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サプリメント今昔 それぞれの活動

 所沢翔太は、ある日先輩トレーナーに呼び止められた。


「お前さ、頑張るのはいいんだけど、気を付けろよ」

 その言葉を聞いた瞬間、所沢は、ついに来たかと思った。


「すみません。自分、何かやらかしました?」

 先輩が、何を言いたいかは分かっているが、あえてすっとぼけて答えた。


「いや、今のところは大丈夫だけど、今の人も危なかったぞ」

 今の人とは、所沢が声掛けして説明し、コラーゲンのサプリを購入されたお客様のことだ。


「危ないというのは?」

「クレームリスクだよ。強引に売り付けるなってこと。会社は金儲けしたいから尻叩くけどさ、現場はお客様第一でやらなきゃ」

「すみません。どの辺が強引でした?」

 所沢は、不快感が顔に現れないよう注意しながら、下手に聞いた。もし、本当に不味い部分があるなら、それはそれで直さなければいけないからだ。


「声掛けだよ。最近、やたらとすぐに声掛けしすぎだよ。ゆっくり選ばせてあげないと。ただ見てるだけの人もいるんだから」

「はい。そこは見てるつもりです。今の方は選んでるというより、迷っているというか、悩んでる感じがしたので声を掛けました」


 いつもなら『すみません。気を付けます』でやりすごすのだが、今回は後々の為にも流さないと覚悟を決めた。


「そんなの、お前の感想だろ。何を根拠に言ってるんだよ」

 予想外に反論してきた所沢に対し、先輩は声をイラつかせて食いついた。


「2度目だからです」

「2度目?」

「はい。1度サプリエリアで一つの商品を手に取り、じっくり見てから、同系統の商品をいくつか見て売り場を離れました。そして、また戻ってきて同じ商品を手にとって、成分や説明を読み込んでたので、ただ見てるのではなく、悩んでると判断しました。声掛けしてみたら、実際そうでした」


(これ、古田マニュアルにありますよ)

 所沢は内心そう思ったが、声に出さなかった。


 古田マニュアルは、機会損失しない為のマニュアルで、お客様の会話内容に留まらず、表情や仕草、行動まで取り扱っている。

 しかし、その研修時、一部のベテラン達は『そんなの知ってる。常識だ』と、まともに話を聴いていなかった。


「結果論だろ。オレには強引に見えた」

 この先輩も聞き流していたようだ。

 所沢は、急にこの先輩が小さく見えた。


「それこそ感想ですよね。。何か具体的な所あったら直しますが。。。」

 先輩の顔つきはイラつきから怒りに変わった。


「お前な、だいたいコラーゲンなんて賛否あるもの、売り付けるなよ」

 声掛けの話はどこへ行った?と思いつつ所沢は冷静に答えました。


「お客様の悩みもそれでした。フットサルをやってる方で、前からコラーゲンは飲んでおり、その方が練習後の節々の疲労が抜けるのも早いとのことでした。しかし、最近コラーゲンは摂っても意味がないって情報を目にするし、仲間からも言われたと」

「だろ。コラーゲンは体内でアミノ酸から合成される。サプリで摂っても結局アミノ酸に分解されるから、サプリのコラーゲンがそのまま吸収はされない」

 先輩はここぞとばかり、知識を出して来た。


「否定派の意見がそうであることは説明しました。その上で問題は、体内にコラーゲンを合成する為の材料が、十分にあるかどうかだと説明しました。コラーゲンが効いた感じがするのなら、普段の食事から、コラーゲン合成に必要なアミノ酸が、十分摂れていない可能性があることを話しました」

「だったらコラーゲンじゃなくて、アミノ酸でいいだろ!」


 先輩の言うことほとんどが、世良と古田が雑談で話していた『悪ベテランあるある』だったので、所沢はすっかり落ち着き、内心笑いを堪えていた。


「はい。それで、どのアミノ酸を摂ったらいいか分からないと聞かれたので、『コラーゲン合成に必要なアミノ酸は、コラーゲン摂って分解した方が確実ですよ。これが肯定派の意見です』と伝えました」


 先輩は何かを言いたそうにしてたが、言葉は出てこなかった。


「もちろん、コラーゲン合成に必要なアミノ酸はリジン、プロリン等あり、それらを中心にしたサプリもあることを示しました。その結果、飲んだことがある物がいいと言って買っていかれました」


「・・・そうか。そこまで考えてるならいいよ。。」


(考えてるというか、これ、世良マニュアルにありますよ)

 所沢は、再び内心思った言葉を飲み込んだ。

 世良マニュアルは、各サプリの基礎知識全般なのだが、やはり一部のベテランは『細かすぎる。こんなの現場では必要無い』と聞き流していた。


「ありがとうございます。今回はそうなのですが、強引な所は過去にあったかもしれません。お気付きがありましたら、また、ご指摘おねがいします!」


 所沢は笑顔で言った。

 この対応は、プロジェクトメンバーだけが、こっそり教えられた、悪ベテラン対応マニュアルに則ったものだ。


「ああ。ちょっと詳細は忘れたけど、気になることあったんだよ。気付いたらまた言うな」


 先輩は、そう言って去っていった。

 所沢は、笑いをこらえるのの必死だった。

 世良と古田、そして高田は異口同音に言っていた。『マウント取りたいヤツには取らせとけ。そんな小さいマウントは実績の前ではゴミだから。逆に実績よりマウントを選ぶようなヤツに何を言っても無駄だから、そこに労力使うな』と。


(うわー、早くこの話、世良さんと古田さんに教えてーーーー!)

