サプリメント今昔 プロジェクト開始
青田優花は予感がしていた。
これはおそらく、前に聞いた通りだ。
「歳のせいなんですかね」
クライアントの川島が言った。
「普通にしてたら、別にどこも悪くないんですけどね」
川島は50代男性。元々は、ダイエットの為にパーソナルトレーニングを受け始めた。しかし。ダイエットの成果が上り、体力がついてくると登山を始めた。今はすっかり登山の体力作りにトレーニングの目的が変わっている。
しかし、先日山に行った際に急激な体力の低下を感じたという。
「なんせ息があがるんですよ。仲間に着いていくのがやっとでした。今日なんかも階段登るだけで息が上がってしまって。今漕いでる自転車も、この程度の負荷でもう、少しキツイです」
確かにエアロバイクの心拍数の上り方が、何時もより大きい。
青田は、結論を急がないように、頭の中で確認事項を思い出した。
「川島さんは、最近ウチで運動するのと登山以外に何かやってます?例えばジョギングとか」
「あれ、言いましたっけ?先月から走ってます」
「一番最近走ったのっていつですか?」
「昨日です。なんか息上がったのがショックでね。鍛え直そうかと。でもダメでしたね。キツかった。。」
「なるほどですね。。。」
青田は考える素振りで間を取った。
この間の取り方は世良のコピーだ。
「昨日のお食事って何食べられました?」
「夕食ですか?」
「いや、出来れば朝から全部覚えてるだけ」
ヒアリングした内容はだいたい予想通りだった。
「やっぱり、疲れが溜まってるんじゃないですかね」
青田は言った。この言葉には少し含みを持たせてある。
「そうですか?しっかり寝てるし、そんなに激しい運動してるつもりもないし、普通にしてたら、元気なんですよ。どこも痛くないし」
川島は言った。
川島は不健康自慢をするタイプではないし、過度に強がるタイプでもない。これらは事実なのだろう。青田はこれで最終確認が出来た。
以前の青田なら、こういう伝え方はしなかった。相手からより多くの情報を引き出し、よりしっかり伝える為にワンクッション置く技術。世良達と関わるようになり、彼らの実演を間近で見ることで吸収していったのだ。
「疲れは色んな所に溜まりますからね。お話をお伺いすると。血が疲れてるんじゃないですかね?」
「血が?」
「はい。走ったり山登りしたり、足の裏に衝撃を受け続けると、貧血になりやすいですから。川島さんは、もう少し鉄分を摂った方がいいかもしれません」
「へぇ。意識したことなかったな。私、鉄分足りませんか?」
「状況証拠だけですけど、可能性はあると思います」
「それって、鉄のサプリメントとか飲めば、変わりますかね?」
青田は食事の提案も準備してたが、川島は直でサプリメントに興味を示した。
ならば話が早い。色々ヒアリングと提案を重ねた結果、鉄の含有量が多めのプロテインを購入していった。
(よしっ!)
トレーニングを終えた川島を見送った後、青田は小さく拳を握りしめた。
プロジェクト開始から一週間経過し、青田の販売成績は全店のトレーナーでトップだった。
プロジェクト期間中は、毎日世良から全店に、個人成績がメール配信されている。今まで目立った存在ではない青田が連日抜群の成績を上げるので、青田の周辺はちょっとしたざわめきが起きている。
「凄いじゃん。勢い全く衰えないね!」
先輩トレーナーが声をかけてきた。
「この間の研修でやったことしかしてないんですけど、自分でも驚いてます」
「あれねぇ。。。」
先輩トレーナーは複雑な表情をした。
研修とは、世良と古田が行った研修のことだ。マニアックな世良が理論派の心をつかみ、簡潔な古田が感覚派の心を掴むよう設計された研修は、若手には大好評。中堅は人により、多くのベテランは距離を置きつつ参加するような形になった。
「予定通り!」
研修後の振り返りミーティングで、世良と古田は言った。
「計算上、1割のトレーナーが抜群の成績を出し、3割のトレーナーがそこそこ頑張れば、明らかに全体数字が動くんだ。今回、シラケているヤツの尻は叩かない!ついてこれない者は置いていく!」
世良が趣旨を再確認する。
「この研修の裏目的は、新人もベテランも一回同じスタートラインに立たせて号砲を撃つこと。そうして積極的な者と、そうでない者を明確にするのが目的だ。まぁ本当に予定通りだったな」
世良は少し呆れた表情で言った。
「やっぱり予想通りの連中がシラケてたね。あいつらは店に戻ったら言うだろうな『こんなことやっても意味ない』って」
古田が答える。
「後『会社は儲け主義に走った!やってられない!』とかね」
世良が、本当に憎たらしい顔で、悪ベテランあるあるのモノマネをした。
この研修を作り込むにあたって、世良と古田で悪ベテランあるあるの話をするのが、ちょっとしたブームになっていた。
「儲け主義を批判する時点で、自分は支持されてないことを自白してるんだけどね」
古田が言った。元来トレーナーをやろうという若手は、金儲けを悪と感じている者が少なくない。しかし、世良と古田は『そんな価値観は不人気なトレーナー達による洗脳。邪魔にしかならない』と切って捨てた。
研修の最後に世良は言った。
「金は価値を具体化した道具であり、それ以上でもそれ以下でもない。お金を頂いたということは、あなたが評価されたことだ。想像して欲しい。あるお客様は美辞麗句であなたのトレーニングを称えたが支払いの際に『高いわね』と言った。あるお客様はお世辞は一切言わないが支払いの際に『これじゃ儲からないだろ。もっと値上げしたら?』て言った。あなたをより評価している方はどちらだろう?」
この時、若手は戸惑い、一部のベテランは明らかに反感の表情を浮かべていた。
この後は、古田が引き継いだ。
「もちろん稼ぎ方は大事だよ。そこは安心して欲しい。今日の研修のように、正しいことをしたら稼げる道筋は我々が作るよ。みなさんはその道に乗っかって稼いで欲しい。付いてきてね!」
この時、多くの若手の目の色が変わり、一部のベテランはそれが、より一層面白く無さそうな顔をした。
「結局、あんだけやっても伝わらなかったな」
古田は少し寂しそうな顔をした。
「伝わらないだけなら、勝手にしろなんだけどね。若手の足も引っ張るだろうね。『会社は現場のことなんて分かってない。乗せられるな』とかね」
世良の言葉に古田は黙って頷いた後、古田は青田、所沢、佐々木に対して言った。
「でも今回はそんなことさせない!口だけで実力の無いヤツらの正体を晒してやる。そして、本当に実力のあるヤツに光を当てる。キーマンは君たちだ。頼むよ!」
三人は強く頷く。
世良や古田ではない、新しい世代が抜群の成績を出すことで、ベテランの口をふさいでしまおうという作戦なのだ。
いわば力技だが、モチベーションの高いチームでやれば、これが一番効果的だろうとの判断だ。




