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根性の作り方 根性はフィジカル&テクニック

 黒須スポーツ新港北台店から徒歩2分にあるカフェの、入口からよく見えるテーブルに所沢達はいた。

 世良は、一旦所沢と連れの青年に軽く挨拶した後、自分用のアイスコーヒーを買ってから席に戻った。


「今日オフなの?」

 世良は所沢に聞いた。

「はい。お時間作っていただいてありがとうございます。コイツが話してた水沢です」

 所沢は青年を紹介した。高校時代からの友人でアマチュアではインターハイでベスト8の実力者。今はアルバイトで生計を立てつつプロボクサーをやっているとのこと。

「水沢です。よろしくお願いします」

 所沢が世良に敬意を表しているので、つられて水沢も少し恐縮しているように見えた。


「改めまして、世良です。頂いた試合動画拝見しました」

「お恥ずかしい試合で」

 水沢はそれだけ言って黙った。所沢が何か言いかけたが、その前に世良が話す。

「いやー、改めてボクサーって凄いですね。頂いた映像ってジムの方が撮ったんですか?TV中継とはまた違って生々しくて見てて怖いぐらいでした」

「はい。関係者として特別に許可を貰って撮ったものです」

「こういう映像で振り返って反省会したりするんですか?」

「はい。もっともこんな試合じゃ映像見て反省することもないですが・・・」

「それでスタミナ強化したいと」

「はい。とにかく、こういう負け方から抜け出せなくて・・・」

 おおよそは所沢から事前に聞いていたことだが、アイスブレイクもかねて世良は自らの言葉で再確認した。


「もちろん、スタミナ強化のトレーニングとか栄養管理とか色々お力になれることはあるかと思うのですが」

「栄養ですか?」

 世良が言いかけたところで水沢が食いついた。

「ええ。よくあるのは貧血とかですね。ボクサーは怪我も多いし、減量もあるのでアスリートの中でも栄養管理は難しいですから」

「なるほど。貧血か、あるかもしれないな」

 水沢は独り言のように繰り返した。


「はい。でも、これは思いつきなので確定ではありません。他にいくつか考えられる強化案はあるにはあります。ただ、ジム側ではどんなご指導受けてます?プロであればトレーナーの方いらっしゃるんですよね?」

 世良がそう聞くと、水沢は下を向きながら答えた。


「いるにはいます。ただ、ウチは根性論なので・・・」

「なるほど。根性出せと」

 水沢は黙って頷いた。

 そして、手元のグラスを持って、氷をカラカラ鳴らして一口飲んだ。飲んだグラスはテーブルには置かず、軽く揺すっては氷を眺めるを繰り返した。


「まぁ間違いではないですね」

 世良がそう言うと、予想通り水沢の顔色が曇りはじめる。世良は曇り切る前に続けた。


「根性って色んな要素がありますから」

「色んな要素?」

 食いついたのは所沢だ。

「そう。例えばマラソンランナーって一般には根性あるイメージだろ?」

「そうですね」

 所沢に話している形をとっているので言葉はフランクだが、世良は水沢に聞かせている。所沢もそれを分かっているので、余計な反論はせずに、なるべく素直な初心者がするような反応を心掛けた。

「でも根性で42kmなんて走れないよ。彼らは42kmを走るフィジカルとテクニックを鍛えてるから走れるんだ」

「なるほど。でも、なんでマラソンは根性ってイメージなんでしょう?」

 所沢は聞く。世良は所沢にしか見えないように親指を立てた。

 パーソナルトレーナーをやっている所沢は当然知っていることだが、アシストとしての質問をしたからだ。


「長距離走った経験は、ほとんどの人があるからね。そして、ほとんどの人は長距離向きのフィジカルとテクニックを鍛えずに走っている。だから辛い。自分が辛かったことを進んでやる人は根性あるに違いないって図式だろう」

 ここまで話すと水沢の視線はグラスから世良に移っていた。

「フィジカルとテクニックを鍛えれば辛くないんですか?」

 水沢が質問する。

「レースでの勝負所は流石に辛いですよ。ただ、好きに走るだけなら辛くありません。私ですら時速14kmまでなら辛くありません。むしろ気持ちいいです」

「時速14kmって・・・」

「急いでないママチャリぐらいです」

「すごい!」

「まぁ、あくまで要素の1つですが、一般に言われる根性問題ってフィジカルとテクニックの問題に置き換えられるものが多いです」

「なるほど。こういう話がしたかったんです!」

 水沢はグラスをテーブルに置いた。


「自分はどんなフィジカルとテクニックを鍛えたらいいんでしょう?」

「例えば押し負けないようにすることですかね。当たり負けって結構体力使うんで」

「はいはい」

「動画だけじゃ何とも言えませんが、あまり押し方が得意でない印象を受けます。腹圧で上半身固定して足で動かすみたいな、筋トレで言うとデッドリフトのような体の使い方ですね」

「なるほど」

「ただ、何にせよ、肉体改造トレーニングすれば当然消耗もするし、ボクシングの練習にも影響出るので、別個でやらない方がいいですよ。まずはトレーナーさんと相談してみては」