 所沢は、悪ベテランに絡まれたことが逆にモチベーションになっていた。



 同じ頃、新港北台店では、世良が後藤のパーソナルトレーニングを終えて、お見送りをする所だった。

 後藤は元々、本店に通っていたのだか、普段世良がこっちにいるのならと、新港北台店に来るようになった。

 そして、パーソナルトレーニングの他にも世良が行っているランニングセミナーにも参加している。

 新港北台店のスタッフから見たら、後藤はちょっとしたVIPで、元々はかなり厳しいクレームを入れた人というのが想像つかなかった。


「今って、何かノルマでもあるの?」

 唐突に後藤が聞いてきた。


「どうして、そう思いました?」

 世良は肯定も否定もせず、はぐらかした。


「だって、珍しく佐々木君が販売頑張ってるじゃん」

 後藤は、自身が接客指導をする仕事なので、本当に細かい所をよく見ている。


「鋭いですね。。何か目に余る所あります?」

 世良は観念して暗に肯定した。


「いや、この店はみんな気持ちいい接客してるよ。店長の指導がいいんでしょ」

「ありがとうございます」

「ノルマあるなら、何か1つ2つ買うよ。何買えばいい?」

「いや、そんな気を遣って貰わなくていいですよ!少し前にプロテイン買われたばかりですよね」

「消耗品だし、そんな腐るもんじゃないし、いいよ。プロテインの販売強化してるの?」

「いや、サプリ全般なんですけどね。必要じゃない物を売るのは、会社からもやるなと言われてまして」

 世良は会社を言い訳にした。


「まぁ、会社はそう言うよね。じゃあさ、私に必要だと思うものを何か2つ3つ見繕ってプレゼンしてよ。気に入ったら買うから」

「分かりました!」

 そうまで言われて引くわけには行かない。

 世良は売り場からプロテインを2つ持って来た。


「1つは今飲んでる物のフレーバー違いですね。プロテインって同じの飲んでると飽きがくるので、自分は2、3種類常備して、その日の気分で選んでます」

「確かにね」

「もう1つは、ウエイトUP、増量用のプロテインです」

「増量?せっかく落ちてきたのに?」

 後藤はダイエットの為にパーソナルトレーニングを受けている。


「はい。最近ふくらはぎが調子悪いっておっしゃってましたよね。肉離れしそうな感じが時々あるって」

「そうそう」

「私の経験則なのですが、糖質制限してる時に運動してると、怪我が治りにくいんですよね」

「へぇ」

「大会前に故障抱えてる時、走り込めないから、せめて減量しようしたことが何回かありまして」

「ふんふん」

「結局大会は、痛い脚ひきずって散々な結果になるんですよ。で、あんパンやロールケーキ自棄食いしたら、だいたい2、3日で故障が治ってしまうんです。まぁ、これは極端な例ですが」

「面白いね。なんでなんだろう?」

「多分インシュリンなのかなと思ってます。糖質を摂った時に分泌されるインシュリンは、筋肉の合成にも関わるホルモンなんで」


「それって何か論文あるんですか?」

 いつの間にか、近くに来ていた佐々木が聞いた。隣は絵里奈がいる。絵里奈は陸上部合宿の一件以来、勉強の為に時々パーソナルトレーニングを受けにくる。


「分からない。あるかもしれないけど、調べたことない」

「世良理論ですね」


 佐々木がやや否定的なニュアンスで言った。

 実はこれは、世良が頼んでいることである。知識があり、実績があり、弁が立つということは弊害もある。盲信されてしまったり、圧倒されて断りにくくなったりする場合があるからだ。だから適度なブレーキ、突っ込み役を世良は必要としていた。


「そう。世良理論。そういう経験があってから、自分は故障に近い疲労感がある時、トレーニング後のプロテインは糖質入りにしてます。あんパンでもいいんですが、大義名分があると食べ過ぎちゃうんで。ただ、くどいようですが世良理論です」


「でも分かるかも。私は故障気味の時、ドーナッツ食べたくなるんです。今も少しハムストリングが怪しいので、それください!」


 絵里奈が言った。


「ありがとうございます。サクラみたいですね。。」

 世良は苦笑いした。


「じゃあ、私もサクラに乗せられるか。選んでくれたの2つとも貰うよ。世良理論はだいたい私に合ってるから」

 と後藤。


「ありがとうございます!」

 と、世良と佐々木と絵里奈。


「いや、絵里奈さんが言うと、本当にサクラみたいだからやめて下さい!」

 世良が突っ込みを入れた。


 商品お買い上げの二人を見送ってから、佐々木が世良に言った。


「これで3件、なんかズルいっすね」

「日頃の行いだよ。でも、絵里奈さんのは、お前に付けておくよ。今日パーソナルはお前がやったんだろ」

 個人別の販売成績の話だ。


「いや、大丈夫です。自分は何も勧めてないので」

「真面目だねぇ。無理強いはしないけど、今回はお前が成績あげた方が、オレ達にもメリットあるんだぞ」

 今回のプロジェクトは、若手が成績を上げるけとで、シラケているベテランにプレッシャーをかける戦略がある。世良はその話をしていた。


「盛った数値なんて、悪ベテランにはバレますよ。それじゃ効果ありません。実力でやります。大丈夫です」


「そうか」

 世良は(余計なことを言ったかな?)と少し反省した。

 そして、急成長しようとしている部下に対して、一言だけ言った。


「頼むな」


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