根性の作り方 プロローグ
プロボクシング、ライト級6回戦の試合が行われていた。
赤コーナーはデビューから4戦全勝2KO、20歳の期待の新人。青コーナーは26歳、戦績は8戦4勝2KO、3敗1引き分け。
ゴングと同時に若い赤コーナーの選手が前に出る。対する青コーナーは左構えで迎え撃つ。
赤、大きく踏み込んで左ジャブ。青、バックステップでかわす。しかし、端から当てるつもりのない攻撃だ。すかさず2発目の左。青はブロック。赤は一瞬踏み込むがこれはフェイント。タイミングをずらしたところでワンツーを叩きこむ。
一瞬会場がどよめいた。
青が右にサイドステップで攻撃を躱しざまに、見事な右フックのカウンターをこめかみに入れる。
追撃の左ストレート。
赤は一瞬ロープに詰まる。
「青、上手いじゃん!」
「元アマチュアエリートらしいよ」
会場のあちこちで囁かれる。戦績から想像するに多くの観客は、勢いのある赤コーナーの選手の一方的な試合を予想し、また、豪快なKO劇を期待していた。
「何やってんだ!ガード!一回立て直せ!」
赤コーナーから檄が飛ぶ。
「何やってんだ!見るな!行け!」
青コーナーからも檄が飛ぶ。セコンドサイドからは攻勢の余裕は全く感じられなかった。
赤がガードを固めて慎重になり、青も追撃の決め手が無く一旦試合は膠着。そのまま1ラウンド終了。
赤コーナーサイド。
「技術はあるんだ。油断するな!」
トレーナーが指示を出す。
「はい。予想以上にパンチもあります」
「そうだな。次から取り返すぞ。しっかりガードを固めて。ただし強気に。絶対に下がらずプレッシャーをかけ続けろ。そうすれば勝てる!」
「はい!」
青コーナーサイド。
「倒せたぞ!技術を過信するな!自分から行け!」
トレーナーが指示を出す。
「はい。。」
選手は一言だけ返す。1ラウンドの攻勢とは裏腹に、かなり息が上がっている。
「次も、距離詰めて来るぞ!打ってから躱せ!打ってから!」
「はい。。」
2ラウンド開始。試合展開は赤コーナー側の作戦通りに運ぶ。強引に出ることをやめた赤は、ガードを固めつつジリジリと前に出る。隙が少ない分、大きな被弾はしなくなった。カウンターで貰わなければどうということはないと割り切ったのだろう。距離を詰め、ピッタリくっついたらボディにコンパクトなパンチを叩きこむ。その繰り返し。
青は何度か躱そうと試みるも、そのサイドステップを狙われ、体ごと止められてしまう。そして交錯の際いつも当たり負けるのは青だった。次第に1ラウンド冒頭に見せた会心の技術は鳴りを潜めていく。
「相撲かよ!」
「打ち合え!」
膠着が続く試合展開に会場からも容赦のないヤジが飛ぶ。
しかし、試合展開は変わらぬまま5ラウンドを迎えた。
そして青の選手が倒れた。
決定的なKOパンチは無い。
観客視点ではフラストレーションの溜まる試合展開だが、やっている方にとってはスタミナを削りあう過酷な消耗戦だ。
それまで百を超える細かいパンチと寸分違わぬ一打がボディに入ったタイミングで、とうとう彼は膝を付き、そのまま立ち上がることは出来なかった。




