっている。
「そう。休む時の秘訣は堂々とサボることなんだ。『今日はダルイ!サボる!』って休むのが一番いい。逆に最悪なのが『今日は体調が悪い。無理は良くない。様子を見る』って休み方」
「逆じゃないんですか?」
「しっかりした目標に向かってるときは、これでいいんだ。サボッた翌日をイメージしてみると分かるよ」
「翌日ですか?」
「そう。サボった翌日はどう思う?」
「昨日サボったから、今日はやるかって感じですかね」
「そうそう。じゃあ、『無理は良くない。様子を見よう』って休んだ翌日ダルかったらどう思う?自分が相当クズ人間な時を想像してみて」
「『今日もダルいなー。今日無理したら昨日の休みが無駄になるよなー。今日も休もーーーっと』って感じですかね」
「そうそう」
世良と水沢は大爆笑した。
「強くなるための練習自体が体に無理をかけるものだし、そんな練習したらダルいのは当たり前なんだ。それを無視もよくないけど、考えすぎも良くない」
「確かに」
そこまで話して世良は真顔なトーンに戻して聞いた。
「で、どうする?明日サボる?」
水沢は少し考えて答えた。
「うーーーん、そこまでじゃないんで、大丈夫っす。でも本当にヤバくなったら世良さんと安部さんに相談してサボります」