 水沢の顔が再び曇った。


「言ったら止められると思います。。。」

「言われたことはあるんですか?」

「昔は何度か」

「昔?」

「あまり意見が合わないというか、自分の意見は聞いてもらえないんで、最近は何も言わなくなりました」

「なるほど」

 世良は一旦言葉を切って少し考え、再度質問した。

「具体的に何かあります?この練習は納得いかないみたいなの」

 水沢は暫く考えた後、ポツリポツリと話し出す。


「自分はカウンターパンチャーなんですけど、とにかく手を出せとうるさいし」


「根性ないって言われますが、ロードワークだって自分は誰よりもやってます。その上でシゴキのようなミット打ちやらされたり」


「自分のスタイルでは、ほとんど使わないようなパンチを、一番重いサンドバッグにひたすら打たされたり」

「どんなパンチでしょう?」

「足を止めての左右のストレートです」

「なるほどね・・・基本を大事にする方なのかな?」

 世良は腕を組んで、片手を顎に当てつつ、少し考えた。

「頭が固いだけです」

 水沢は話したくもないという感じで切って捨てる。

「だから、今回も言ったら反対されると」

「はい。そんなの意味ないって言われると思います」


「で、所沢に相談したんですか」

「はい。こいつ、高校の時は凄かったんですよね。なんか見てても高校の時に自由にやってた時の方が強いようにも見えて」

 と所沢。

「なるほどね」

「例えば、いずれ相談するとして、まずは独自にやって結果出してから相談するとかはどうでしょう?」

「自分もそうしたいです。とにかく実績出せば説得も出来るかと」

「実績というのは次の試合ですか?」

「そうですね。もしくは自分に自信がついたときとか」

「なるほど」


「ただ、隠すのってキツいですよ。例えば先ほど話したデッドリフトなんか、本気でやったら翌日歩けなくなります。ボクシングの練習に支障が出ないわけはない」

「スケジュールで何とかならないですかね?例えば筋トレ系は休みの前日にやるとか」

 所沢が食らいつく。

「まともにやったデッドの疲労が1日で抜けるワケないだろ。そんなことしてもなんぼかマシってレベルだよ」

「覚悟の上です」

 水沢が言った。

「もう自分、崖っぷちですから。次負けたら後が無いと思ってます。だから最後に全てをかけたいんです」

「それこそ根性論ですね」

 真剣な眼の水沢に対して、世良は冷たく言い捨てた。

「そうかもしれません。でも自分で決めたことに関しては、いくらでも根性出せます!」

 水沢は引き下がらない。

「根性論全否定じゃないんですね。やらされが苦手だと」

「やらされというか・・・意味のないことですね。無駄に疲弊して怪我でもしたらプロとしても違うと思うし・・・でも、納得したことであれば全然大丈夫です!」

 水沢の言葉に世良は軽く苦笑いをした。


「根性の使い所はそこじゃないんだよな・・・」

「?」

「まぁ任せてください。いくつかお伺いしたいんですけど・・・」


 そう言って世良はジムの名前、担当トレーナー等を聞き出した。

 そして、おもむろに携帯を取り出し、ジムのHPをチェックすると、流れるように電話を掛けた。


「お世話になっております。私、黒須スポーツ新港北店、店長の世良と申します。突然申し訳ありません。実はそちらに所属していらっしゃるボクサーの水沢さんに関してご相談があるのですが、トレーナーの安部さんは、いらっしゃいますでしょうか?」

 あっけにとられる水沢と所沢に対して、世良は笑顔で人差し指を口に当て、静かにしておいてとゼスチャーした。


「ああ、失礼いたしました。今、少しお話してよろしいでしょうか?ありがとうございます」

 どうやら電話に出た人がトレーナーの安部だったようだ。その様子を察して水沢の顔に緊張が走る。


「実は弊社はパーソナルトレーニングもやっておりまして、そこに水沢さんがいらっしゃったんですね。基礎体力強化、特にスタミナをつけるようなトレーニングをしたいと。はい。そうです」

 強張った顔の水沢を尻目に、かまわず世良は続ける。


「ただ、プロボクサーということですので・・・はい。こういうものは専属のトレーナーのご指導と別にやっても上手くいかないので、ご相談なのですが・・・」

 そこまで言うと、先方が何か話しているようで、世良は聞きに回った。


「とんでもない。はい。なるほど。あーーーーーそうですか。いや、なんとなく分かります。なるほど、なるほど」

 世良の相槌はしばらく続いた。


「わかりました。ありがとうございます。それでは一度、ご挨拶に伺ってよろしいでしょうか?その際にまた、ご相談させていただければと・・・・あっそうですか!ありがとうございます!ちなみに・・・急で恐縮なのですが・・・明日は安部さんはジムにいらっしゃいますでしょうか?あーそうですか。15時ですね。かしこまりました。それでは伺いますので!ご丁寧にありがとうございました!よろしくお願いいたします!」


 世良は電話を切った。


「パーソナルトレーニングは好きにしろだってさ。相談も乗ってくれるって言うから、明日挨拶してくるよ」

 世良は所沢に向いて言った。


「こういうのもトレーナーの腕だよ。小手先にスケジュールいじくってクライアントに余計な負荷かけるよりよっぽどいいだろ」

 所沢はバツが悪そうに頷く。

 そして、世良は水沢に向かって笑顔で言った。

「次にトレーナーさんと会う時だけ少し気まずいかもしれませんが、そこは根性で乗り切ってください。だいたい気まずいのは1日だけです。長い目で見ればコソコソやるより精神的に絶対楽ですよ。ただ、コソコソやらなくていい分、こちらのトレーニングも思いっきりやりますよ!身体的にはキツイですけど、がんばりましょう!」


 水沢も無言で頷いた。

 いや、頷かざるを得なかった。

 ボクシング的に言えば、完全にペースを取られてしまった。

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