根性の作り方 根性はサブエンジン
床に置いてあるバーベルは65kg。減量前の水沢の体重とだいたい同じだ。
スタンスは肩幅の2倍程度、つま先は外向き45度。これが体のクセを見た上での水沢のベストだと世良は言う。
相撲のように腰を落とし、その際にバーが脛につく位置に調整する。
肩を落としてバーを握り、腹筋に力を込め、腰が曲げたくても曲がらないぐらいまで腹圧をかける。
そこから、殿筋、大腿二頭筋、内転筋、大腿四頭筋を一気に収縮して、脚の力でバーベルを持ち上げる。
持ち上げた際に腰を付きだしてフィニッシュ。そしてバーベルを床に落とす。
分厚いゴムを敷いた床に、ダムダムとバーベルがバウンドした。
フィットネス系のジムではバーベルを床に落とすのは禁止されていることが多いが、パーソナルトレーニングなので、そこはトレナー判断で許される。
「ゆっくり下ろした方が筋肥大にはいいんですけどね。ボクサーが筋肥大目指してもしょうがないし、腰の負担も大きいんで落としちゃいましょう」
と世良は言う。
「そんな細かいことを気にしなくてもGVTは効きますから、安全第一で!」
笑顔で親切な言葉をいう世良の顔が、水沢には悪魔に見えた。
GVTとはジャーマンボリュームトレーニング。一般的には筋力トレーニングは8回×3セット程度が基本だが、GVTは10回×10セット。その分扱う重量は調整しているが、とてつもない疲労感を伴う。
デッドリフトのような腰を中心に全身の負荷が強い種目でこれをやるには、かなりのリスクが伴うので、個人でこれをやることを推奨するトレーナーは少ないだろう。
やるにしても、長時間スペース、器具を占有するのでので、一般的なジムではやりにくい。そもそも、尻を叩く人がいないと10セットも集中と気力が持たない。それほどキツいトレーニングだ。
その分、正しく出来たら嫌でも効く。
「せっかくパーソナルでやるんだから、一人じゃできないことをやった方がお得ですよ!」
なにがお得だか・・・水沢は内心毒づいた。
3セット終わった時点で足の筋肉はパンパンに張っていた。こんなに追い込んだら足が太くなって、ウエイトがかさみ、減量がキツくなるのではないか?そう心配になった旨を世良に告げる。
「大丈夫です。デッドリフトの体重59kg級の日本記録って250kgぐらいですからね。このぐらいの負荷でそこまで筋肉つきません。ついたら逆にボディビルの才能メチャメチャありますよ!」
250kg??体重の4倍以上持ち上げることになる。しかしボディビルの才能?何の関係がある?ちょっと何を言っている分からないが、なんとなく小馬鹿にされているというか、挑発されている気がする。。。
しかし、疲労であまり頭が働かない。水沢はこの件に関して、それ以上考えることをやめた。
5セット終わった時点でもう、翌日歩ける気がしなかった。そのことを世良に告げると
「いいですね!ここからが本番です!」
とのこと。
「デッドリフトは全身種目と言われていますが、それは上級者の話です。初心者はやっぱり得意な筋肉を主に使ってしまいます。でも得意な筋肉が疲労してしまえば眠っていた筋肉が目覚めますからね!これもGVTの効果です!」
世良はサラッと水沢のことを筋トレ初心者と言ってのけた。
しかし、悔しいと思うほどの余裕が水沢の脳にはなかった。
「眠っている筋肉は言わばサブエンジンです。根性があるように見える人は実はサブエンジンをいっぱい持ってるんですよ。サブエンジンがあればメインがやられても動けますからね!だから鍛えましょう!」
分かったような、分からないような。。。唯一分かったことは、このぐらいの疲労では止めさせてはくれないということだ。
全身悲鳴を上げているのに止めさせてもらえない。これ、何か既視感あるな。
そうだ。安部にミット打ちでシゴかれている時だ。。。
「腕が疲れたら脚で打て!脚が疲れたら腹で打て!、腹が疲れたら背中で打て!全身疲れたら打ちながら休め!」
安部の激が水沢の頭に響く。
これは同じことを言ってるんだろうか?
そうかもしれないな・・・
まぁ・・・
どうでもいいや・・・
もうすぐインターバルが終わり次のセットが始まる・・・
考えるな!
余計なことを考えるとバーが重く感じるんだ!
7セット終わった時点で胃から込み上げてくるものがあった。
「吐いて来ますか?」
その様子を見て世良が言った。特段心配している様子も無く「水を飲みかすか?」ぐらいのトーンだった。
「いえ、大丈夫です」
「吐いた方が楽ですよ。気持ち悪いと腹圧かけれないでしょ」
「・・・はい・・・じゃあ行ってきます」
「トイレそこです。よくあることなんで近くにしてるんですよ」
よくあること・・・だと・・・?!
なんとか10セットやりきると、水沢はその場に倒れこんだ。
ここでしばしの小休止だ。
決して寝心地のいいはずもない硬いゴムの床が、自宅にも欲しいぐらい快適な寝床に感じられた。
1ミリも動きたくない。
というより、ここから自分は立ち上がれるのだろうか?
そんな水沢の様子をしばらく世良は放置していた。
そして、水沢の思考が少し回復してきた頃合いを見計らって声をかけた。
「ね。だからジムに内緒でやらなくてよかったでしょ。こんな疲労感でジムに行ったら怒られますよね。でも大丈夫です!安部さんの許可は取ってますから!」
「はぁ・・・ありがとうございます」
そういうレベルの疲労じゃないんだが、と内心水沢は思った。しかし言葉が出てこない。
「しかし、安部さん、フィジカルの知識しっかりしてますね。GVTでデッドとベンチプレスやると言ったら、『アイツには一番いいでしょうな』と言ってました」
「そうなんですか?」
意外な情報の為、何かを聞きたい衝動にかられたが、そこでストップウォッチが鳴った。
そして世良の無情の声が響く。
「はい!じゃあ次、ベンチプレス行きましょう!」
「ウッス!」
どうせ止めさせてくれないなら、気合いを入れるしかない。
水沢は本日一番の声を出した。
もう、なるようになれ!




